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彼の物語/婚約者の手料理(上)

 あれこれといろいろ偉そうなことを言ったのだし、僕だってこんな事を言いたいわけでもないのだが、世の中こうして口に出してはっきりと言わなければならないことだってある。言いたい事ばかり言って、世の中を渡って行けるわけがない。時にはお世辞だって言うだろうし、さらに言えば嘘が必要なときだってあるだろう。

 僕にだってあるのだ、そういう特が。そういう事を必要とすると気が誰にだってあるように、そして誰にだってある以上僕にだってある。

「だからさあ、今まで一度も料理した事無いんだろう?」

「うん」

「だったら、まずは誰かと一緒に料理をするとか、ほら、僕と一緒でも良いし、な。そうだ、一緒に料理しようぜ?」

「いやだ。僕が一人で作りたい。皆がアキナにつくった事があるのに僕だけないのは駄目。アキナと一緒につくるのはその後!」

「良いじゃんかよう、そんなの」

 人それぞれなのである。そんなもん。

 しかし考えてみれば、ナイトのような例外を除けばそうなのだった。時間的にあいつの手料理を食べることなんてなかったし、多分これからも無いだろう。

 キツネやツルさんは言うに及ばず、ネコですら一度腕をふるっているのだ。猫まんまであっても、まあ、手料理といえば確かに手料理だろう。そもそもこんな事になっているのは、そのネコが、デイに対してその辺りで自慢したからなのだった。

 そうして、かれこれ三十分ほど押し問答を続けている。僕に手料理をふるまうと言ってきかないデイと、そんなことやめろと言い張る僕。こうして一口で言うと、まるで僕が人の心を思いやる事の出来ない酷い人間に聞こえてしまう。

 しかし、それなりにきちんとした理由がある。そもそも僕は理由がなければ、大抵の事を適当に放っておく事の出来る人間だ。

 作る、と。そう思い立ったデイは、とるものもとりあえず、誰に断るわけでも誰に宣言するわけでもなく料理を始めた。それ自体の良し悪しについてはともかく、良いか悪いかはおいといて、僕が知らないうちに誰も知らないうちに、料理を始めていた。その辺りは、彼女がこっくり荘の中でも圧倒的に早起きであることから、決して不可能ではない。

 誰にも見つからないように料理をしようと思えば、その時間にするのが、そもそも当然なのだ。

 浮き浮きと作っていたのだろう。そりゃもう、遠足にでも行くのではないかという位に。

 別に、それは悪いというつもりはない。楽しそうにしているのも、嬉しそうにしているのも、大いに結構なことだ。文句は無い。

 文句は無いけれど、問題があった。

 考えて見て、想像しよう。初めての料理と言われて、普通何を思い浮かべるだろうか。例えば僕は、小学校の頃に調理実習でゆでたまごをつくった事が最初ではないかと思う。ゆで卵、可愛いものである。

 つまり、最初は簡単で安全に。自動車学校において、行動に出る前に教習所の中で訓練して、さらにそのうえで仮免試験まで受けなければならないように、世の中普通はそういうものだ。

 しかし当然、世の中には教習所に通う事無く、いきなり本試験に臨む人もいるだろう。別にそれは構わない。自己責任なのだし、そのうえである程度安全性が保障されているのだろうし、何よりもそれが不正を行った結果というわけでも、無いのだから。だが、料理においてそういう手順を全て無視してしまえばどうなるだろうか。

 事故が起こるに決まっている。

 指を切ろうが火傷をしようが、そんな物はデイの責任なのだし、可愛い失敗だ。不味かろうが、焦げていようが、それはそれで良いだろう。不味くても焦げていても、黙って僕は食べるだろう。美味しいとさえ、言ってやるかもしれない。仮にも婚約者なのだし、それでなくても女の子なのだから、僕だって最大限優しく接するのだ。

 指を切るとか火傷をするとか、そういう枠に収まりきらないのは、吸血鬼であるとかそういう事には全く関係なく、向こう見ずの猪突猛進で、さらに不器用であったデイに原因があった事は明らかである。そもそも一人で全てやっていたのだから、他の誰かに原因があるはずがない。何を作ろうとしたのか知らないが、ツルさんが見つけた時、火事になる寸前だったそうだ。寸前というか、ほとんど火事だったとか何とか。鍋だかフライパンだか知らないが、火柱が立ち上っていたらしい。

 僕に言わせればそれはもう、立派な火災である。火事じゃなくて火災。その辺りの言葉選びは、ツルさんからしてみればデイに対して何か同情する部分もあったのだろう。

 だから、僕だって冷血漢では無いのだし、何も悪気があってやった事ではないという事は誰に言われるまでもないのだから、叱られて涙目になっていたデイにやさしく声を掛けたのだ。今日は失敗だったけど次は一緒に作ろう、とか。

 今回に限って、一切僕に責任は無いと思う。言わせてもらう所は言わせてもらおう。今まで大抵の事は僕に原因があったし、大抵の事を余計に面倒にしていたのも僕だろう。その程度の事は認めよう、事実なのだし、真実なのだろうから。

 しかしやはり今回に関して、僕に責任があるとしたら、それはデイの無謀な挑戦にブレーキを掛ける事だし、やっぱりそれは僕が掛けなければならない。傷つけるつもりはないし、そんな事はしたくないのだけれど、しかし場合によっては傷つけてでも止めなくてはならない。こっくり荘を燃やすわけにはいかないのだ。

 さらに言えば。料理なんて、とか。そんな言い方をするつもりはないが、手料理をふるまったとかそういう事が、何かにつながるとまでは思っていない。そもそも考えてみれば、出会ってからの時間というものだって、デイは短いのだ。人生という尺度で見れば誤差であっても、この町に来てからという意味で考えれば大きく違う。この町の中で、この町の外での時間には、大して意味がない。だから、そういう事にはやはり得手不得手あるのだから、ゆっくりと始めれば良い。それこそ繰り返しになるが、やはりそんなもん、人それぞれなのだから。

 と、そういう事までデイに言ったのだ。言い過ぎなのか、言葉が足りないのか。その辺りは知らないが、僕としては言葉を尽くして誠意を尽くして、はっきり、きっぱり伝えたはずだ。

「わかった!」

「わかってくれたか、嬉しいよ。言葉を尽くした説得が通じて本当に良かった……」

 これでこっくり荘も大丈夫。

「じゃあ、お家で作る!」

 ダメじゃん!

 余計に駄目だろ、それよう。危ない子とした時にだれがお前を止めてくれるんだよ、住人がみんな寝ている中何をするつもりだ。吸血鬼の血が途絶えるぞ?

「いや……それ余計に無しだわ」

「良いじゃん、良いじゃん。僕の家だようお父さんも許してくれるよ!」

 そのお父さんが丸焼けになりそうだ。つーか、本気と書いてマジでどうかと思うぜ。寝ている間に省察されそうになっているなんて、まさかヴァンパイアも考えていないだろう。悪気は無くてもそれをやろうとしているのが娘なんてな。

 笑い話にもならねえ。吸血鬼の最後が、娘による焼殺なんて。自分の大切なものに対して行きすぎるくらい、重すぎるくらい、寛容で愛が深いあの男であっても、いくらなんでもそんな終わり方は可哀そう過ぎる。いつだって死んで構わないとか言いそうだが、こんな死に方までは想定していないだろうよ。

「良くねーよ。お前、今日何をやったのかもう忘れたのか、いくらなんでも速すぎるぜ。あのお屋敷全部燃やそうって考えているのならそりゃあナイスなアイディアかもしれないけどさ」

「ナイス?」

「都合のいい部分だけ聞くんじゃねえよ」

 ナイスって、単語だけだろうが。むしろバッドだよ。バッドエンドでデッドエンドになりかねない。ヴァンパイアが。

 まあ、バッドエンドは今に始まった事ではないのかもしれないけれど。しかし、デッドエンドだけは回避しているのだし、回避し続けて欲しい。僕の父親でも、あるのだろうから。

「もー!」

 癇癪を起した子供のような声をあげて、というかそのまんまだ。

「知らない、知らない。アキナなんて知らない、料理なんて絶対つくってあげないし、頼まれても作らないんだからねー!」

 子供じゃねーかよう。まあ、薄々感じていたけど、頭が悪いというか幼児性が濃いよなあ、こいつ。表裏一体、ナイトが年寄り言葉なら、デイはその反動でこうなるという事だろうか。本当に両極端、止まる所を知らない勢いだ。

 しかし、とりあえず問題解決していないか、それ?

「ほほう。ならそれでいこう」

「え?」

 登って行った先で急にはしごを外された子供のような顔。僕が裏切ったみたいな顔をされてしまった。

 ううむ。心が痛むのも確かだけど、お互いに妥協できないのなら、そうするしかないのである。いくらなんでも、吸血鬼屋敷が炎上してしまう可能性は看過できない。

「とりあえず今日の所はそういう事で肩をつけよう。ドラキュラ屋敷で独りで料理をするのは無し」

「え?」

「こっくり荘で作りたいなら、僕か、まあ他の誰かにでも言って作り方を教えてもらえ。包丁が使えるのかどうかも僕は知らないけど、火事を起こしかけたんだから、それだけは守ってもらう」

「……」

 膨れっ面をしてもだめ。

 駄目なものは、駄目なのだ。ネコみたいに火事になんてなりようがなさそうな料理ならばともかく、いきなり火事を起こしかけたのだから、けじめとしてこれくらいは必要だろう。必要とあらば、僕はいくらでも厳しくなれる男だ。

「……分かった」

「………」

 言いすぎたかなーって思う位しょげ返ってしまった。

 言いすぎたとは、あまり思わないけれど。というか、至極真っ当な事を言ったはずだ。けれど、どうにもこうにもやり切れないというか、言いすぎていないはずなのに後味が悪い。僕が甘いだけと言ったら、まあ、それまでなのだろう。

 駄目なところだろうけれど、こればかりはどうにもこうにも治らない。

 今だって、どうにかしてフォローしないといけないとか、そういう事を考えている。良い考えが浮かべばまだしも、浮かばない以上は何も出来ないけれど。何だろうか、この感覚は。妹が、妹らしい妹だったら、こう言う感じだったのだろうか。

 まあその妹は、実際に妹じゃなかったんだけど。

 ナイトにでも相談してみようかなー。デイに関しては、あいつが誰よりも知っているのだろうし、そうでなくても表裏一体、斬っても切れない双子の縁。良い考えが浮かぶとしたら、ナイト以外に居ないだろう。

 僕がどうにかしないといけない問題なのだとしても、それでもやっぱり、出来ることとできない事はある。これが出来ない事であるのかどうかは知らないが、今のところどうにもできそうにない。

 だったら、誰かに頼るしかないだろう。出来ないからといってそれを放っておくよりかは、多分、そっちの方がずっとましだろうし。

 不甲斐ないというか、人生経験が足りないのだろうか。あるいは、対人関係をおろそかにしてきたつけが回って来たような気がする。この町にやって来てからはともかく、それ以前に関しては鎖国していたようなものだし。

 無力感と敗北感を、こんな所で感じているのは、どういう事だと思う。バトル展開が苦手だと言っても、どうせこれから先そういう事はやってくるのだろうから、そういう時に取っておけばいいものを。

「どうしたの、アキナ?」

「なんでもねー」

 キツネに相談して、解決するだろうか。あの素っ頓狂な吸血鬼に関して、今朝の騒ぎの後でこんな話をする気にもなれない。今の所、デイはトラブルメイカーのイメージしかないだろうし。

「デイ、泣いてたよ?」

「うーん。反省はしてもらわないといけないしなあ……」

「気になるんだ?」

 やっぱり、婚約者だから?

 そんな事を聞かれても、婚約者である事が僕の中でどれだけ比率を占めているのか、僕自身、掴み切れていない。

 でも。

「誰に対してもそうだろうよ。キツネでもネコでも、ツルさんでも、ナイトでも、こんな事になって気にならないわけがない」

「アキナは大変だね」

 あきれ顔をされても、まあ、半分以上は自分で抱え込んだものだしなあ。それこそ、ヴァンパイアよろしく自己責任だ。自分で選んだ事、だろう。

「大丈夫?」

「全然平気」

 そんなものだ。所詮、この程度の衝突なんて、これから先ありふれているのだろうし、騒いだところで仕方がない。まあ、自分の力だけでいきなり乗り越える事が出来なかった事はともかく、どうにもならないという事は無いだろう。

 雨降って時、固まる。そんな言葉だってあるのだし、どうせ最初からなるようにしかならない。デイの事だって、ここからどうするかがきっと問題なのだろうよ。

「この程度、あっさり解決するさ」

 この認識が、正しかったのかどうかは、まあその時分かる事だろう。


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