ドラキュラナイトウォーカー(4)
僕が鬼に出会おうが、その掌でたたき落とされようが、心を殺そうが、そんな事には関係なく日は昇る。多分、世界中の人間が全て死んでしまっても、そんな事には関係なく世界が続くように、朝日もまた昇るのだろう。
朝が来たらそれは次の一日が始まるという事で、ようやくこっくり荘に帰りついた時、僕は一人で朝日が昇るのを眺めていた。夏は日の出が早いと言っても、これから眠るわけにはいかないだろう。完全に徹夜、完徹である。
まあ、僕だって思春期の若者で、一日くらいこう言うのも悪くないだろう。既に背が伸びる事に関しては諦めてもいるのだし。
「おはよう、アキナっ!」
「おはよー」
元気で何よりデイウォーカー。僕の体感では、ずっと顔を合わせていた位の勢いだが、およそ12時間ぶりになるのか。全く、面倒な体質だよ。片や、行き過ぎた早寝早起きで、もう一人は夜行性。年寄り口調と、年寄りみたいな生活。表裏一体ドラキュラ姉妹。本人たちがどう思っているのかは知らないが、つくづく面倒だ。
まあ、他人があれこれという事ではないのだろう。本人たちが気にしていないのならそれでいいのだろうし、どうにかしたいと言われれば、僕だってできることくらいはしてやれる。
「早起きだねっ!」
「……まあ、徹夜だけどな」
てっきり、知っているものだと思ったが、そこまで筒抜けというわけでもないのか。ナイトが経験した事を、デイが知っているというのはまあ、出来過ぎといえば出来過ぎなのだ。誰にだって秘密にしたいことくらいあるし、デイとナイトは二重人格でも同一人物でもない、ただの双子なのだから。絆が深くても、それでもやっぱり、そんなものだ。お互いを完全に理解しているなんて、面倒な事の方が多そうだし。
「起きた時に誰かがいるのって初めて!」
「……そっか」
そうだよなあ、と思う。あの屋敷に居るのはどう考えたって夜の住人なのだし、デイと生活時間が重複する奴なんて、そうそういないだろう。というか、そうでなくても早起き過ぎて年寄りくらいしか起きていないだろうけれど。
「朝日の中、こっくり荘の屋根の上で吸血鬼とお喋りか……」
もう、何が何だかってくらい、事情が込み入り過ぎて渋滞している。おとぎ話からはすっかり乖離してしまった気もするけれど、これでいいのだろうか。僕が良いか悪いかを決めて良いのであればそれで良いのだろうけれど。
「どうしたの?」
「いや、僕も初めてだと思って。誰かと一緒に朝日が昇るのを見るのは、初めての経験だよ」
「そっか!」
そう言って嬉しそうに笑うデイが、何が嬉しくて笑っているのかは分からないが、まあ、嬉しくて笑っているのであればそれで良い。不幸せでいるより、不幸でいるより、寂しくて泣いているよりも、嬉しくて笑っている方がずっといいに決まっている。
「今日、バイトが終わったらどこかに出かけようか?」
「うん!」
僕の体力が付きていなければ、僕たちはどこかに出かけるだろう。まだ夏休みは始まったばかりで、夏だって始まったばかりだ。僕はまだ、夏らしい事はしていない。吸血鬼に出会ったのはある意味夏らしいかもしれないけれど、そもそも、フレンドリー過ぎてそんな感じがしない。後はまあ、そうめんは食べた。
「つーかこの町にはあまり出かけるような場所ってないけどな」
「どこでも良いよ、アキナと一緒なら僕はどこに行ってもきっと幸せ!」
「そういうのって、一番困るんだろうけどな」
ふうむ、しかし、ほかのみんなも誘うべきだよなあ、これは。聞いてみれば、誰かどこかに居場所を知っているかもしれない。お金がかからなくて涼しい場所なんて、僕は図書館しか知らない。
なので今は、図書館が最有力候補だ。
お金がかからなくて涼しい場所というのなら、他にもネコの部屋という候補があるけれど、さすがにそれはいろいろとまずい。どこかに出かけようと言ってネコの部屋に連れて行ったら、デイはどんな顔をするのだろうか。
考えてみれば、女の子とどこかに出かけようなんて初めての経験で勝手が分からない。二人きりというのはやはり却下しておくべきだろう。うん。
「デイはさあ、昔の話とか聞いた事ある?」
「無いよ!」
……あっそ。
そんなものか。まあ、考えてみればデイにはあまり関係の無い話なのだろう。自分の親戚が皆殺しになっていたとしても、最初からデイとは顔を合わせる事は出来なかっただろうし、場合によっては仲良くなることだって、出来なかったかもしれない。吸血鬼に人の尺度を当てはめて良いのかどうか分からないけれど、
理不尽な現実であったとしても、それと関係の無い所で生きて行けるというのは、きっとそれだけで幸せだ。デイがそうであるように、たぬきおばさんがそうであるように、僕だってそうだったのだろう。
まさか僕が生まれるにあたって、何人も惨殺された事実があったとは、重すぎてびっくりだ。もっと幼いころにそんな話を聞いていたらぐれるか、屈折するかしていただろう。今の僕が屈折しているかどうかは、ともかくとして。
そういえば、身に覚えのない自殺願望についても考えなくてはならない。あれが、あれ一度限りであればそれでいいのかもしれないけれど。そもそも、僕はあれを隠された自殺願望であったと認識していたが、実際の所は分からない。まさか、ナイトを傷つけたいと願ったわけは無いし、僕はあれから僕に対する悪意しか感じられなかった。ナイトにも話を聞いておいた方がいいだろう。あの後夜明けが近くなってあわてて帰って来たので、あれこれと話を聞く事が出来なかった。
「誰の事考えてるの?」
目を細めてデイが聞いてきた。目が怖い、目が怖い。
「ナイトの事を考えていました……」
「ふうん」
「………」
「ふうん」
なんだよう。
「なんでも―。でも、女の子の前で別の女の子の事を考えたら駄目なんだって―」
「どこかで聞いた事はあるな」
「うん、僕もそうやって聞いた事があったから、駄目だよ、アキナ!」
釈然としない怒られ方だった。実際にナイトの事を考えていたこと自体に、怒っていないのではないだろうか。それはそれで良いけど、本末転倒というか、そんな事をデイに聞かせた奴がいなければ僕は怒られなかったということか。
「どうでも良いけど、誰に聞いたんだ?」
「ナイト」
あいつは本当に余計な事をしてくれるなあ!
双子で二人、仲がよさそうで何よりだよ!
つーかあいつだってその辺りの知識と経験はデイと変わらないだろうに、どういう耳年増だよ。年寄り言葉ついでに耳まで年寄りになったのか?
あいつとは本当に、いろいろと、本当にいろいろと、一度腹を割って話をしておいた方がいい。碌でも無い知識ばかり持っていそうな気がする。そういうのが僕に被害を与える前に、釘をさしておく事にしよう。
本当に、世の中どこを向いても僕が知らない事ばかり。婚約者だの何だのと、昨日急に現れた吸血鬼と、僕は一夜を共にした。いやらしい言い方に聞こえるが、実際そんなところだ。そこでもやっぱり僕の知らない事があって、今、僕の部屋には一振りの刀がある。
あんなもの、これから先、お世話になりたくもないのだが、しかし昨晩の感じから言えばこの先いつかそれを手に取る時が来るのだろう。バトル展開なんて、つくづく苦手だというのに、面倒なことこの上ない。
まあ、得手不得手で、命にかかわる事をないがしろにするようなつもりはない。そういう時がきたら、そうするまでだ。
自分を自分で決めたいのならば、やはりそれなりに覚悟しなければならないだろう。少なくとも僕は、自分が選んだ結果被る悪意は、自分の手で取り払いたい。周りに居る人たちを巻き込みたくないし、知らない間にあれこれ勝手に弄られるのも御免だ。
「んー。楽しみだなーどこに連れて行ってもらえるのかなー」
背伸びしながらそんな事を言われると、どうにもこうにも困る。下着つけろ。パジャマで外に出てくるな。誰かに見られてたらどうする。どいつもこいつも、無防備すぎるだろうが。
というか、お出かけに関してハードルが上がっている気がする。どうしようかなあ、これでまかり間違ってネコの部屋に出もつれこんだら、冗談じゃなく惨劇が起こるかもしれない。血の惨劇である。
勿論血を流すのは僕だろう。悪いのは僕だし。
困ったもんだよ、まったく、いろいろと。その場のノリで後先考えない口約束をしてしまったり、軽率な所は変わらないらしい。自業自得な以上、こればかりは自分でどうにかしなければならないのだろう。どうにも、こうにも。全くもってその辺りの自分の悪癖というか、軽率さは、自分の性格のようなもので治る気がしないけれど。
治らないのなら治らないで、その後きっちりと後始末のできる男になるべきだ。後片付けをしないと、捨てられてしまうのが普通だったっけか。経験は無くても聞いた事はある。耳年増というような情報ではないが、その程度の事は、子供だってやっている。僕だって、その程度の事は自分でやらないと。
変わったような、変わらないような、そんな感じだ。この町に来る前と、この町に着た後。僕は僕でしか無くて、それはずっと変わっていないはずなのだけれど、例えば名字が変わったように僕はどこ関わったはずだ。人間関係は言うに及ばず、人間関係が変わったのだから僕の内面だって、それに伴って変化する。
この町に居る上で生じる僕の責任とか、そういう話をいろいろと聞かされたし、間違えばどうなるのかも聞かされた。たぬきおばさんが不幸なのかどうかはともかく、同じようになりたいかどうかは、誰に聞くまでもない自分の事だ。
僕は、同じようになりたいと思っていない。
「マジでどこか行きたい所は無いの?」
「無いよ―。そもそも、僕は今までどこかに出かけた事がないから!」
ヘビーな事情を前振りなしで開陳するな。身構える時間を僕にくれ。しかしまあ、そんなものか。考えてみるまでもなく一人ぼっちだったのだから、どこかに誰かと出かけるどころか、どこかに出かけるという事さえ無かったとしても、おかしくない。おかしくないのなら、それを考えなかった僕が悪い。
つくづく、浅薄で軽率だ。デイが気にしていない風なのがせめてもの救いだ。それだって、実際に気にしていないかどうかは、聞いてみない限り、否、聞いてみたところで、分からないのだけれど。
聞いてみても分からないからといって、気遣う必要がないというわけでも、無いだろう。
まだ夏は始まったばかりで、そんなときに僕は僕の生まれた時の話を聞いた。特別な事のように感じていたけれど、そんな事は珍しい事でも無いのかもしれない。ほんの少し変わっていた所で、その時自分が何をしたわけでもないのだから、何が自慢になるというわけでもない。結局、話を聞いたところで僕は僕が特別な人間だったとは思わないし、ある意味自分達の立場を弁えない両親が子供を産んで育てる事が出来なかったようなものだと思う。恨み事を言うわけではないが、客観的に見たら、きっとそんなものだろう。
だから僕も、とくべつ可哀そうな人間だったという事は無い。大天狗先生やたぬきおばさんがそうであった程度に、可哀そうだったというだけ。埋没する程度なら、不幸自慢にもなりはしない。物語の裏側程度に捉えておけばいい話だ。
それでも。
区切りとしては悪くない。あの日、星の下で誓った事を僕は忘れていない。あの誓いはきっと間違っていなかったと思っていたし、今回の事はそれを確認しただけに過ぎない。対照的な朝日の下、横に居るのは僕の婚約者。
これからどうなっていくかなんて、僕には想像もつかない。もしかしたら、幸せな未来なんて待っていないのかもしれないし、そうでなくても障害は多いかもしれない。例えば、昨晩、僕の前に現れた鬼のように、悪意を向けてくるものだって現れるだろう。
ヴァンパイアは僕を、悪意に立ち向かう事が出来る人間だと、言ったけれど。実際のところどうなのかは、まだ分からない。昨晩の鬼が本当に僕の自殺衝動のようなものであったとしたら、それは僕の自業自得でしか無くて、何一つ悪意になんて立ち向かっていない。
まあ、なんにせよ今のところ大して悪い事は無い。
可愛い婚約者が二人現れて、両方嫁にしろと言われているのであれば、案外僕の困る話でもない。さまざまな事情は、僕が望むように立ち向かえば良い。現実に立ち向かう事は、悪意に立ち向かう事と変わらない。
どんな毎日にも続きがある。開けない夜が無いように、どんな綺麗な星空も、夜明けとともに太陽が昇るように、終わった昨日の次に今日という日がやってくる。
それでも、僕に関する話が一つ区切りを迎えたように、物語には終わりがある。たぬきおばさんが人間であった頃を忘れてしまったように、大天狗先生が今はもう僕の父親ではないように。次の物語が始まるのだとしても、それはただ星が見えなくなってしまう事とは違って、ただそれが僕達の見える所に無くなってしまうという事ではない。
ただ、物語が終わったとしても、世界は続く。たぬきおばさんが忘れてしまった事を覚えている大天狗先生がいるように、大天狗先生が父親で無くなってしまっても僕はその事実を知っている。世界が続けば、物語を繋いで行く人が、きっとどこかに居るだろう。
昨日が終わり、今日が始まる。
僕たちは見えない幸せをつかもうと生きている。
だから世界は続いて行く。
ドラキュラナイト編終了。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
よろしければコメントの一つでも残していっていただけると励みになります。