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こっくり荘へようこそ(3)

 ツンデレ、ツンデレ。

 正直言うと、昨今、漫画やアニメの中でも多く登場するこの属性をもった登場人物が、僕は嫌いだ。その全てとは言わないまでも、理由も無く横暴なだけの登場人物に、照れ隠しという大義名分をもたせた所で、可愛いとも思えない。

 というか、大義名分になっていないと、個人的には思う。痛いものは痛いし、苦しい事は苦しい。どんな言い訳をしたとしても、痛いし苦しい。可愛いだけじゃあ、許されない。可愛いだけでは、受け入れられない。

 ただ、そこに大義名分があったらどうだろうか。ああ、それは仕方がないと言えるような理由と、その程度なら仕方がないと思える程度の厳しさ。

 つまりそういう状況に、僕は立たされた。仕方がないと思えるような理由をつくって、仕方がないと思ってしまう程度に冷たくなった。つまりは、自業自得だ。ツンデレと称することすらおこがましい。そもそも考えてみれば、ツンデレなんて、第三者がそう呼ぶべきものであり、当事者がそれを自称なり他称なりすると、これほど寒いものも無い。

 結局、怒らせてしまっただけといえば、怒らせてしまっただけであると、それだけだ。

 あの後、晩御飯を四人で食べて、僕は大天狗先生と一緒に風呂に入った。晩御飯はコロッケだった。しっくり来るようで来ないような、絶妙なチョイス。和気あいあいと言う事も無いけれど、あまり気まずさを感じる様な食卓では無かったと思う。天狗とタヌキとキツネと僕。深く考えないようにはしていたけれど、妙な組み合わせだ。

 大天狗先生が入る風呂は、それだけに、かなり大きな湯船だった。大浴場というほどでは無かったけれど、家族風呂くらいはあった。男二人で同時に入っても、余裕があった。そうでなければ、男二人で一緒に風呂に入るなんて、ホモセクシャルでもなく親子でもないのに、したりしない。

 言っておくけれど、その時点までに何かあったわけではない。お互いの背中を流しはしたけれど、それくらいの事だった。大天狗先生の、どこか懐かしげな眼は気になったけれど、案外、昔、僕のような人間を知っていたのかもしれない。

 二人で牛乳を飲んで、その後の事だ。

 さてそろそろ、まだ見ぬ新居を見てやろうかと、そう思った時だった。

 こっくり荘は、母屋と、店子用の部屋に分かれている。そしてその間にそれを繋ぐ廊下と、共用の風呂が付いている。当然、僕と大天狗先生が使ったのもそこである。ちなみにトイレは各部屋についているそうだ。まあ、そうでないと不便だろう。

 そもそもの問題は、その構造と、長い間それを弧狗狸一家だけが使っていた事にあるのだろう。それ自体は問題ではないけれど、もしそうでなかったらこんな事にはならなかった。

 お約束という奴だ。

 あったその日に、裸ではなかったとはいえ、下着姿を目にしてしまった。勿論、たぬきおばさんのではなく、キツネの下着姿を、だ。

「ひゃああああ!」

 という悲鳴が上がって、その後すぐに謝ったとしても、多分それはもう手遅れだっただろう。何を言った所で全部遅かったのだし、全部白々しくなっただろう。

 だって悲鳴を上げたの、僕だもん。

 びっくりしたんだよ。急に下着姿の美人を見たりしたら、誰だってそうだろう? 僕が悪くないだなんて言うつもりはさらさらないけれど、でも、それだけは分かって欲しい。悪気はなかった、今は反省している。

 で。

「信じられない、悲鳴を上げるだなんて、一体どういうつもりよ」

 という事になった。

 その後の玉虫色の答弁も、真っ直ぐな謝罪の言葉も、受け入れられることなく、会ってその日のうちに、仲良くなれそうだと思った直後に嫌われてしまった。さすがに落ち込む。自業自得は分かっているけれども。けれども、けれども………けれども!

「はあ? いえ、いえ、こちらこそ、おぞましいものをお目にかけたようでどうもすみません」

 この通り、全て棒読みで皮肉を言われてしまう。ツンデレと思えば非常に萌えるが、怒っているだけだという事を忘れてはいけない。大天狗先生は関わり合う事無くこっそりと姿を消していて、たぬきおばさんは楽しそうに笑ってばかりで助け船を出してはくれなかった。

 そのまま、僕の新生活第一日は終わってしまった。次の日は、少ないとはいえ、荷物の整理をしているだけで終わってしまった。そんな事をやっているうちに春休みも残す所、あと一日。明日には入学式という所まで、引っ張ってしまった。

 もうこのままでも良いんじゃないかなあ、とか。そんな弱気が頭をもたげ始めているのだけれど、朝昼晩、ご飯を食べるたびに顔を合わせているので、その度にそういう訳にもいかない事を、思いだしてしまう。とっかかりも無い事には、玉砕覚悟の行動も起こせはしない。言い訳に過ぎないのだけれども、それくらい言っても良いだろう。

 とはいえ、ずっとこのままという訳にはいかない。最初の頃は面白がっていたたぬきおばさんも、いい加減心配しているし、大天狗先生は、こういう話は苦手じゃ、と言って取り合ってくれない。

 そんな事を言っているうちに、夜になって、風呂に入ってしまった。お互いに警戒しているので、最初の一日以外不幸な事故は起こっていない。

 そっと部屋に戻り、何となく外を見てみる。

 来た日には気がつかなかったけれど、この町からは、前いた所とは比べ物にならないくらい、星が良く見える。

 こんなにも、空に星はあったのだろうか。

 そんな事を、思ってしまったくらいだ。当然、僕だって知識上、星は数えきれないほど存在していて、見える所に行けば、空には隙間なくちりばめたようにそれが広がるのだと、知っていた。

 でもやはり、実際見るのと、知っているだけとでは、違う。

 こんなにも、美しいものだという事は、きっと知らなかっただろう。天体望遠鏡なんかにハマる人の気持ちが、よくわかる。これには、それだけの価値がある。

 遠い、遠い星空。

 僕たちの手が届かない所で、星は輝いている。

 それはきっと、本当は妖怪の類だって同じことで、こうしてそういう存在と共同生活を送っている今の状態は、決して普通ではない。もしも、それを普通であると認めてしまったら、きっとそれは自分自身もまた、そう言った存在に変わってしまったという事だろう。

 変わる事が必ずしも悪い事ではないけれど、でも少なくとも怖い事ではある。毎日、一瞬ごとに僕たちは一瞬前の自分とはすこし違うのだろうけれど、一日前の自分とまったく違うものに変わろうというのなら、それには勇気が必要だろう。

 そんな事を現実逃避ぎみに考えながら、ぼんやりと星を眺めていると、目の端に何か動くものが映ったような気がした。それが何だったのか、それを確かめるよりも先に、絹を裂くような悲鳴がこっくり荘と言わず、辺り一帯に響き渡った。

 悲鳴。

 この声は、キツネのものだ。

「どうした!?」

 と、次に聞こえたのは大天狗先生の太い大声。どたばたと走る音とともに、たぬきおばさんの心配する声も聞こえた。

 そして僕は、反射的に星空を見上げていた視線をおろし、風呂場の方を見たことで、偶然にもそれを目撃した。おそらくそれは、先ほど、悲鳴が聞こえるよりも前に、僕の目の端に映った動くものと、同じものである。

「………猿?」

 一匹や二匹では無い、それらしい影。それが、蜘蛛の子を散らすように、風呂場の窓の傍から離れて行っている所だった。

 猿。

 猿ねえ。

 とりあえず僕も、騒ぎの場所へ向かう事にした。

 風呂場の前に居た大天狗先生に話を聞くと、先生は紅く腫れた頬をさすりながら説明してくれた。どうやら、あの手形はたぬきおばさんらしい。慌てて飛び込んだら裸のキツネがいて、うろたえていたらたぬきおばさんにひっぱたかれてしまったそうだ。

 やはり、キツネが猿たちに風呂をのぞかれたらしかった。

 僕が目撃した猿たちの話をすると、先生は少し難しそうな顔をして、今度は顎をさすった。どうやらそれが、考えている時のポーズらしい。ジャージ姿の天狗、顎に手をやり考える。集団覗き猿といい、妖怪の世界はどうなっているんだ。

「猿か………」

 先生は言った。

「だとしたら、仕置きも無し、とはいかんな」

 そうは言ったものの、やはりまだ何かを決めかねているように、深く考え込んでいる。そう言えば、この町に警察の類はあるのだろうか。明らかに先生は、自分の手でお仕置きをしようと考えているようだけれど、それは人間社会ではあまり歓迎されない事なのではないだろうか。

 相手にあれだけの数があるのなら、お互いに怪我も無く決着を見るなんて、難しそうな話だ。

 猿だ。相手は、猿。

 猿にお仕置きなんて、何かあっただろうか。そもそも、猿の妖怪なんてものが思い浮かばない。孫悟空って妖怪なの? お経を唱えたら距離に関係なく、頭を締めつけるわっかはあるだろうか。

 むしろ、妖怪よりも、おとぎ話の方が印象深い。桃太郎とか。

 猿蟹合戦とか。

 蟹はこの場に居ないけれど。泣いたのは、キツネだ。

「そもそも、関わりの無い存在だからのう、あまり大きな干渉も出来ん」

 言っている意味は、分かるようでわからないような話だった。僕なりに解釈するのなら、キツネも狸も天狗も、猿と関わるようなお話が無いのではないだろうか。だからこそ、今ここで大天狗先生が率先して動く事は、新しい物語の創作みたいなものになる。

 想像しているのは人間だったはずなのに、創造物である妖怪が、独自に創作を始める。それは、あり得ない事なのかもしれない。

 まあ、実際に目の前に生きている姿があるというのに、そんなルールがあるとしたら、おかしな話だ。だってそんなのは、生きていると言えないのではないだろうか。

「あの………」

 僕が、言いかけた所で、たぬきおばさんがやってきた。キツネは、部屋にいるらしい。

「さあ、どこのどいつだい!」

 うちの娘を泣かせた奴は。

 そう言って鼻息荒く腕を組んでいるたぬきおばさんは、ただただ頭を悩ませていた男二人よりも、ずっと男らしかった。

「馬鹿もの、それをどうするのかを今考えていた所だ」

 諌めるように大天狗先生はそう言ったが、たぬきおばさんは取り合おうともせずに言った。

「そんな物、結局最初から答えの出ている事だろう?」

 分かり切った事に手をこまねいているのは、臆病なだけだと、そう言った。

「遅かれ早かれ、通る道じゃないか。お誂えむきだよ、これできっと、アキナちゃんも良い所を見せて、キツネと仲直りだってできる」

 本当に、男らしい。

「僕に出来る事がありますか?」

 そして、僕もまたそう言った。

 僕だって、知りあって数日とはいえ、嫌われているとはいえ、一緒に暮らしているかわいい女の子を泣かせるような奴に、怒りを覚えていないわけじゃあ、無いから。

 猿ども。

 エロ猿ども。

 きっとそういう事だ。猿のようにやりまくるとか、そういう言葉があるように。

 猿は、人間の本能の象徴のようなものだから。さっき見た猿たちは、多分そういうものが形になったようなものなのだろう。

「やってくれるかい?」

 大天狗先生はそう言った。

 僕は答えた。

「僕に何が出来て、何をすればいいのかを教えてください」

 多分これが、始まりだった。

 この町がどういう場所で、自分が同意立場に立っているのか。そして何よりも、僕がこの町に対して恐るべき速さで順応しつつある事の理由。なぜ僕なのかは、結局分からないままだったけれど。

 でも、そういう事を僕が知ったのは、この一件を片づけた後だ。

 何が出来るのか。

 何がしたいのか。

 何をするべきなのか。

 何をしなければならないのか。

 その全てを、聞く必要はない。ただ必要なのは、自分に何が出来るのかを知ることで、それ以外は全て自分が決めなければならなかった。

 そして僕は選んだ。

 この先もきっと、選び続ける事になるだろう。

 選ぶのなら、覚悟がいる。その事を知るのは、もっと先の事になるけれど。その事を学ぶのは、さらにもっと、先の事になるけれど。

 それでも選んだのは確かだ。選んだ瞬間に、選ぶ前の僕とは違う僕になって、それでも僕は選んだその先に続いて行く。選ぶ前の僕と同じように未来へと進み、自分の立場と意味を知る事になる。

 でもそれは今じゃない。

 責任を問われるのはいつだって後の事だ。自分のしたことの重要性は、後になってこそ知らされる。

 それでもこの時の選択を、後悔する事だけは無い。この先にある多くの選択と同じように、自分にとってそれが踏み出すべき一歩だったのだと、そう信じている。

 僕は選んだ。妖怪の世界で、お話を紡いで行く事を。


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