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ドラキュラナイトウォーカー(1)

 いろいろとあった。考えるにつけ頭が痛くなるような問題を積み残したままになっている。例えばデイに関するあれこれであり、僕の父親を名乗り大天狗先生の話によればそう名乗る事もおかしくない吸血鬼、ドラキュラ・ザ・ヴァンパイアに関することである。

 考えるべき事、向き合うべき問題。そういったものがどれ程積み重なっていても、しかし、眠っている間に考える必要はない。誰だって、眠っている間くらいは社会から与えられる不安や悪意を忘れて然るべきだと、僕は考えている。

「なのにこれはどういう事だ……」

 目が覚めたら、夜空を舞っていた。僕に羽は無い。翼も持っていない。大天狗先生の話を聞いた後、誇りに塗れた布団をもちだされた部屋で、畳の上で横になって眠っていたはずだった。

 一晩くらいなら、まあ夏だし平気だろう。

 そんな事を考えながら眠ったのだった。ネコに部屋へ来るように誘われたのだが、そういうわけにもいかないだろう。僕だって、いろいろと弁えているのだ。

 来るのは構わないが、行くわけにはいかない。いろいろな意味で。

 で、だ。

 いい加減この不可解な現象について考えなければならない。まさか、僕の夢遊病の気があってさらに自分が知らないだけで翼を生やして飛ぶ事が出来るという事は、無いだろう。それこそ、隠された吸血鬼の血が覚醒するなんて展開は、陳腐過ぎて御免こうむりたい。御免こうむりたいし、遠慮したいし、距離を置いておきたい。

 しかしまあ、壮観というか、凄い景色ではある。雲ひとつない空の下、明かりの消えた町の上を疾走しているとでも、言うべきなのだろうか。頬に当たる風は、夏の生温かさを失って、それがこの速さを僕に教えてくれる。感覚でものを言えば、下手な自動車よりもずっと速いだろう。

 自然と怖いとは思わなかった。もしかしたら、そういった感情を通り越して麻痺してしまっていたのかもしれない。もしも落ちれば、高さから言っても、速度から言っても、間違いなく死んでしまうというのに。それ以前に、把握できない状況に恐怖心を抱きもしなかった。

 そう。ただ、混乱しているのだ。

 何これ、どういう事、高いし、速いし、飛んでいるし、さらに言えば寝巻を着ていたはずなのに着替えているし、どういう事だかさっぱり分からない。さっぱり状況がつかめない。僕は何か大罪を犯して、もしかしたら今ここは地獄でその罰を受けている最中なのだろうか。

 冷や汗が出てきた。混乱するのが終わったら、急に怖くなってきた。落ちたら死ぬし、速いし、寒い。

「……よし」

 いい加減気合を入れて、上を見て見る事にしよう。自分で跳ぶ事が出来ず、何か乗り物に乗っているわけでも無く、明らかに誰かに抱えあげられているような感覚があるという事は、そうしてしまえば現実を直視することが出来る。

 少なくとも、こんな事をしているのが誰なのかは、分かる。

 まあ、大体予想が付いているけれど。

「……やっぱり」

「なんじゃ、その程度の反応か。詰まらんのう、大いに取り乱すのはここまでか?」

 口調がおかしいが、その顔はどう見ても、見間違える筈の無い僕の婚約者の顔だった。まあ、自称婚約者だが。しかしその辺りをいろいろといっても面倒なので、割愛。

「やはりお前か……畜生。信じていたのにどうしてその夜にこんな事をしているんだよ、面倒ったらない」

「ふん、しかしこちらにも事情というものがあろうという所じゃ」

「事情は結構だけれどさ、言ってくれれば備えるものを、何が楽しくてお前は僕を拉致しているんだ」

「拉致ったというやつじゃな」

 その言い換えに意味があるのか?

 というか、どうだろうか。こうして話をしていて、今日会ったばかりの相手に関してあれこれと知ったような事を言いたくは無いのだが、印象が違いすぎる。印象が違いすぎると言えば、口調が違いすぎるという事に尽きるのだが。

 それ以上に、何か違うような気がするなあ。

「むう……お前、誰だ?」

「ほう……」

 感心したように息をつかれた。この辺りの上から目線ぶりが、何とも言えずデイらしくない。あいつならおそらく、素直に感心するだろう。

 勿論、僕が知らなかっただけで夜になるとキャラチェンジするという事もありえるだろう。僕を抱えている吸血鬼が、僕の知っているデイと別人であるという事は、可能性としては多分それよりも低い。

 根拠のない勘だったが、どちらかと言えば、別人だと思う。

 匂いというか、雰囲気が違いすぎる。

「確かに妾はお主の言う通り、デイウォーカーとは別人じゃよ、我が婚約者殿」

「そういう前置きは良いから、名前を言えよ」

 面倒臭いなあ。

 回りくどいというか、もったいぶっている感じが鬱陶しい。デイは単純に馬鹿なだけだったが、こいつの方は面倒くさい。

 どちらが良い悪いという事では無く、結局どちらも面倒くさい。

「妾はドラキュラ・ザ・ナイトウォーカー。ドラキュラ・ザ・デイウォーカーとは双子という事になる。そして妾もまた、デイと同じくお主の婚約者という事になる。両手に花というわけじゃ、美少女二人を侍らせて嬉しいか、婚約者殿?」

「たちの悪い押し売りみたいな事をしておいて、言うに事欠いてそんな事を言うなよ。僕の身の回りを騒がしくしてくれるな」

「つれないのう……」

 もう僕の対応できるキャパシティを超えている。こっくり荘にも部屋が足りない。さばき切れねえよ、この人数。

「それで、何の目的だよ。こんな夜中に人を誘拐みたいに連れ出して、そもそも今僕たちはどこに向かってるのさ?」

 明日もバイトだよ。こんな夜更かしに付き合って、遅刻するわけにはいかない。

 単純に迷惑だよ、この状況。

「妾の家じゃ」

 ふーん。

 妾の家。つまり吸血鬼の家か。

「本気で誘拐しようとか考えたの?」

「いや、いや」

 否定した。人を抱えて飛びながら、首を振って否定した。しかし、今現在の状況を見る限り、どう見たって拉致監禁コースだよ。僕の命が風前の灯。命が保証されても、僕の人生がいろいろとやばい。

「ただこう、ちょっとした食事会をしようというだけじゃ」

「お前らの食事って僕じゃないのか?」

 人生とか言っている場合じゃない。本気と書いてマジと読む。僕の命が危険、風前のともしびというか、断頭台に向かって一直線だった。

「おろしてくれ、僕はまだ死にたくない」

「いや、いや」

 再び否定した。僕を下ろすことなく、またそんなそぶりを欠片も見せる事無く、首を振って否定した。あれか、食材に選択権は無いという事なのだろうか。

「そういうわけにもいかんじゃろう?」

「そこを否定するのか?」

 僕を食べないって言え。

 恐いだろうが。不安を解消しろ、この状態で僕が暴れたら僕が死ぬぞ。僕しか損しない気がするが、しかしそれはいろいろとまずいはずだ。何が不味いのか良く分からないし、所詮、この町にとっての人間は変えの利くものなのだろうが、しかし、何かこう、何かこう、食材が消失するぞ?

「それは困る、分かった、分かった。仕方がないのう、ちょっとした戯れじゃろうに。言わずとも分かってもらえると思っていたのじゃが。婚約者殿、単に今回は晩餐にお招きしようというだけじゃよ……」

 呆れたような声を出すな。

 僕が困ったちゃんみたいに言うな。そもそも、お前の言葉が足りないんだよ。恐いだろうが。

「つーか」

「なんじゃ」

 抱えられたまま、何とも不思議な感覚だと思いながら、僕は言った。

「晩餐って、僕はもう晩御飯食べたよ」

「妾たちはまだじゃ」

 あっそ。それは知ってる。

「まあ付き合う位はもう構わないし、どうせ拒否権は無さそうだし諦めているよ。でも考えてみれば、僕は吸血鬼が何を食べるのか知らないぜ」

「今日はトマトシチューじゃ」

 赤いからか。赤ければ何でもいいのかもしれない。案外、吸血鬼の食生活というのもお手軽なのだろうか。赤い食べ物と言えば確かにトマトが最初に来るが、ワインを飲んでいれば生きて行けるのかもしれない。

「そんなわけないじゃろう」

「ふうん、じゃあやっぱり、たまには血を吸わないと生きていけないって事か」

 ほほう。僕としては全く嬉しくない情報だが、しかしまあ、実際そういうものだろう。吸血鬼として、そうでなければどうなのだという気も、する。

「いや、ワインだけ飲んで生きていくなんて体に悪いじゃろう?」

「問題はそこなのか?」

「あたりまえじゃ、生物たる者栄養はバランスよくとらねばなるまい。婚約者殿も感じておるじゃろうに、この妾の自慢の肉体。柔らかいじゃろう?」

 おいやめろ。せっかく気にしないようにしていたのに。しかしまあ、この感触から言えば、デイよりは少し大きいがキツネほどは無いという感じだ。双子なのにこういう所が違うのは、なまじ顔が瓜二つなだけに不思議な気がする。

「デイは好き嫌いが多いからのう……」

「つーかお前ら、どうして二人揃って顔を見せないの?」

「それは単純に生活時間が重複しておらぬからじゃ。デイが起きておる時間妾は眠っておるし、妾が起きておればデイは眠っておる。じゃから、生まれてこのかた双子でありながら実際に顔を合わせた事は無い」

「ふうん」

 なんだか面倒だな。

 しかし、この双子を両方同時に相手しなければならない状況は、あり得ないというわけだ。少し安心した。面倒の二乗なんて考えたくもない。面倒なことこの上ない。

 ま、在りもしない可能性についてあれこれ言っても仕方がないか。

「たった二人の姉妹でそれも、寂しいんじゃないのか?」

 僕がそう言うと、頭の上でくつくつとナイトが笑った。

「そうでもない、妾達の絆は婚約者殿が知るどんな絆よりも深く強いのじゃ。夢の中にあっても、妾はデイが何を思っているのか分かるし、その逆もしかりじゃ」

「……それはそれで嫌だな」

「そうかのう?」

 まあ、邪な事を考えないならば、それは悪くないのかもしれない。僕が一方的に俗物なようだが、まあ自分が俗物である事は否定しない。何事も人並みで、悪い事は無い。まあ、人間の双子だって不思議な絆があることだってあるのだ。この町で双子ともなれば、それなりに神秘的にもなるのだろう。

 おそらく、デイとナイトはその名前の通り表と裏なのだ。新式と旧式、昼と夜、太陽と月。

「複雑だよなあ、いろいろと……」

「そうじゃのう」

 全く、親の代の因果と業を僕たちが全て被っているのではないだろうか。あれだよ、いろいろとあっさり流してはいたが、殺しすぎだよ。切り捨てるのが得意とか何とか、そういうのは僕の主義には、大天狗先生には悪いけど合わない。

「まあ、いい機会だと捉えてしまえば、そんなものかもしれないなあ」

「ポジティブシンキングじゃな」

「そうでもしないと気が滅入るよ」

 ま、なにごともそんなものだろう。前向きにとらえればそう言うものだし、後ろ向きなに捉えてしまえばそんなものだ。この町にやって来ていろいろとあったが、そのどれもが自分の捉え方で意味を変えるだろう。

 これからの事だって、きっと僕の捉え方次第。

 どんなことであっても負の側面しかないという事は、無い。

「お前の話だって聞いてみたいしな」

「妾も婚約者殿に話を聞いて欲しい」

 ならいいさ。聞きたくて、聞いて欲しいのなら、需要と供給が成り立っている。昨日、大天狗先生に話を聞いて、いろいろと思う所もあるのだし、吸血鬼に会うのだって、悪い事ではない。

 だったらまあ、この誘拐劇にしたってあれこれと文句を言うのは止めにして楽しむ事にしよう。考えてみれば、こうして夜空の下を飛ぶなんてなかなかできない経験だ。背中に感じる柔らかい感触と一緒に、楽しんで悪い理由もないだろう。


ドラキュラナイト編もう少しでお終いです。

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