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ドラキュラナイト/メモリー(2)

 僕の親友について話をしよう。僕が恋する秋野モミジと、同じくらい大切な僕の親友。その関係は、モミジよりも長い。

 ドラキュラ・ザ・ヴァンパイア。この町における、吸血鬼一族の若者。妹を溺愛する、若き吸血鬼。彼とは、僕がこの町へやって来た人間の頃からの付き合いになる。数年とは言え、それなりの付き合いであるという事だ。

 顔を合わせるのが寄るだけに限定されるからといって、それが何の障害になるのかと、そう言う事が出来るだろう。人間であっても、天狗であっても、僕たちは親友だった。

 僕が恋するのと同じように、彼もまたモミジに恋をした。それはきっと、そうなって当然だった。僕が人間であった頃、あれほど気の合ったヴァンプが、僕と同じものに恋をしないはずがない。

 しかし何にせよ、僕たちは恋したからこそ何も出来なくなった。もしも僕たちが彼女に恋することなく、ただ彼女に愛されなければならないのであれば、全てが単純だったのだろう。上手くいったかどうかはともかく、少なくとも複雑さは生じなかったはずだ。

 彼との友情についてあれこれ話をするつもりは無いし、だれしも青春の中に恥ずかしくなるくらい純粋な記憶の一つや二つ持っているものだろう。つまり僕たちの思い出というものは、その類であるという事だ。河原の土手で殴り合いをした事は無いが、それに似たような事もあった。僕たちは恋をしないまま青春を終え、僕が人間で無くなり、モミジがやって来た事でようやく恋をした。

 恋をして、恋して、押し殺す事に決めた。

 僕たちの関係は、モミジの言うように、家族になった。僕とヴァンプが親友同士である事を、モミジは羨ましそうに聞いていた。きっと彼女の中で、そう言った感情を抱くのは同性の間であるという決まりでもあったのだろう。だからこそ、わたし達に家族になろうと持ちかけたのは彼女だった。

 友情でも、恋愛でも無い、家族に対する愛情。

 彼女はそれを求めて、僕たちはそれを返した。精一杯、出来る限り、もてる限りの愛情を。

 僕はあまりそう言う事に慣れているとは言えなかったが、それは彼女もまた同じ事だった。以外にも、ヴァンプは器用にそれをこなした。

 妹を愛するように彼女を愛して、僕も同じくそれに倣った。時間がたって、関係が深まった時、僕たちはお互いを家族として違和感無く愛し合う事が出来るようになっていた。それは、もしかしたら彼女が本当にそう願っていたからなのかもしれない。

 人間で無くなって間もないからこそ、僕にはそのように思えた。

 僕がいつか望んだように、彼女も望んだのだろう。

 僕が僕の心を共有してくれるような親友を求めていたように、彼女は自分を愛してくれる家族を望んでいたのだから。

 けれどどうなのだろうか。そう考えるのならば、彼女はその先の事についても、本当に願っていたのだろうか。全て終わってしまった後、破滅を迎えてしまった後になっても、それは分からない。勿論、破滅を願う事は無くても、しかし、願いが破滅を誘ったという事は、あり得ないとは言えない。

 ヴァンプならば、僕の親友ならば、それに関してなんというだろうか。僕と同じように、それを分からないというのだろうか。

 それとも。それとも、僕とは違う場所から弧の破滅を見る事になったことで、僕とは別の何かを見つける事が出来たのだろうか。

 裏切り者と、裏切られた者。

 僕と彼の関係は、そうなってしまった。僕のせいで、僕のせいで全て、何もかも台無しにしてしまった。ともあれ、そこに至るまでの話をしなければ分かってもらえないだろう。何も僕は、こんな結果を必ずしも望んでなどいなかったし、何よりも、彼女には人間のまま過ごして欲しいと願っていた。

 どこから話せばいいのか分からないが、そう、あの頃僕たちは本当に幸せだった。家族として、押し殺しているものはあったとしても、幸せだった。毎日何を心配する事も無く、平穏を生きていた。

 あの頃、彼は頻繁にこう言った。

「俺は今まで家族だけが全てだと思っていたが、こうしてお前たちと一緒に居ると、世界は広いのだと思わされる」

 世界は広い。僕たちが知っているものは、どこまでも僕たちの目に映るものだけだ。ずっと屋敷の中で過ごしてきた彼は、それまでただ妹一人だけを愛してきた。僕と出会うまで、きっと彼の目に映っていたのは妹一人だけだった。しかし、僕と友情を通わせ、モミジという家族を得て、彼は変わった。

 世界は広く、星空は見えるよりもずっと深く、遠いのだと、知ったから。

「俺は自分よりも大切だと心から思えるものを見つけた、それは思えだって同じ事だろう、出雲?」

 そう言った彼に、僕は言葉では無く頷く事で肯定した。

 彼女のためなら死ねる。彼女のためなら、自分だって切り捨てる事が出来る。もしも僕たちが彼女のためにどちらかの命を差し出さなければならなくなれば、僕たちは即座に自分の命を絶っただろう。彼女のために、相手を殺さなければならなくなったなら、迷わずそうしただろう。

「ああ、そうだ。彼女のためならお前を殺す。もしも反対の立場なら、お前もそうしろ。俺たちの命は彼女のために、彼女の大切な物のために、捧げるんだ」

 強固な意思。硬い決意。その誓いは、星空の下、僕たちの暮らしている家の屋根で交わされた。尊い誓いは、僕たちの心をお互いに強くする。何があっても、その誓いが胸にあれば僕たちは彼女のために何でもできる。

 お互いを殺すことだって、必要ならばできただろう。

「だが――――」

 だが。

 あの日、あの星空で誓いあった夜、彼は何と言ったのだろうか。その言葉に、僕は一体何を思っただろうか。

 そうだ。僕はあの日、誓いと共に僕は憧れを抱いたのだ。

「だが、俺はもしそんな時がきたなら、俺を犠牲にして欲しいと思っている。それを忘れるな、出雲。俺を親友と思うなら、もうどうしようもない事にならない限り、俺に君を手に掛けさせないで欲しい」

 その言葉は、彼のその意思は、どこまでも僕の心を揺さぶった。僕は恋するあまり、彼をないがしろにしかねなかったというのに、彼の友情はどこまでもまっすぐに僕へと向けられていた。

 その時は、何よりも感動していた。彼の純粋な友情に、きっと僕がもっと素直な人間であったならば間違いなく涙を流していただろう。

 そしてその後、僕は自分を恥じた。何が友情で、何が愛だ。僕は恋するあまり、彼をその次に位置付けて、それだけで満足していた。それなのに、ヴァンプ。彼は、彼女の次に僕を位置付けていたのだ。

 最後に彼に憧れた。もしも僕が男でなかったら、彼に恋をしていただろう。男だからモミジに恋をして、男だからヴァンプと親友になった。

 僕たちの関係は、家族としての関係の中で、複雑だった。

 その頃彼女にとって、僕たちとの関係は、僕たちが隠していたことと同じように複雑だったのだろうか。僕たちが押し殺していたようなものを、その時彼女も抱いていただろうか。結局それは、分からないままだ。これからもずっとそれは分からないままだろう。

「彼女がどう思っていてもかまわない。俺にとって何よりも大切なのは彼女で、その次にお前だ。そのためになら、俺は何だって切り捨てる事が出来る。そして、いつかその時は来るだろう」

 その予言じみた言葉は、僕たちの未来を示していた。

 もしかしたら、彼には全て分かっていたのかもしれない。僕の裏切りすら見通していたのかもしれないと思うのは、僕の卑怯な心がそう思わせるだけなのだろうか。

「忘れるな」

 彼は言った。

「お前が何を選んだとしても、それが彼女を傷つけない限り、俺はそれを支えよう。俺は彼女を愛しているが、きっと彼女が選ぶとしたら、それはお前だろう」

 僕はそれに頷く事が出来なかった。

 僕から見ていれば、彼女が彼に惹かれている事は明らかだった。嫉妬の念を覚えるまでも無く、僕は自分が彼に劣っている事を自覚していた。彼に対して憧れを覚えたその時から、僕は同時に彼に対する劣等感を抱いている。

 彼女は言う。

「出雲君とヴァンプは仲が良いわよね」

 友情というものを、彼女は同性と結ぶ事が無かった。その意味が何であったのかは、僕にはわからない。もしかしたら、外で暮らしている間に、彼女はすでにそれを諦めていたのかもしれない。そんな物を結ぶ相手は、自分には居ないのだと断じていたのかもしれない。

 あるいは、希望的観測で述べれば、僕たちとの関係だけで満足していたのかもしれない。

「羨ましいわ。これは皮肉でも何でもなく、友情って私にはわからないもの。でも、あなた達が仲良くしていて悪いことなんてないのよね」

 彼なら、彼女の言葉に何と言って答えたのだろうか。

「この町に来て本当に良かった」

 夕陽を二人で眺めながら、彼女はそう言った。

 本当に、どこまでも綺麗なその横顔と、澄み切った視線の先。彼女が一体何を想い、何を見ていたのか。それでも僕の記憶の中で、その横顔はどこまでも美しく記憶されている。どこまでも遠くを、ここではないどこかを目指すような視線に、僕は引きこまれた。

 どうしようもなく、どうしようもないほどに。

「君たち二人に出会えてよかった」

 別の日に、全く関係ない時、彼は僕にそう言った。その時どうしようもないくらい、僕は二人との距離を感じたのだった。

 僕の心は、いつだって何かを切り捨てる事ばかりを考えていて、結局、親友を得ても、恋をしても、何かを切り捨てることでしかそれを続ける事が出来ない。出会う事が出来て良かったと思う以上に、出会わなければ彼を、彼女を汚す事は無かったのにと、そんな事ばかりを思ってしまう。

 どうしようもない自分。変わる事の無かった自分に失望した。変わる事無く、変われなかった。いつ、どこで、どうしていれば、僕は彼らのような人間になれたのだろうか。こんなにも小さく、こんなにも醜い心を抱えたまま、この先ずっと生き続けなければならない。

 こんな事を思い知る位なら、僕は人間であるうちに死んでおくべきだった。物語の登場人物へとなり果てた今、僕にはもう自分で命を絶つ権利は無い。

 そうして。夜にしか生きる事の出来ない彼が見ていない間に、出し抜いた。

 彼も、彼女も、誓いも、決意も、何もかも裏切った。裏切って、なおそれを隠しながら僕は生きた。詰まらない自尊心と、詰まらない自己満足。そして、得たものは自己嫌悪と、自分自身に対する絶望だった。

 結局、僕が抱いていた劣等感は、裏切るための言い訳に過ぎなかった。

 こんな事を言いながら、こんな事を思いながら、裏切った結果僕は幸せだったのだ。罪悪感を抱く以上に、自分の恋がかなった事を、喜んでいた。いつか来る破滅へ向けて歩いているのだとしても、幸せな時にそれを思い出す事は無い。ただ、彼との誓いを確認し合う時にだけ、それは僕の胸の中にほんの小さな影を落とす。

 それだけで、僕の良心なんてものは所詮その程度だった。それで許されることなんてどこにも無いというのに、破滅が目の前に至った時、彼がそれを知らされた時表情を動かさなかった事を見て、僕はようやく自分の罪深さの現実を思い知った。

 彼が表情を動かさなかったのは、とっくに気が付いていたからでは無く、多分、彼女の幸せをそのままにして置くためだった。本当なら、僕に恨みごとの一つくらいあっただろう。誓いあった事をほごにして、それどころか、僕自身が彼女に特大の不幸を見舞おうとしている。

 僕はその時、殺されるのではないかとすら、思った。

「おめでとう」

 彼は僕たちに言った。本当に、本当にどこまでもそれだけしか思っていないような笑顔で、僕たちを祝福した。

 彼女の中には、すでに僕たちの子供がいた。彼はその、裏切りの結果を祝福して、彼女に言った。

「君たちの子供だ、きっと、良い子に育つだろう。俺たちの家にも、次の世代が生まれようとしている、きっと、その子と言い友達になれる」

 彼女は嬉しそうに頷いて、僕だけが笑顔を浮かべる事が出来なかった。張り付いているのは、白々しい表情で、それを見抜いているはずの彼は何も言わず、そして、二人だけで話がしたいと僕に言った。

「おめでとう」

 やはり彼はそう言った。

「彼女が望んだ結果だ。間違いなく、彼女を幸せにしろ。俺もそのために何だってする」

 愛が深い。

 僕なんかよりも、彼を選んでいれば、彼女はきっと幸せなまま今も過ごしていただろう。僕のような日教ものでは無く、彼のように純粋で真っ直ぐな、勇気を持った男を選ぶべきだった。

 結局、彼女を彼女で無くしてしまったものは、何もかも切り捨てることで生きてきた僕が最後まで切り捨てる事の出来なかった、僕自身だった。

 子供が出来て、生まれれば、この町に人間が二人存在する事になる。子供か、母親、そのどちらかはそのままではいられないだろう。どちらの結果であっても、彼女はいなくなるか、悲しまなくてはならない。

 彼女を守るならば、子供を殺さなくてはならない。

 けれどそれは、考えるまでも無く、言われるまでも無く分かっている。それは、何よりも彼女を傷つける、彼女に対する特大の不幸だった。


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