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ドラキュラナイト/デイウォーカー(4)

「なんだかんだいって、そうやって丸く収めたんだ」

「言い方にとげを感じるけれど、概ねその通りだよ」

 いや、本当にとげを感じる。言い方にも、視線にも。まあ、部屋の壁をぶち抜かれた事に関しては彼女を弁護する事は出来ない。僕だって、その点に関してはいろいろといいたい事もあるのだった。

「でも、大丈夫なの? 婚約者だとか何だとか言っても、結局は吸血鬼なんでしょう?」

「んん、まあその辺りも話を聞いた限りでは大丈夫だろうさ。あのヴァンパイアにしたって、人の生き血を毎晩啜っているわけでは無いらしいし、輸血用のパックで満足できるらしいよ」

 それ以前に、デイの立場は吸血鬼として特殊なのだが。

 旧式に対する新式。今時の、リスクを負う事の無い、日の光の下を闊歩出来る吸血鬼。ヴァンパイアと違って、彼女の吸血衝動なるものはそこまで深刻ではない。せいぜい、甘いものを食べたくなる程度の欲求なのだそうだ。

 便利なものだ。何度とも新しいものの方が便利であるという事なのかもしれない。その分、吸血鬼らしさというものは台無しだったが。

 根本的に馬鹿だしね。

「ふーん」

「何さ、納得いかない事があるならはっきりと言ってくれよ、キツネ」

 じと目である。三白眼で、浮気者を見るような目で見ている。

 まあ、次から次へとここの住人を増やしてきたような気も、しないではない。最初は、大天狗先生とたぬきおばさんとキツネと、僕だけだった。僕が来る以前まで遡れば、二倍以上に増えたという事だ。こっくり荘なんて名乗っておいてそれもどうかと思うけれど、しかし、それはいつからそうなのだろうか。

 僕たちが生まれる前は、一体どうだったのだろう。

「結婚するの?」

「しないさ」

 今のところそのつもりはない。今日あって、いきなり結婚を決意できるほど、僕は潔くないし、簡単でも無い。というか、その決断の重さを想像できないほど子供でも無いのだ。だから今の所、そのつもりは無いとしか言えない。

 なんだか、いろいろと保留にして生殺しにしているだけに聞こえるな。

「実際その通りだと思うよ」

「呆れ顔になったな、おのれ、ここぞとばかりに責めるつもりか」

 理不尽とは言えないような気もするけれど。しかし、言い訳をさせてもらうならば、その決断を先延ばしにするよう言ったのは、僕ではなくデイのほうである。話し合った結果、僕の言った、分かりあっていくという考えに納得してくれたことで、彼女の結論はそう至ったのだ。

 デイが僕の事をどれだけ知っていたのかはよく分からないままではあるのだが、しかし、彼女に言わせれば、僕の事を好きになる程度には、知っていたらしい。僕の事を好きになる程度というのが、具体的なのかはよく分からないが、余計に分かりにくい尺度だった。

「ふうん……」

 そう言ったんだ、と、キツネは言った。どうにもキツネにはそれが、実際にどの程度の事を指すのかが、分かったらしい。分かったのか、分かっていたのかは、僕にはわからないけれど。

 しかしそもそも、僕が僕の事をどれほど知っているのかどうかだって、分かりはしないのだ。自分のルーツすらあやふやな僕に、どの程度なんて言葉を使う権利は無いのかもしれない。程度で語るのであれば、全体を知らなければ話にならない。

 見えなかった星と同じく、この町にやって来た事で見得たものはあるけれど。それでも、この町の星空は、それが全ての星を見せているわけではない。大天狗先生と話して、僕の父親が誰で、僕の母親が誰であるのかは、分かった。しかし、つい昨日、僕の父親を名乗る吸血鬼が現れて、僕の許嫁を名乗る吸血鬼も現れた。

 きっとそれだって、僕の全てではないのだろう。僕の全てなるものがそこまで深いだろうとは思っていないけれど、それでも、自分自身で全て理解してしまえるほど浅くも無くて、それで良かったと思っている。

「まあ、どれだけ知っていようが構わないさ。僕にだって知られたくない事はあるんだ、全部知っているなんて言われたらひれ伏すか、口を封じるしか仕方がない」

 冗談めかした口調になったが、それだけだ。僕の知らない事まで知っていると言われても、まあそんな事もあるだろうと言う程度だが、恥ずかしい秘密まで知られていたら、それは嫌だとしか言いようがない。

 誰だって、そんなものだろう。自分の事を何一つ知られていない事は寂しいけれど、包み隠さず全てを知って欲しいとまでは思わないはずだ。

「彼女が言いたいのは、そう言う事じゃないと思うけど……」

「そう?」

「……うん」

 確信的な割に、歯切れが悪い。言いたくないといったところか。ま、そんなものだろうし、そんなこともあるだろう。僕にとってそんな事があるように、キツネにだって、言いたくないことくらいある。

 恥ずかしい秘密とか、口が裂けても言いたくない。最後におねしょをしたのは中学二年の時だとかね!

「まあ良いさ。何が言いたかったにした所で、そんな事もこれから分かりあっていけばいい」

 いつだってそうだろう。どんな出会い方をしても、どんな始まりであっても、出会いはいつも鮮烈で、その印象ばかりが残る。その印象の上に、僕たちの関係は築かれてゆくのだろう。

 デイに限らず、キツネも、ネコも、ツルさんも、その通りだ。僕が彼女たちの全てを知っているなんて、この中の誰か一人に関してすら、言う事が出来ない。

「私の事も分からない?」

「わかんねーよ。わかんなくて良いと思っているけれどね。だからこそ、こうして話をしていて楽しいんだと思うよ、僕は」

 相手の事を余すところなく知っているのだとしたら、相手が次に言う事まで分かってしまうだろう。そんなのは、会話に意味がない。

 出会いこそ鮮烈だとは、ヴァンパイアの言った事だったけれど。

 ならば僕はこう言おう。全く正反対の事かもしれないし、似たような事かもしれないが。出会いは確かに鮮烈だが、僕の毎日はいつだって輝いている。その輝きは、喜びと発見の積み重ねだ。出会ってから今まで、価値の無かったものは無い。

「わたしがどれだけアキナの事を大切に思っているかも?」

「かかっ、分かんねー。というか、具体的にそんな物を計っている奴は、よっぽどだろうよ。自分がどれだけ大切にされているかどうかなんて、そもそも、測るものじゃないと思うよ」

 多分、そう言う事は、分かった時に実感すればいい。自分がどれだけ大切に思われているのか、自分がどれだけ大切に思われているのか。そんな事は、日ごろから測っても仕方がないし、測れるものでもない。

 ほんの少し話を聞いてもらえなかったからといって、そんなことでいちいち拗ねても仕方がない。小さな子供が親にそうするのならともかく、対等な関係に近づくほど、それは些細で、詰まらない甘えだ。甘える事は悪くないけれど、もっと別の時に甘えたい。

 甘えるにもほどがあるのなら、必要な時に備えて節約している方が賢いだろう。

 キツネと僕の関係は言うまでも無く台頭で、その事はネコにしてもツルさんにしても同じことだ。日は浅くても、今日会ったばかりであってもデイとの関係だって同じ事だろう。僕たちはお互いに依存するために出会ったわけではないし、そんな事を僕は望んでいない。

 少なくとも、依存したいと思った事は無いし、依存されるほどの頼りがいも僕には無い。今の所、どっちも御免だ。

 こうして星空の下、キツネと二人で話していると、あの日の夜を思い出す。昨日、ヴァンパイアと出会って話をして、いろいろと思う所があった事は確かだが、しかしそれ以上にあの決断は間違いではなかったと思った。間違いだと思った事は無くて、それはずっと変わらない。

 大切なものばかりでも、その全てを抱えて居られるほど僕の腕は長くない。だから選ばなければならないときは、いつか来るだろう。本当に捨てられないものだけを残さなければならないときだって、いつか来るのかもしれない。

 あの夜の決断は、それと同じ事だ。もっと僕に能力があれば、あの時何一つ取りこぼす事無く抱えてまま進むことだってできたのだろう。もしもの話を重ねた所で、それは現実の慰めにはならないけれど、しかし、それであっさりと諦める事ではない。諦める事ではないし、諦められる事でも無い。

 決めたのは自分で後悔もしていないけれど、だからと言って辛くない訳ではない―――か。

「どうしたの?」

「いや……」

 変な顔をしていたのだろうか、少し心配そうな顔をしてキツネが見ている。

 辛くないわけではない。けれど、それ以上のものを僕は手に入れていたから。こっくり荘へきて、僕が手に入れたものは家族だ。ネコが加わって、ツルさんが加わって、今日、デイが加わった。

 それはそれだけで、満たされてしまう位に僕を幸せにしてくれた。だからこそ僕はあの夜、辛いのだとしても一つの決断が出来たのだ。

「この町に来れて良かったなーって、思った」

 そう思う。本当にどこまでも、それだけはきっと何があっても変わらない。この町に来なかったら、僕はずっと死んだように生きていただろう。家族と呼べない家族と一緒に生きて、いつか一人になった時、きっと僕は絶える事が出来なかっただろう。

 そして、そんな事を抜きにしても、この町に来れて良かった。この町にしか無い出会いは、僕の中で本当に輝いている。輝いているし、これからもっと輝くはずだ。

「それはそうだよね」

 キツネは言った。

「あんなに可愛い子が結婚しようって言ってくれたら、この町に来て良かったって思えるよね」

 ふうむ。

 まあ、それには一理ある。普通あんな事は無いよね。それこそ、ハーレムもののライトノベルみたいな展開だ。まあ、僕にはハーレムなんて関係ないのだけれど。

「悪い気はしないし、悪くないよ。あれだけまっすぐなのは、嫌いじゃない」

 キツネも似たようなタイプだと思うけれど、まあ、そんな事を言えばセクハラじみている。デイの事だってこれからどうなるのかは分からないし、その程度に捉えている。

 でもまあ、僕も男だし悪い気はしないのだった。

 すげえ可愛い子が結婚しようって言って来るシチュエーションは、現実味の欠片もなかったけれど、現実になると圧倒される。若干引く位にびっくりだ。

 棺桶背負ってきたし。嫁入り道具かよ。文化の違いを感じた。下手な国際結婚よりも苦労しそうだが、それを撥ね退けて結婚する人の気持ちも分からなくもない。多分それが人を好きになるという事なのだ。

 今はまだ、壁をぶち抜かれても我慢する程度。

 けれどこれから、僕たちの関係がどうなって行くのかは分からない。ネコにしたって、ツルさんにしたって、キツネにしたって、それは同じ事なのだろう。どこまでも他人事じみた物言いだけれど、正直言って今はまだそう言う事を自分の事として実感できない。

「ふーん、そうなんだ……ふーん」

「なんだよー、良いじゃないかよう。僕だってそう言う事に喜んだりする感性はあるんだぜ?」

「良いんだけどさあ、納得いかないというか」

 歯切れが悪い。

 しかしここはもうひと押ししておこう。多分これは、もう少し聞いて欲しい時の感じだ。

「別に今までよりも良かったなんて言ってないじゃんよ、デイが特別ってわけじゃない。ただちょっとこう、男心をくすぐられたっていうか」

 大体そんな感じ。

 そう言えば、デイともこんな感じの空気になったけれど、あの時よりもずっとスムーズに言葉は出てくる。過ごしてきた時間が長かったとは言えないけれど、これがその差なのだろうか。

 まあ、空気の深刻さ具合は違うけれど。

「うーん」

 ひとしきりそうやって唸るようにして、腕組みをして悩んだ後で、パッと顔をあげて、キツネは言った。

「まあいいや!」

「良いのか……」

 なんだかバカっぽい。もう一声何かあるかと思ったけれど肩透かしだった。

「うん。多分きっと、誰かを選ぶ時が来ても、アキナは変わらないんだろうね」

「……誰か?」

 え、婚約者が増えていくとか、そういう予定でもあるのだろうか。僕はハーレムものの主人公ではないので、キャパシティがすでに限界だと思うのだが。男心をくすぐる範囲を超えるよね。

 ハーレムもの主人公がなぜ鈍感なのか、今わかった気がする。そうでないと、とてもじゃないが耐えられそうにない。いろいろと曖昧にしたままでいる事は、多分、何かを切り捨てる事よりも負担が大きい。

 いや、いや。浮気者には浮気者の苦労があるのだろうさ。そうなりたくは無いし、そうなる事もないだろうけれど、苦労がしのばれるというものだ。

「そういう事じゃないけど、そういう事で良いよ、アキナ」

 良いのかなあ。良いというなら、僕はそれで良いけれど。もしかして僕、何か勘違いしているのだろうか?


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