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ドラキュラナイト/デイウォーカー(3)

 僕の言う日常なんてものは、所詮十数年それを経験しただけの子供が言う事に過ぎない。勿論、それを誰よりも知っているのは僕自身である事は違いないが、しかしそれでも、その長さそのものは知れていると言えるだろう。

 何が言いたいかといえば、単純に、毎日が驚きの連続であっても、それは何一つおかしなことではないと言う事だ。この町に来たことだってそうなのだし、それ以前に、自分が両親の本当の子供ではないと言われたことだってそうだ。突然現れた許嫁にしたって、同じ事だろう。

 まさか、急に地面から生えてきたという事もないだろうし、僕が知らなかったというだけだ。知らなかった事を棚に上げて、その唐突さに驚いても仕方がない。まあ、本当に昨日の今日で決まった事であったならば、理不尽さに怒りを覚える。

「まあ、そんな事は無いだろうけれど」

「そうかにゃあ、あにゃがちありそうじゃにゃいか?」

 無いだろう。あってたまるか。

 逃げるようにして自室へ引きこもって見たが、しかし、それで何が解決すると言うわけでもない。事態が好転するとも思えないが、少なくとも自体が悪化する事だけは無いだろう。

「認識が甘いんじゃあにゃいのか?」

「ほう……何か考える所があるのか、ネコ?」

 一人で気持ちを落ちつけようとしたところに潜り込んできたのを見逃していたが、役に立ってくれるのならばありがたい。過去の経験から言えば、僕とネコの組み合わせはあまり碌な結果にならないのだが、その辺りは僕が冷静な判断を下すことでカバーする事にしよう。

 正直言って、この展開に対して一人で立ち向かう事は出来そうもない。

 どうやったらオチが付くんだろう。

「あの吸血鬼、おれっちたちが思うよりもずっと無茶苦茶にゃことをすると思うにゃん」

 お前が言うかよ。拉致監禁事件の前科があるのは僕たちだろうが。あれ以上の無茶苦茶は無いと思いたい。

 というか、あれ以上になると、普通に命がけになってしまうだろう。

「まあ、後先考えて行動するようなタイプには見えなかったな。後先考えて行動してほしい所だし、そうしてくれないと困るのは主に僕だろうけれど」

 主にというか、僕しかいない。

 立場上仕方がないとはいえ、今回に関して僕に責任は無いだろう。何一つ選ぶよりも前に、いろいろと物事が動いている。考えてみれば依然、物語を紡いでいくとかそんな事を言った気がするが、今回に関しては何かするよりも前に状況の方が動いて振り回されている。物語について行けない。

 僕の能力不足だろうか。そう考えれば、責任がないとはいえないかもしれない。

「しかしまあ、考えるくらいはしておくべきなのかもしれないな」

「結婚するかどうかについてかにゃん?」

 違うよ。考えていなかったけれど、考えた方がいいのかしらん。

「まあ、そっちに関しては置いておくさ」

「考えるのかにゃん?」

 考えたくは無いが、最悪の場合それで全て決着が付くとも言える。どうにもこうにも、手も足も出ないような展開になった時はそうすることも選択肢だ。

 選びたいとは思わないが。

「ふうん、しかし美少女には間違いにゃいだろうに。正確だって悪そうには見えにゃかったけどにゃあ。それとも、好みのタイプじゃにゃかったか?」

 好みのタイプも何も……。

 むう。そういう目で見るよりも以前の問題で止まっていたけれど、まあ、美少女というならば美少女だ。文句なしに。すこぶるつき。

 吸血鬼に紅い瞳というのは、いつごろから決まっていたのだろう。綺麗だから良いけれど、文句も無いのに文句を言うような立場ではないが……まあいいや。なんというか、これまで出会った相手が古典的なタイプばかりだったから、浮ついているというか、浮足立っているのかもしれない。

 いきなり婚約者という設定に、浮足立っている可能性もある。もてた事の無い男がいきなりそんなもの手に入れて、どうしたらいいのだろうか。

 婚約者って。

 あれだ、漫画や何かで目にする事はあったが、しかし実際に自分がそんな物をこの歳で手に入れると、どうしようもない。どうしようもないというか、如何すればいいのだ。ハードルが高すぎる。

「どうなのかなあ、つうか本心が見えないって感じだよ。昨日今日で決まった事だとは思わないけれど、それでも少なくとも僕がこの町に来てから決まった事だろうし、デイにとっても急な話だと思うよ。それなのに、ああして喜んでいるってのはどういう事なのかなあ」

「おれっちに分かるわけはにゃいだろう」

「考えろよ。考えないといけないってさっき言っただろうが」

 役に立たないなあ。部屋に入って来ているのだから、少しは役に立って欲しい。

 考えた所で分かるはずがないというのなら、まあ、その通りだ。大して相手を知りもしないのに、どこまで知っても分からない事を知る事は出来ない。しかしだからといって、考える事を辞めても良い事にはならないと思う。

 それは思考の放棄だ。

「止めようぜ―、頭使うと疲れちゃうにゃん」

「お前もう部屋から出ていけ」

 邪魔するな。居ても良いと思っていたが、どうにもこうにも茶々を入れるのならその限りではない。

 ネコを追い出して考えてみるが、どうにもこうにも分かりそうにない。行ってしまえばネコの言うとおりだったという事になるが、簡単にそれを認めるのも癪な話だ。敗北を認めて白旗を振る前に、もう一度考えてみる事にしよう。

 大体、誰かに好かれるような事をしてきたのかどうかで考えれば、決してそんな事は無い。この町に来てからに限定して考えても、結局僕の目の前にあった選択肢は、その先に何があるのかある程度明白なものばかりだった。あまり自虐的な事は言いたくないが、選択肢があったのだと、必ずしも胸を張って言う事は出来ない。

 確かに選んできたのだし、僕は僕しかいないのだろうが、仮に別の人間がここに立っていたとしても同じ結果になっていたのではないかと思う。勿論キツネや、他の住人に言わせればそうではないのかもしれないが、しかし僕としてはそんなところだ。

 嫌われないように振る舞う事は、好かれる事にはつながらないと思う。それだけであったとは言わないが、全くそれが無かったとは言えない。誰かに好かれたいとか、喜んでもらいたいと思う事が悪い事だとは思わない。けれど、それを僕は家族にだけ向けている。キツネに、ネコに、ツルさんに、たぬきおばさんに、大天狗先生に。

 だからこそ、好意を向けられて嬉しくないわけではないのだが、落ち着かない。分不相応なものを手渡された気分である。喜びよりも不安で浮ついている。

 こんな事を気にすること自体、自分の小ささ加減を示しているような気がして嫌になる。誰に好かれているとか、どうして好かれているとか、そんな事を気にしている奴が、誰かから好かれたりするのだろうか。

 考えれば考えるほど自分の小ささが露呈して行く気がするが、しかし、やはり考えてしまうものだ。いっそ、自分が小さい人間であることを認めてしまえばそれまでなのかもしれない。だが、結局その開き直りすら小ささを際立たせてしまう。

 もう考える事を辞めた方がいいのだろうか。敗北宣言をするみたいで癪だが、結局正しかったのはネコという事になってしまいそうだ。

「大体この辺りかなー?」

 壁の向こうから聞こえてきた声に、僕は思考を中断した。今日一日の流れを鑑みて、非常に嫌な予感がした。予感というか、未来予想図。

 とりあえず、背後の壁から背中を話して反対側の壁際まで避難しておく事にしよう。予想が外れる事を祈っているが、予想が的中してしまった時はもう、仕方がないと思う事にしよう。

 いっそ隕石がふって来たくらいの気持ちで現実を受け止めるんだ。諸行無常。国が流れて山河あり。明鏡止水の境地に至れば奥義を会得できるでしょう。

「よーし」

 向かい側の壁を通して不穏な声が聞こえる。何がいいのか分からないが、多分良くない。何だかこう、壁の向こうでデイが良い顔をしていそうなのが見える。

「どーん」

「やっぱり、っていうかうわあああああああああ!」

 僕の部屋が粉塵で真っ白だ。

 酷い、酷過ぎる。やるかなあとは思ったけれど、まさか本当にこんな事になるなんて。ぶっちゃけあり得ない。てっきりカレンダーか何かを掛けているのかと思っていた。

 埃が立っていてもう何も見えない。

「アキナー」

 粉塵の向こうから声が聞こえるが、こっちはむせかえってそれどころではない。誰か助けて欲しい。夏だから窓が開いていたので、その内換気されるのだろうけれど、それまでに死にそうだ。

「おーい」

 無邪気に呼びかけてくるデイに答える事が出来ない。無邪気だからと言って何をしても許されるわけでも無いぞ、本当に。

 げほー。

 いい加減、粉塵が晴れてきたのでようやく様子が見えてきた。向かい側の壁に大穴があいて、そこからデイがこちらを見ている。どうでもいいけれど、僕の布団どうするんだよ、これ。使えるのかなあ。埃まみれ。

 ゲームみたいに時間がたてば勝手に元通りになったりはしないのに。僕が掃除をしなければ何もかもどうにもならない。頭が痛い。

 いや、掃除よりも、この壁の穴をどうするのかが問題だけれども。

「これでオッケーだね!」

 すごくいい笑顔で、正直、デイは魅力的なのだが頷くわけにはいかない。頷いてしまうといろいろと取り返しがつかない事になってしまうのだ。

「おっけーじゃないだろ、どうするんだよこれ。僕の部屋酷い有様だし、寝る場所どうしたらいいのかそれで頭がいっぱいだ。壁に穴をあける所までは予想したけれど、ここまでも大穴なんて誰にも想像できないだろ」

 あれだ、もういっそ、顔が見える程度であったら諦めようと思っていたのだ。カレンダーか何かでふさいでしまえば実害は無いのだし。しかし、実際に開いた穴はそんなものではなく、この穴を通して冷蔵庫を向こうに運ぶ事が出来るくらいの大きさなのだ。

 これはもう、ふさぐとかそういう話ではない。修理が必要だ。

 部屋中がざらっざらしてるし。

「……ごめんなさい」

 殊勝な態度である。涙ぐんでいるし、酷い罪悪感だ。僕が悪かったのではないかという気になってくる。もう全部僕のせいでも良い。

「いや、いや……」

 何と言ったものやら、良く分からない。妹と仲が良かったらこう言う時どうしたら良いのかも分かったのかもしれないが、生憎僕は僕の妹だった相手と少しも仲良くしていなかった。

 だからどうしたものやらよく分からないんだよね!

 猛烈に逃げ出したいけれど、こう言う時に頼る友達もいない。ネコの部屋に逃げ込んでも、近すぎて駄目だ。

 おっけー。もう分かった、わかりました。そもそも最初から逃げる先なんてものは無いのだし、考えるとか何とかそんな言い訳をしても先送りするべき問題を送る先がない。所詮、明日なんてものは今日の地続きだ。眠って起きて、それで解決する程度の問題が、僕の身の回りにあるわけがない。

 悪かったの誰かといえば、最初からそんな物は僕しかいない。僕が知らない間に全て決まっていたのだと言った所で、所詮それを僕が見ていなかったというだけの事だ。最初からやっていた事は責任転嫁ばかり、振り回されているだとか言って、見て見ない振りをしていたのだろう。

 何も出来なかったなんて言うのは、何もしなかった奴の言い訳だろう。本当に何も出来ないことなんかない。

 壁をぶち抜かれたのがどうしたと言うのか。こんな物、大した話じゃない。つながったのならば、最初から一つの部屋だったと思えば良い。吸血鬼程度、いまさら何人いようが、そんな事もどうだっていい。父親だって、居ないよりも居た方がいいのだ。たとえそれが、二人で、人間で無かったとしても。

 そもそも、ここには僕しか人間がいない。物語に責任を負うのであれば、それは人間の役目だ。言われるがまま、成すがまま。そんな言い訳を聞いてくれる相手もいない。誰かに好かれたいと願うのなら、まずは行動する事から始めよう。

 そもそもそんな事は、出来ていた事だ。

 ネコのときだって、ツルさんのときだって、キツネのときだって。状況が用意されていても、選んだのは僕だ。選ぶのは、いつだって僕の役目。僕は選ばれたわけじゃない、これから僕が選ぶんだ。

 だから。

 僕は選ぶ。何もかも、その先にある責任程度背負ってやろう。何もしないで言い訳を重ねている位なら、せめて自分が一番良いと思うものを掴み続けた方がましだ。

「少しずつ分かり合おう、デイウォーカー。僕は君を、それほど嫌いじゃない」

 まあ、いきなり壁をぶち抜かれたのは、迷惑という他ないけれど。その程度許せないほど、僕は狭量じゃあない。美少女と同居するのだと考えれば、まあ、僕が損をするわけでもないだろう。

 そうして僕は手を差し伸べて、はたしてデイウォーカーはその手を掴んだのだった。


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