表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/48

ドラキュラナイト/デイウォーカー(1)

 世の中、表があれば裏があるというものが常である。ただひたすら、一から十まで、頭からつま先まで潔白な人間が存在していないことと同じように、物事には常に裏側というものが存在している。

 例えば、キツネが家族を手に入れたことで、僕が家族を失ったように。誰かの幸せの裏には、誰かの不幸が潜んでいる。誰かの告白が成功したその時、他の誰かが失恋しているといえば分かりやすいだろう。

 つまりこれはそう言う出会いである。

 とある吸血鬼、ドラキュラ・ザ・ヴァンパイア。僕の父親を名乗る彼との出会いから、ここまで全てはつながっているとも言えるだろう。裏に対する表。旧式に対する新式。夜があれば昼があるように、常にそれは存在している。新しいものが現れたからこそ、古い概念というものは生まれるのだから。

 キツネのような例外を除けば、この町における存在には常にそうした、対極の概念がある。あるいはどこかに、ネコやツルさんの反対側に位置する誰かがいるのだろう。僕がその彼ら彼女らに出会うのかどうかは、今の時点では分からないのだし、出会うまで、出会ったとしても、それは分からないままなのかも知れない。

 吸血鬼における新式の概念。日光も、ニンニクも、流水も十図化も関係なく、人の血を吸う事無く闊歩する、新種。それはあるいは、珍種と形容すべき奇形なのかもしれないが、しかし昨今の創作物に置いて現れたそれは、確かに存在している。

 古き良き時代から存在する、昔懐かしい吸血鬼に対して、それは表というべきか、それとも表というべきなのか。結局その辺りは、何をどう定義するのかによるだろう。基準があってこその裏側であるのだし、基準の存在するその場所こそが表となる。旧式を表としたらそれが表になるのだし、新式を基準としたらそれが表となる。それだけの事なのだ。

 しかしまあ、僕としては。僕が基準を決めても良いとするのであれば、僕はこの出会いを表とするだろう。以前の出会い、僕の乳を名乗る吸血鬼との出会いは、この出会いのための布石であり、ある意味舞台裏における出来事であるとしたい。勿論、表と裏がどうこうに関して、興味の無い人からしてみればつまらない話だと笑うような事だろう。

 だがここははっきりと言っておこう。

 たとえ、ドラキュラ・ザ・ヴァンパイアが僕の父親を名乗り、仮にそれが本当であったとしても、しかし僕にとってそれは背景情報に過ぎないし、その出会いを前にして霞んでしまった過去の一つに過ぎない。

 ドラキュラ・ザ・デイウォーカー。新式の概念を抱く、最後の二人の吸血鬼。

 出会いはいつも突然であるというのは、使い古されたような言葉だけれども、しかし実際それが瞬間である事を考えれば、その言葉は的を射ているのだろう。出会いはいつも突然なのだし、だからこそどれは鮮烈だ。

 そんな事は言うまでも無く知っているし、そんな事は言われるまでも無く学んでいる。この町に来て、全ての出会いがそうだったのだから。

「買い物に行きますけど、何か買って来るものはありますか?」

 バイトが休みの日、僕の部屋にやってきたツルさんはそう言った。この暑い中御苦労様な話だと思った。

 しかし、そう思うのであれば、手伝いを申し出るべきなのだった。そういうわけで、そう言われた事に対する僕の答えは、質問に対する答えとしては筋違いも甚だしいものであったのかもしれない。

「僕も一緒に行くよ」

 ツルさんと買い物に行く事は案外少ない。こっくり荘の中において単独行動が多いのはネコとツルさんである。そしてこの二人は全く正反対に立っている。ツルさんは先を行くが、ネコは一人だと動こうとしない。

 これもまた、一つの表と裏だろうか。

 まあ、働き者と怠け者であるというだけの話だ。

「暑いですねえ」

 そんな事を言いながら歩いていても、ツルさんは少しも汗をかいたようすが無かった。いつもの事ではあるのだが、一体何がどうなっているのだろうか。こんな言い方をしては何だが、昔あったという、アイドルはトイレに行かないというか、その手の話に似ている。多分、ツルさんも汗はかくのだろう。そして、ただ僕がそれを知らないというだけだ。

「今日は何を買いに行くの?」

 今更ながらそんな事を聞いてみた。勿論、概ね食品である事は分かっているのだが、実際何を買うのかは知らないままである。僕だってキツネと一緒に料理をしたりしているのだが、冷蔵庫の中身に関してすべて把握しているわけでもない。そしてそれに加えて、旬の食材とか言った事に関して、僕はまったく詳しくないのだ。

 なので、買い物に行くと何が安くて、何が高いのかいまいちわからない。一年中買い物をしていれば、その事で相対的に判断できるようになるのかもしれないけれど、今の時点ではそういう事が出来るほど、確固たる基準を僕はもっていない。

「トマトですね。それからきゅうりと、ナス。お醤油も残り少なくなっていましたし、ついでにお酒。お米も買わないと無くなるので……」

 うん。一人で買いに行く量じゃないよね。

 もしも僕が一緒に行っていなかったら、それこそ汗をかいたツルさんを見る事になっていたのかもしれない。これだけのお荷物を、汗一つかかずに抱えて帰ってきたら、それはそれで、なんだかいやだ。

 しかし、こうして改めてツルさんの買い物について聞いてしまうと、僕とキツネがやっている事はおままごとのようである。別にそれが悪いとは言わないし、引け目を感じるほどの事でも無いのだけれど、何と言うか趣味と本職との間にあるものは一体何であるのかを、一度真剣に考えてみたくなる。

 なんだろう?

「わたしが本職であるかどうかはともかくとして、とかく、洗練されるという事はシステマチックな作業になることと同義なのではないでしょうか」

 要するにそれは、無駄を省くという事だ。しかしものも良いようであって、洗練されるといえば聞こえはいいが、システマチックな作業になるというと、どうしても機械的な印象を受ける。まあ、ツルさんはそのつもりで言ったのだろうけれど。

 どうでもいいけれど、ツルさんのような和風美人からシステマチックなる単語を聞くと、違和感がとんでもない。

 いや、いや。全くもって、イメージで他人を語るなんて言語道断な話ではあるのだが。それは近しい相手であればこそ、余計にそう言えるだろう。要するに、相手をよく知らないくせに、好き勝手語っているという事だからね。

 それは、見えない星をないものとして扱うことほど、罪深い。見えていないものに価値がないわけではないし、価値を否定しても良いわけではない。僕が偉そうに語る事でも、無いのだけれど。知ったふうな口を利くとはこのことである。

「洗練されることとシステマチックな作業になる事は別だと思うけれど。それは、外から見ればそう見えるといえばそうなのかもしれないけど、でも、作っている本人からしてみれば、むしろそう言われるのは嫌なんじゃないの?」

「もちろん作っている所に限らず、家事をしているときにそんな事を言われれば悲しいですし、心をこめて作っていないといえばそれも嘘になります」

 まあそうだろう。矜持もあるだろうし、それ以上に思いやりもある。

「感謝しているし、思いやりも感じているよ、ツルさん」

「ありがとうございます」

 そういってにっこりと笑ったツルさんの顔を見ていたら、急に恥ずかしくなってしまった。何を考えて喋ったのか、あっさり見透かされているのは当たり前なのだけれど、それを気付かない振りというか、何と言うか大人の対応をされてしまったのだった。

 包容力とでも言うべきなのだろう。こう言う所は、同じ歳であっても、キツネやネコとは違う所だと思う。時折、同じ歳とは思えない時がある。

 まあいいや。

「で、要するにツルさんが言いたい事は、慣れってことでいいのかな」

「そうですね。概ねその通りだと思います。慣れというよりも、条件反射のようなものかもしれませんけれど。例えば何か作るとなれば、それに関する手順が自分のなかにあらかじめあって、それに従う事になります」

「ふうん」

 要するにそれは、本を読むか、本の内容があらかじめ自分の頭の中に入っているか、のような気がする。まあ、単純な知識と、それを実際に行動に移すことが出来る能力とは別物だけど。

「たとえば、お母さんが子供に食べさせるニンジンを星型に着る事を、私はしません。勿論、私がお母さんになった時はそうするかもしれませんけれど、それでもそれは純粋に感情をこめてそうしているかといえば、断言できないかもしれませんね」

 その辺りが、システマチックで、作業的ということか。そうするのだから、そうするというだけ。それは確かに機械的だ。

 しかしそれにしたって、それが悪い事であるとも限らないのではないだろうかと思う。少なくとも、外から見ている分にはそれは分からない。思いやりが籠っていても機械的であるというのは、作り手にしか分からない事。

 だと思う。思うけれど、きっとツルさんが言っている事はそういう事ではないのだろう。極端な言い方をしてしまえば、僕の言っている事はおそらく全くの的外れで、実際に居たい事はその反対側なのではないだろうか。

 思いやりをこめたとしても、機械的に動く。

「なんて言うか」

 うん。思ったことを率直に言えば、前にもこんな事があった、だ。ツルさんの抱いているコンプレックスは、裏を返せば誰かのそれによく似た鏡像である。

「キツネが前に言った事の正反対というか、良く似ているというか、無い物ねだりって感じ。要するに言いたい事は、一生懸命作ってもそうは見えないってことだろう?」

 まったく。言わせておいてなんだけれども、こんな話にもっていったのは僕だけど、聞いておいて良かったと思う。聞かなければ知らないままだし、言うべき事も言えない。知ったような口でも、利かせてもらおうじゃないか。

「システマチックとか、作業とか、機械的にこなしているとか。そんな事は、誰も思っていないよ。凄いなーって思っていて、感謝してる。キツネは、そんなツルさんを羨ましいと言ったんだ。でも、ツルさんはきっとそんなキツネを羨ましく思っているんだろう。キツネみたいに、気持ちを前面に押し出して、そのために行動できる事を、そしてそれを示す事が出来る事を」

 でも結局それは、見せる相手が見るかどうかだけが全てなのだと、僕は思っている。

「恩返しは分かっているし、気持ちもわかっているよ」

 僕がそう言うと、ツルさんは何とも言えない表情になった。嬉しいのに、素直に嬉しいとは言えないような、苦笑いに近い笑顔だった。僕が言った事は、半分くらい的外れだったとでも、言いたげだ。

「ありがとうございます」

 ツルさんはそう言って、足を止めてからこう続けた。

「けれどいつか、本当の気持ちをあなたに受け取って欲しいです」

 まあ、その答えに関しては保留だ。受け取っているつもりのものを受け取っていないといわれても、僕にはどうしたら良いのかが分からない。しかし、こうして一緒に買い物に行くだけで、何か少しでも返す事が出来ていれば良いと思う。

 ツルさんと一緒に料理をする勇気は無いけれど。いつかそうできるくらいになれたらいいと思っている。

 そんなやり取りをしながら、馴染みのスーパーへと向かう僕たち。この後買い物をして、照りつける太陽の元、こっくり荘への道のりを僕だけ汗だくになって帰る事になるのだが、しかし、それ以上に重要な事がある事を僕は知らない。

「しかし熱い。暑いじゃ無くて熱い」

「そうですねえ」

 せめて曇らないかなあと思うが、所詮曇った所で今度は耐え難いほどじめじめするだけだろう。湿度が自重しない季節である。夏といえば暑くあってこそだけれど、毎年毎年御苦労様である。

 夏が本格的に始まって、まだそんなに経っていないけれど、すでにもう、早く秋にならないかなあなんて思っている。現金なもので、冬になれば夏が恋しくなるのだから、全くもって我ながらどうしようもない。

 そう考えてみれば、昨夜の出会いなんて夏らしいにもほどがある。冬に出会う吸血鬼なんて、どこか間抜けなものだ。雪が似合わないことこの上ない。

「でも、夏は始まったばかりです」

「ううむ。海とか行きたいなあ」

 ネコは嫌がるだろうか。風呂には入っているのだし、その辺りは大丈夫なのかもしれない。

「今晩のおかずも夏らしいし、夏を満喫して行かないとなあ」

 思いつく事が海水浴ぐらいである事が悲しいが、考えていけばまだ何かあるだろう。夏祭りもそのうちあるかもしれない。

 何にせよ、夏は始まったばかりなのだから。

 とか何とか言っている僕は、こうしてのんびりと炎天下の中自分が歩いている間に、こっくり荘でなにが起こっているのかを知らないのだった。あの時はまさかこんな事になるなんて、なんてことを僕は死んでも言いたくないと思っているのだけれど、しかしこの時の僕からしてみれば、まさにその通りである。

 まさかあんな事になるなんて、思っていなかった。

 笑い事ではないというか、笑う事ではない。何事においても、誰も傷つかないという事がどれ程難しいかを考えれば、笑っている場合ではない。

 まさか、帰ったら僕の隣室の前に黒い棺桶が置いてあるなんて。そんな不吉極まりない事を、どうしたら予測できただろうか。吸血鬼登場から続くホラー展開は、俄かに加速しつつある。

 しかし繰り返すが、今の僕は何一つ知らないまま、ツルさんと一緒に買い物袋を提げて、一人汗だくになっているだけなのであった。


ツルさんの出番が少ない事に気が付いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ