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こっくり荘へようこそ(2)

 そんな益体も無い事を考えている間に、僕の乗った列車は終点についてしまった。

 それなりに大きな駅のホーム。ここへたどり着くまでの数々の無人駅と比較すれば、相当大きい方だろう。

 少し安心した。安心するにはまだ早いが、怪しげな掟に縛られている現代社会からも見捨てられた謎の集落にやってきたという事は、無いだろうと言える。それなりに大きな駅で、真新しいという事も無いけれどきれいに掃除されているホームは、ここがあまり悪い場所では無いと、僕に思わせてくれた。

 ただ、一つ気になる事は、この大きさの駅で駅員が一人も存在していない事と、終点駅にしては大きすぎるのではないかという事だ。なんかちぐはぐ。大きい割に、僕以外に降りる人は居ないし。

 まあ、平日なのだし、田舎の駅なんてそんなものだと言われれば、確かにそんなものだろう。しかし、綺麗なのに閑散としたホームに一人で居るのは寂しい。

 駅前は、商店街があるようだった。やはり駅の周りが中心街。現代社会における街づくりを無視するかのように、どうやらこの町の中心街はシャッター通りになっていないようだった。

 人溢れまくり。

 集落レベルでは無い事もこれで判明した。山奥にあるのに。

 まあ、悪い事じゃないだろう。

 所で、駅前で待っている人がいると聞いているのだけれど、それは一体誰なのだろうか。年頃どころか、性別すら聞いていない。果たして相手は、僕の事を認識しているのだろうか。

 辺りを見回してみた所で、それらしい人がいるわけでもない。見ようによっては、どの人もそれらしく見える。というか、どの人も僕の事を見ているような気すらしてきた。自意識過剰ここに極まれり。

 ていうか、マジでこっち見てないか?

「ちょっと」

 と。

 後ろから女の子の声で呼びかけられた。

「はい?」

 振り向くと、そこには僕と同じくらいの年ごろに見える女の子が立っていた。

「出雲アキナ?」

「ん、そう」

 少し詰まったのは、出雲という苗字になれていないからだ。両親が離婚したわけでも、再婚したわけでもないのに、急に名字が変わったのだ。それに、もともとこうだったと言われても全く実感も無い、さすがに順応できない。ほとんど昨日の今日みたいな話でもある。

 女の子は不機嫌そうな顔をしていて、多分、こうして僕を迎えに来るのも嫌だったんだろうなあ、と、そんな事を思った。

 女の子が眉間にしわを寄せている姿なんて、あんまり見るものじゃない。

「お父さんが車で来ているから、こっち」

 そう言って、あっさりと歩いて行ってしまう。

 颯爽としているというよりも、素気ない。愛想良くされる理由も無いし、こちらが文句を言える立場でもないだろう。まさか、彼女が僕の妹という事もあるまい。そうであったら、僕の顔に説明がつかない。あんな超絶美形の妹がいたら、僕だってそれなりに美形でないと世界のバランスが崩れてしまう。

 そこまで大げさな話では無いにしても、屈折するだろう。似ても似つく事の無い、自分よりも優れた兄弟姉妹なんて、喋る鏡よりもずっとたちが悪い。似て非なるものではなく、どこか同じはずなのに、どこを見ても自分が劣っているのならば、その現実はあまりにも残酷だ。

 しかし、綺麗な金髪だなあ。染めているのだろうか。瞳は黒だったのだから、外国人という訳でもないだろう。顔立ちも、西洋人には見えなかった。

 ………ヤンキーか。怖い。

 妹じゃ無くて良かった。家族にヤンキーの居る家庭とか、一体どうなるんだ。家庭崩壊とかしているのだろうか。

 でも、確か。

 お父さん。

 そう言っていたはずだ。少なくとも、僕をこうして一緒に迎えに来る程度には、親子仲は良いのだろう。多分、そうだろう。

 振り返る事のない背中、揺れる金色の髪の毛をぼんやりと眺めながら、そんな言い訳じみた事を思った。いろいろと思っているようなふりをしながら、ただ単に見蕩れていただけかもしれない。

 黙って金髪の彼女の後ろを歩いている間も、やはり誰かに見られているような気がするのは、変わらなかった。金髪少女なんて目立つに決まっているのだから、だから金髪の彼女が注目を集めているのかと思ったが、そういうわけでもなさそうだった。どの人も、それで当たり前だと、そう受け止めているような、そんな印象だ。

 彼氏だと思われているのだろうか。冤罪だと声高に叫びたい。

 まだ名前も知らないよ。

「お父さん、連れて来たよ」

 ロータリーに止められていた白い車。その助手席の開いている窓から、彼女は中に居る男の人に対してそう言った。お父さん、か。やっぱり、その言葉の口調といい、仲の悪い親子という訳では、無さそうだった。

 金髪の彼女は、そのまま僕に対して何か言う事も無く助手席に乗り込んでしまった。僕にどうしろって言うんだ。乗っていいのか、これ?

「こんにちは、出雲アキナです」

 と、言って。後部座席に乗り込んでみた。出て行けと言われたら、即座に飛び出せる体勢は確保している。

「うん、よろしく。自己紹介は後にして、今は家に行こう」

 運転席に座っている男の人はそう言った。白髪の、かなり長身で立派な、というか巌のような体格をしていて、その体格よろしく、声も立派だった。すごい迫力。

 何だかこう、見えてはいけないというか、普通あり得ないようなものが見えたような気もするが、とりあえず触れないでおく事にしよう。事と次第によっては、今すぐ車から飛び出して列車に乗り込みこの場を後にしてしまう必要があるが、そうした所で、行く先があるわけでもない。

 大人しく従っておこう。

 車は、男の人の外観からは想像できないくらい、スムーズに発進した。見かけに反して、繊細な人なのかもしれない。しかし、その事は僕にとって何一つ安心材料にはならない。さりげなく、ドアが開くかどうか触ってみたが、どうにもロックされていて開かないようだった。安全対策はしっかりしている。僕にとって本当に安全かどうかは、分からないけれど。むしろ檻に囚われているような気分。

 そう言えば檻って、何かを捕えておくためだけのものではなくて、外敵から守るためのものでもあるんだっけ。

 車の中を眺めていても、気が晴れる事はない。むしろいろいろと不安になる。

 車の窓から外を眺めていると、外の景色は目まぐるしく変わって行く。商店街と、デパート。その辺りを通り過ぎて、川を渡る。あれが高校かなあ、と。そう思うような、学校らしき建物が遠くに見えた。

 住宅街に入ると、和風に統一された区域、西洋風というか中世のヨーロッパ風の建物ばかりの区域。そんなふうに、やけに区域ごとに印象の統一されている。区域ごとには、確かに綺麗に統一されている。しかし、全体でみると、ごった煮状態だ。

 ここもちぐはぐ。

 かなりエキセントリックな町づくりというか、都市計画の変遷が右往左往しているのだろうか。車が走っている光景に違和感を覚えてしまう位、どの区域も作りこんであった。街灯のデザインに至るまで、きっちりとイメージを守るためのデザインになっている。

 何というか、区域の分かれ目に来た時は、まるで異世界の境目に居るようですらあった。

 あるいは、世界の分かれ目を超えてきてしまったかのような、どうしようもない隔絶感。

 昨日と今日とがあまりにも違うような、目が覚めたら知らない天井だったような、幻想の中に迷い込んだというよりも、昨日までが幻想だったとしか思えない。どちらも現実には違いないというのに、これがおのぼりさんという奴だろうか。都会に来たわけでもなく、前に居た所と同じ程度に田舎なのだけれど。

「着いたよ、ここが今から君が住む家だ」

 車が止まった所には、何とも形容しがたい建物があった。具体的なイメージを伝える事は簡単だ。一昔前のぼろアパート。口に出せるわけがない。これ外装はなんて言ったらいいのだろう。トタン?

「先に中に入っていてくれ、私は車を駐車場に入れてくるから」

 即座に離脱。

 車の中に居続けるのは、いい加減僕の心に対して負担が大きすぎる。もう一度、おじさんの顔をちらりと、気づかれないように気をつけながら確認した。目がおかしいのだろうかと思って、再び金髪の彼女の方を確認。綺麗な顔だ。多分僕の目は正常だろう。

「いつまで外に居るの?」

 入口を開けて待っていてくれた金髪の彼女に従って、建物の中に入る。看板がかかっていたので、さりげなく確認。

 弧狗狸荘。

 こっくりそう?

 珍しい名前だ。それともこの辺りには、こういう言葉を昔から使っていたというような風習でもあったのだろうか。田舎の山奥だし。珍しい文化があってもまあ、不思議ではない。

 中に入ると、外から見たほど悲惨なものでは無かった。むしろ、思っていたよりもずっときれいだった。なんというか、期待外れだったというか、肩透かしだった。イメージ先行しているというか、書き割りみたいな、そんな印象だ。外から見た時にどう思われるかを度外視しているというよりも、むしろ気合を入れてそういうイメージにしているような、そんなちぐはぐさだ。

 ここでもちぐはぐ。

「やー、きちんと着いてよかったねえ、アキナ君だろう、よろしくねえ。お父さんはもう自己紹介したかね、まだ? そう、じゃあ私も後にしようかねえ。さ、あがって頂戴、あなたの荷物は別の部屋にあるけれど、とりあえず、落ち着くまでは一緒にここでご飯を食べるのだから。ここを、自分の家と、そう思って頂戴ね」

 でーんと、そう言って現れたおばさんは、おじさんとは違って普通のおばさんのようだった。特別綺麗なおばさんという事も無い、なんとなく、給食のおばさんのような印象。まあ、娘との取り合わせを考えると、何をどうしたらあの娘が生まれるのだろう。金髪の彼女も、大人になるとこういう風になるのかなあ。

 だとしたら、時間というものは残酷だ。

 変わるものと、変わらないもの。

 今この時が永遠に続いたらいいだなんて、そんな事は思わないけれど。変わらないものこそが貴いだなんて、そんな事も思わないけれど。そんなふうに思った。

 靴を脱いで家に上がると、中は普通の畳の部屋だった。和風。卓袱台。急須とお湯のみ。

 やっぱりここも、統一されたイメージだ。演技上のセット、生活の空気がある、舞台上の装置。

 差し出されたお茶を飲むと、美味しかった。

 時刻は夕方、日は傾きつつあって、夕焼けの色が部屋をオレンジ色に染めている。夕焼け色に、染まっている。

 夕焼け色の部屋の中で、金色の彼女も、おばさんも、静かにおじさんがやって来るのを待っている。一体この人たちは、一体僕にとってどういう関係の人間なのだろうか。まあ、関係以前に一体どういう人たち何かも、まだ知らないのだけれども。

「やあ、すまない。普段から運転をしないと、こういう時に時間がかかって困る」

 おじさん。

 もうオブラートに包むのは止めにして、はっきり言おう。

 どこからどう見ても、この人は天狗だ。鼻とか、人間じゃありえないくらいに高いというか、長い。こんな鼻をしているのは、ピノキオか天狗くらいのものだろう。木造りの人形では無いのだから、天狗の方に違いない。というかこんなでかいピノキオは嫌じゃ。

「ふむ………肝が据わっておる」

 天狗というか、大きさ的にはもうそんなレベルでは無い、大天狗さんは喋るたびに立派なひげを揺らしながらそう言った。とんだ誤解だ、過大評価にも限度がある。実像に合わせて欲しい。蜃気楼でも見ているのか?

「私の顔を見て取り乱さんとは」

 そう言ったけれど。

 それは単に、そんな段階では無かったというだけの事だ。ライオンや虎がいたら、さすがに僕だって恐怖に打ち震えてしまうだろうけれど、天狗って。神隠しかよ。そんなものに出くわしたときに、一体どうしたらいいのか分からないよ。逃げたらどうにかなったかな。

「見ての通り、私は大天狗。弧狗狸大天狗である」

 本当に見ての通りだった。弧狗狸が名字で、大天狗が名前だろう。

「高校で体育教師をやっている。君が通う事になる高校だし、私が体育を受け持つ事になるだろう、教員の数は限られているからな。そういう訳で、よろしく頼むよ、アキナ君」

 よろしくお願いします、と。そう言って、差し出された手を取った。

 握手。

 手も大きい。多分、プロレスラーとか、力士とか、格闘技方面の人間は、こんな大きな手をしているのではないだろうか。まあ、高校の体育教師というのならば、柔道や空手をやっていてもおかしくない。妖怪の類に、僕たちの常識が通用するのなら、だけれども。

「私は、狸。弧狗狸たぬきというんだよ」

 そう言って、どろんと、おばさんが宙返りをした。ずんぐりした体形からは想像できない、身軽さだったが、驚くべき所はそこではない。どろんと、白い煙をまとったかと思うと、その中から出てきたのは、割烹着を身にまとった、ドラえもん体形の、二足歩行する狸だった。漫画みたいだ。頭の上に一枚、葉っぱが乗っている。

「よろしくねえ、本当のお母さんのように思って頂戴」

 そう言って差し出された手を、先ほどの大天狗先生と同じようにとる。着ぐるみと握手しているみたいだった。しかし、その温かさは、着ぐるみではなく、生きている動物にしかあり得ない。

「最後に、娘の狐。弧狗狸キツネ。アキナちゃんとは同じ学年だから、仲良くしてあげて頂戴ねえ」

「………よろしく」

「まったくこの娘は無愛想で困るねえ、これから一緒に暮らしていくんだ、挨拶くらいしっかりおしよ。ごめんねえ、アキナちゃん。悪い娘じゃあないんだけれど、この通り人見知りが激しい娘で」

「いえ………よろしく」

 そう言って、今度は僕の方片手を差し出した。下心があったわけではなくて、ただ、流れでそうしただけだ。ここまで来て恐れるものは何も無いのだし、相手が人見知りなのならば、こちらから歩み寄らなければならないと、そう思った。それだけだ。

「………よろしく」

 そう言ってキツネは、僕の手を取った。そしてそれと同時に、どろん、と。宙返りこそしなかったけれど、たぬきおばさんと同じような煙に包まれてしまった。

「あ………」

 白い煙が晴れると、そこにはたぬきおばさんのようなアニメ系のデフォルメされたキツネが立っているかと思ったら、そこに立っていたのは姿が変わらないままの、キツネだった。

 ただ一つ。頭の上に、キツネの耳らしい、尖った獣耳がある事だけが、変わっていた。

 ああ、だから金髪だったのか。金髪というよりも、キツネの毛皮と同じ色だったというべきか。でも、綺麗な色だし、綺麗な髪だ。

 肌の色も抜けるように白いので、あつらえたようにその色は彼女に似合っていた。

「よろしく」

 僕はもう一度そう言った。

 なんだ、こんなの騒ぐ程のことではないと、そう思えたから。今度は本当に、よろしくと言いたかった。

 妖怪だか何だか、よく分からないけれど。こうして向かい合って話す事が出来て、こうして向かい合うと、恥ずかしそうに頬を染める。こうして、僕を思いやってくれる、僕を認めてくれようとしている。

 もしかしたら本当に、今の方こそより現実に近くて、普通なのではないだろうか。本当の家族ではないとしても、そんなのは前いた所だって変わらないのだし、大きな問題にはならない。

「うん、よろしく」

 キツネもそう言った。

 たぬきおばさんも、大天狗先生も笑ってそれを見ている。この二人は夫婦だろうけれど、キツネは本当の娘では無いのだろうと思う。それでも、親子だと思えた。天狗とタヌキの子供がキツネでは無いとしても、やっぱり、二人の娘なのだ。もしかしたら僕だって、こういう風になれたのかもしれないと、今になって思う。どうすれば良かったと、具体的に思う所は無くても、その可能性だけはあったと思いたい。

 新しい家と、新しい家族。今度こそ僕は、家族になりたい。そう思った。



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