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ドラキュラナイト/ヴァンパイア(1)

 いまさら言うまでの事は無いだろうし、半ば常識のようなものだろうが、まずは僕のもっている吸血鬼に関する知識を聞いて欲しい。いまさら聞きたくないないと思う方もいるかもしれないが、しかしこの町における僕の立場を考えれば、聞いておいてもらわなければならないと思う。

 僕がこの町で唯一の人間であるのなら、つまり僕のそれが常識であり、同じくそれが現実である。僕を中心にして物語が動くというのなら、僕の認識が全てなのだから。

 納得していただけたかどうかは分からないが、始める事にしよう。

 吸血鬼に関するあれこれ。人の生き血をすすり、ニンニクを嫌い、十字架や聖水、日光を苦手とし、黒い外套を纏って、青白い肌と棺桶の寝床をもっている。後は、流水も苦手だったか。

 まあ、僕の知識はそんなところである。おそらく普通の知識であればその辺りだ。古き良き時代における吸血鬼像。もって回ってありふれた、海外の妖怪。

 こんな話をしていればすでに分かっているだろうけれど、つまりこれは吸血鬼に出会う話である。だからこそ、わざわざこんな前振りをしているのだ。出会いたくて出会いたかったわけではないけれど、出会ってしまったのだから、そうなってしまえばそれは仕方がないだろう。今回に関して僕は自分に責任があるとは思わないし、おそらく誰ひとりそう思ったりしないだろう。

 交通事故のようなものだし、あるいは呪いのようなものだ。襲われる方には回避しようがない類の、たちが悪いそれ。

 まあ、いまさら言っても仕方がない。覆水盆に返らず、自分の不幸を嘆いた所で、状況が好転するわけでもない。運勢が好転するわけでもないだろう。行動しなければ何も変わらない。しかしそれがいつだってそうであるとは限らないが、しかしそれだって、そんな事を期待してうずくまったままでいるという事は、あまりにもリスクが大きすぎる。

 そしてもう一つ言っておくべきだと思う事がある。

 昨今、特に日本のサブカルチャーに置いて吸血鬼は今なおメジャーなキャラクターである。物語の中で扱われる事が多いのだし、それはある意味日進月歩、日々変化し続ける概念であるという事でもある。

 日進月歩。変わり続けたことで、吸血鬼という存在も変化する。特に具体的な例を出すつもりはないが、古典的吸血鬼の正反対の存在。日光も十字架も、聖水も流水も、多少苦手という程度に過ぎない新式の概念。

 旧式と新式。

 そのどちらが優れているのかは、今をもって語る事は出来ない。新式の概念が、この先はるか遠くの未来に置いて存在しているかどうかだって、僕にはわからないのだから。だからその事についてあれこれ語る事はしない。変な事を言って、後になって笑われるのはごめんだ。

 僕がこの話で出会う事になるのは前者である。より危険な方であるといえば、そうなのだろう。結果を言えば確かに危険な方に出会ったと言えるのかもしれない。

 そのうえで思った事もある。あるいは、考えた事もある。

 この吸血鬼という名の怪物が、たとえ弱点をもっていたとしても、その能力を考えれば人なんて存在は何一つ問題にならないのではないだろうか。以前ツルさんが僕に話したように、そもそも吸血鬼というものは人が出会うべき相手ではないのだ。あくまでも、彼らにとって人というものは捕食対象であり、彼らが狩るものである。かるものが居れば当然かられるものが居て、それこそが人間なのだ。自然界においてもそうだろう。鹿は狼の前に姿を見せたりしない。

 だからこそ、ツルさんは僕に忠告した。

 しかし。そう、しかし、だ。

 考えてみるまでも無く、そうとは限らない。僕は吸血鬼に関する本を読んだ事は無いし、映画も見た事がない。なので、大まかなイメージで語る事になる事を許して欲しい。そしてそう前置きしたうえで、吸血鬼というものは、人の天敵でしかないのではないだろうか、と言いたい。

 天敵というものは、自身にとって致命的な相手というわけではない。ハブとマングースの例をあげれば分かるように、その関係はあくまでも対等なのだ。

 吸血鬼を人の生き血を啜る。しかし、吸血鬼の弱手は、そのほとんどが人の抱くものだ。聖水なんて概念が、自然界にあるとは思えない。

 そして何よりも、おそらく、どんな小説であっても、どんな映画であっても、最終的に人類が敗北する事は無いのではないだろうか。例えば、人類が全て吸血鬼になってしまうような映画は存在しないのではないか。勿論、僕が全ての映画を網羅しているわけではない。なので、あるいは、マイナーなものにはそんな結末もあるのかもしれない。

 しかしそんな事は関係ない。その、マイナーであるという一点は、おそらく決定的であり、無視できない要素だ。あくまでも主流たりえない、敗北した要素であると言えるのではないだろうか。王道は、それが優れているというよりも、それこそが広く認知されているからこそ、だ。

 物語に対して、こんな見方をするのは正直あまり好きではないのだが、しかし、こう言えるのではないだろうか。結局のところ、鬼や吸血鬼と言う存在は、あくまでも人に滅ぼされるための存在として生み出されたのではないか。滅ぼされないまでも、決して勝利するべき存在として生み出されたとは、思えない。

 吸血鬼に存在する数々の弱点は、これ見よがしに人を誘っている。

 そうでなければ、そもそもおかしいとさえいえる。吸血鬼のもっている数々の能力、それら全てを持ち合わせなくても、例えば蝙蝠に化けるとか、霧に変化するとか、それ一つとっても人の手には負えない。その気になってさえしまえば、よるしか行動できないというハンディキャップもまた、大した障害にはならないだろう。

 人だって眠るのだ。夜にある限り無敵の存在を相手取るならば、昼に動けるというアドバンテージはあまりにも頼りない。吸血鬼がよほど無能でもない限り、そんなアドバンテージはあってないようなものだろう。

 そして、僕の出会った吸血鬼もまた、その例に漏れる事は無い。

 彼はその気になれば、いつだって僕を殺す事が出来た。それこそ、僕がこの町にやってきたその日から、その気になってさえしまえば、夜である限りそれは動く事のない事実として存在していたのだ。

 つまり、そうならなかった事は単に、彼にその気がなかった。その一点に尽きるのである。僕は十字架を持ち合わせていないし、聖水はどこにあるのかも知らない。もしかしたら、その気になって探せばこの町のどこかにそれはあるのかもしれない。僕が吸血鬼と戦う意思を固めさえすれば、どこからか現れるのかもしれない。あるいは、日の出まで自分でどうにかしなければならないのかもしれない。

 しかしそういった仮定は、全て無意味である。

 僕は彼と戦うつもりは無いし、退治するつもりもない。彼もまた、僕を襲うつもりも、殺すつもりも無いだろう。

 なぜならば彼は、一度人間に殺されているのだから。人間に殺されて、その末に同族を手にかけている。

 どこまでも吸血鬼であるというのに、そして何よりも吸血鬼でしか無いというのに。

 彼は人間の味方であり、吸血鬼の敵だった。

 勿論今となっては人間の味方であると、一口には言えない。そしてもはや、吸血鬼の敵ではあり得ない。

 過去について僕が知る事になるのは、しばらく後の話である。

 しかし僕は、現在については知っている。人間が僕しかいないこの町で、彼は人間を襲う事無く静かに暮らしている。その事を僕は知っている。

 これから先も同じように、彼は僕を襲う事が無く、僕は彼と戦う事がないだろう。味気ないように聞こえるかもしれないが、それが一番良い事だと思う。

 僕は彼に襲われれば抵抗するだろうけれど、彼は僕が退治しようとしたら静かに受け入れるのではないだろうか。それが運命なのだと、受け入れてしまうのではないだろうか。

 出会いを経て、会話を経て、僕はそういう風に思っている。

 勿論それは何一つ確証のない、憶測で、想像だ。しかし、憶測で、想像で、確証がなくても、確信だけはある。彼と僕の間にある奇妙なきずなは、それを僕に教えてくれる。

 もしかしたらその確信は、そしてその奇妙なきずなと言うものは、彼のいう親子によるものであるのかもしれないと、そう思うほどに強い。それが正しいとは思わないが、しかし、そう思わせるだけの何かがあるのかもしれない。

 ドラキュラ・ザ・ヴァンパイア。父を名乗る吸血鬼。

 そもそも何時出会ったのか、そしてどういう状況で、どんな展開で出会ったのか。そこから話を始めよう。そこからでなくては、始まらない。


 言いたくも無いし、言うまでも無いのだが、僕の高校一年生における一学期は、嵐のごとく過ぎ去ってしまった。新しい環境、新しい家族、そして新しい学校。まあ、どちらかと言えばプライベートにおける事件ばかりだったので学校の印象は薄いのだが、そんな事をいまさら言っても仕方が無い。

 何せ今は、夏休みなのだから。

 夏季課外も無く、夏期講習も無く、補習も無いので、学校へ行く事はない。なんだかんだと言っているうちに、帰宅部の状態で落ち着いてしまった。そのうえバイトも始めていないのだから、それは、自分自身の人間関係が狭い範囲で収まってしまっている事も、自業自得というしかないだろう。

 別に誰かのせいにするつもりもない。

 目下、僕の目標となっているのは、調理技術の習得である。なんとしても、美味しい晩御飯を提供しなければ、僕のプライドが許さない。

 想像できるだろうか、いや、出来るに違いない。料理を作って、作った当人たちとしては、もっと上手にできたはずと思っているのに、食べる側が絶賛してくれる時のやるせなさ。率直な感想をくれ。酷評されても良いから、優しい味とか言わないでください。

 優しい味、って、何なの?

 離乳食みたいな味の事だろうか。僕からしてみると、優しい味と言われるものは、総じて単なる薄味だ。薄く味付けしたのではなく、なんだか塩気が足りない味。

 昨今、テレビなどでも繰り返し使われるこの言葉に対して、僕は警鐘を鳴らしたい。こんな曖昧な感想を言う位なら、いっそ一言、美味いとだけ言っておけよ。不味いでも良いけれど、それを言えないからそんな事を言っているんだろう?

 作ってくれた人の気持ちが籠っているからどうとか、そんな事を言うやつもいる。優しい気持ちが籠っていますね、なんて。そりゃあ、家族が作ってくれるものにやさしさを感じない人間はいないだろう。しかし、シェフの優しさって、優しさを安売りしすぎだろう。一日何回切り売りしているんだ。

 もうあれだ、いっそ誰が作ったのか内緒にして、ファミレスの雑炊と、お母さんの作った激辛麻婆豆腐を食べ比べてみろよ。その上でまあ棒豆腐の方がやさしい味だっていうのなら、僕も降参しよう。やさしい味万歳だ。

 なんて話をキツネとしていたら、ひねくれすぎ、と言われてしまった。

 心のあく抜きが必要である。

 それとも洗濯機に放り込んで綺麗にした方が良いのだろうか。

 まあ、僕の日常はそんなものだ。

 春休みの終わりに、弧狗狸家と家族になった。

 一学期の間に、迷子の子猫を拾い、恩返しに来た鶴を家族に加えた。まあ、その後僕に関するそれなりに驚愕の事実が明らかになったりもしたのだが、それはまあ、どうでもいい話だ。

 未熟の結果なのか、無責任の結果なのか。それとも、僕の責任感が案外強かったからなのか、こっくり荘におけるコミュニティは、多少の波乱はありつつも、結束というか、家族のきずなのようなもので結ばれている。

 皮肉じみた言い方をしてしまえば、偽物であっても、家族なのだ。本物に近くても、やはり、家族でなければ、家族では無いのだから。本物であっても、家族では無い家族もあったのだから。だから、その逆が存在しても、悪い話ではないだろうし、ずるい話でもないだろう。

 何を達成したわけではないのだし、誇っているわけでもない。

 そんな、ヒモヒモな僕だったのだが、この度ついにアルバイトを始めた。行きつけのスーパーマーケットでの早朝、開店前の荷物の積み下ろし作業だ。朝食を食べた後、スーパーマーケット兵器、アルバイトをして帰ってくると、大体昼食の前というところ。

 僕個人としては、夏休みの午前中は、課題の処理にあてたかったところなのだが、夕方以降の外出を禁止されている箱入りの僕が出来るアルバイトは、そうそう無かったのだった。コンビニとか、レンタルビデオショップとか、こんな田舎に住んでいると、その辺りのバイト職はかなりの競争率なのだ。

 まあ、アルバイトの条件として、あまり人に会わない所というものがあったので、どちらも選択肢に入っていなかった。しかし、アルバイトの条件が人に会わないって、高校生がアルバイトをするときに志望動機として描く、社会経験という殺し文句が封じられている。正直に書いたら通ったから良いのだけれど。他に希望者が居なかったのかもしれない。

 そんなわけで、青春真っただ中、高校一年の夏休みに、同学年の女の子と同居という、冷静に考えるととんでもない状況にいる僕なのだが、案外普通に過ごしている。言ってもまだ数日とはいえ、大したイベントが待ち構えているという訳でもない。

 せいぜい、夏祭り。それだって、所詮地方の祭りなのだし。夢の国のような、盛大なイベントではないだろう。しかしこの町は、ある意味夢の国じみた所があるので、何が起こるか分からないというドキドキ感はあるのだった。


ある程度書きたまったので投稿。ドラキュラナイトで16話の予定です。

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