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鶴の恩返し(3)

「やばいぞネコ、このままだと僕が凶悪犯になってしまう」

 昼休みにネコを連れ出して、僕はそう言った。このままでは、捕まってしまう。どうにかしないと身の破滅だ。

「このままでも凶悪犯者にゃいか?」

「だからやばいんじゃないか」

 同級生を、クラスメートを監禁しているだなんて。何をどう言い訳したらいいのか、皆目見当がつかない。どんな理屈をもってきても、手足を縛って猿轡をした時に、理屈が通らなくなってしまっているのではないだろうか。

「頭を抱えていても解決しにゃいにゃん」

「だったら僕は何を抱えていればいいんだよ………」

 秘密なら抱えているけれど、そのせいで頭を抱えているところだ。

 刀を携えて夜中に侵入しようとした知らない女性を捕えたと思ったら、このままだと僕の方が誘拐犯になってしまいそうになっている。状況が複雑と言うか、単純なのに話が紆余曲折、ブイ字ターンをかましているので、うそくさくなっている。むしろ話の前半部分が余計だ。

「とりあえず………」

「とりあえずどうするにゃん、あの女を始末してしまうのかにゃん?」

 過激だなあ。一種の解決策なのかもしれないけれど、そんな決断僕には出来ないよ。始末するって、要するに殺して口をふさぐってことだろう? 喉を掻き切るか?

 全て解決する様な気もしたけれど、なんだか悪事を隠すためにより大きな悪事に手を染めてしまっているし、問題が先送りになっているだけのような気がする。むしろそこまでやったら、もう、どんな言い訳も通らない。

「とりあえず………家に帰るよ」

「じゃあいっしょに帰るにゃん」

「おお、さすが僕の共犯者!」

「いや、単に勉強とか面倒くさいだけにゃん」

「だったら最後まで学校に居ろ!」

 期待させるんじゃない。

 実際共犯者のはずなのに、なぜそんなにお前は余裕の構えなんだよ。ツルさんが僕の部屋にいるからか?

 万が一取調べを受けた時は、実行犯はネコだってすぐに供述してやるからな。このままだと、万が一どころか、普通に考えれば間違いなく取調べを受けてしまうのだ。むしろ万が一なのは、僕が取り調べを受けない方の可能性なのかもしれない。

「まあ、刀で切られたりしにゃいように気をつけろにゃん」

「気をつけてどうにかなるのか、それ?」

 現代っ子に何を求めているんだよ。刀で切られないように、僕は何に気をつければいいんだ?

「骨は拾ってやるにゃん」

「人が死ぬみたいな言い方は止めろ、縁起でもないだろうが」

「まあ、お前に拾われて後悔はにゃかったにゃん」

「僕は今後悔しているところだ」

 どっちがトラブルメーカーだよ。むしろお互い、単独でもそうなのに、二人揃ったことでとんでもない事態を引き起こしたんじゃないのか、この状況。なんてひどい化学反応だ。ガソリンにトーチ、ナトリウムの塊をプールに投下。

「酷い事を言うにゃよ、おれっちには嘘を嘘と見抜く洞察力はにゃいから、本気にしちゃうにゃん」

 ふうむ、その辺りはネコか。言動には気をつけなければならない。気をつけすぎる事がないくらいには、気をつけるべきなのか。しかし、考え過ぎると何も言えなくなりそうだ。

 よし。わかった。

「だったら、僕に酷い事を言われたら全部ウソだと思え。僕はお前が大好きだからな!」

「つまり今嘘をついたという事かにゃん?」

「僕今ひどい事を言ったか!?」

 僕はお前が大好きだっていうと、酷い事になるのか?

 傷つく………。

「冗談はさておいて、いい加減、行くにゃらさっさと行った方が良いにゃん。閻魔教頭がこっちに来るにゃん」

「冗談が言えるなら、嘘を嘘と見抜いてくれ」

 おかげで僕の悪口はこの先永遠にお前に通用しなくなったよ。全部ウソになっちゃうもん。

 そんなこんなで、僕は閻魔教頭に見つかる前に、フェンスを乗り越えて学校を脱出した。あらかじめ鞄をもってきていたのは、結局最初からそうするつもりだったからだ。何のつもりでツルさんが僕の部屋に忍び込もうとしたのかは分からないけれど、鶴の恩返しの鶴ならば、ツルさんは少なくとも僕を殺しに来たヒットマンではない。

 今助けに行くぜ。


 こっくり荘まで帰ってくると、丁度良くたぬきおばさんが居ないようだった。買い物に行っているのだろうか。

 何にせよ、僕にとっては都合がいい。今のうちに始末してしまうしかない。

 と言う訳で、そのまま自分の部屋まで直行し、扉を開けた。

「~~~~!」

 朝と変わらず手足を縛られ、猿轡をされた状態のツルさんがそこにいた。何かを必死に訴えようとしているが、それは、猿轡のせいで僕には伝わらないのだった。まあ、表情から言って、どう考えても恐怖を訴えているのだけれど。

 凄惨な犯罪現場を見てしまったような気がした。と言うか、どう考えても凄惨な犯罪現場だった。しかも、主犯は僕である。

「ええと、大丈夫?」

 手足の縄を外して、猿轡を取った瞬間トイレに駆け込んだツルさんが、ようやく落ち着いた所で、僕は声をかけた。恐る恐る、刀はまだ取り上げたままだ。

「はい。助けていただいて、本当にありがとうございます」

「………いや」

 勘違いをしている。

 今、僕の頭の中で、天使と悪魔の全面戦争が勃発した事は、言うまでも無いだろう。熾烈な争いは、世界を焼き尽くし、僕の頭の中を焦土と化した末に、ようやく決着がついた。

「お礼を言われる事じゃないよ」

「いいえ、そんな事はありません。恩返しをしようと思ったのに、まさか助けられてしまうなんて、思ってもみませんでした」

 心が痛い。僕の良心がきりきりと、僕の胸を締めつけている。何かこう、取り返しのつかない秘密をもってしまったのだろうか。それとも、まっすぐに僕の事を信じているらしい、ツルさんをだましていること自体に、僕自身が耐えられないのだろうか。

「あ、そう言えば申し遅れました。わたくし、恩画絵師ツルと申します。事情があって、このこっくり荘に住まわせていただきたいと思い、参りました」

「はい、ご丁寧に。クラスメートだし、もっと砕けた感じで良いよ」

 僕がそう言うと、ツルさんの表情は、まるで生き仏か何かを見たように、輝いた。

 というか、今更恩返しについてぼかした言い方をされても、その直前に恩返しをしようと思ったたって、言っちゃってるよ?

「まあ、お話をしたことも無かったのに覚えていてくださるなんて」

 うん。服装もうちの制服だしね。

 むしろなぜ、朝のうちに気がつかなかった。思慮深い僕はどこにお出かけしていたんだ。足をどちらから踏み出すとか、心底どうでもいい事にこだわっている場合ではない。

「そう言えば、こんな時間に帰っていらっしゃるなんて、もしや、体の具合でも悪いのではないですか?」

 心の具合が悪いです。私は貝になりたい。

「いや………本当に、大丈夫だから」

「そんな、見え透いた嘘をつかれては、余計に心苦しいばかりです」

 そう言って、てきぱきと布団を敷いていくツルさん。手際が良い。良妻賢母スキルというべきか。こういうのは、どうなのだろうか。お話からくるイメージが先行しているのか、それともツルさん自身が獲得してきたスキルなのだろうか。

 どうでもいいけれど、見え透いた嘘とか、感じの悪い言い方をするな。

「さあさあ、寝てください」

 熱はないですか、お腹は痛くありませんか、と。あっという間に僕は、病床につくことになってしまった。

「本当に痛い所はありませんか?」

 と、真剣に心配されてしまう事で、僕の胸は、いよいよ真剣に痛くなってしまった。しかし、良心が痛みますとか、そんな事をいまさら言う訳にもいかない。

「………」

 パタパタと、部屋から出ていったツルさんを見送った僕は、途方に暮れてしまった。どうしてこうなった。もういっそ踊ってやろうか、どうしてこうなった。

「どうしてそうにゃった」

 頭上から呆れた声が聞こえたと思ったら、ネコだった。どうしようもない子供を見ているような、心底残念なものを見ているような、そんな視線である。

「今僕は、一つのウソをついたせいで、嘘を積み重ねているところだ」

「そうにゃのか」

 本当にどうしよう。

 まさか嘘をつき通すわけにはいかない。僕の良心が死んでしまう。胸が張り裂けてしまう。申し訳なさ過ぎて死んでしまいそうだ。積み重ねた嘘で圧死してしまいたい。

「仕方がにゃいにゃあ」

 ネコは、本当に仕方がなさそうにそう言った。そう言えばこいつ、何気に学校をさぼって帰ってきてるんじゃないか?

 まさか僕を助けに?

「万事すべて、任せてもらえるにゃら、助けてやるにゃん」

「ほう。そこはかとない不安を感じさせるじゃあないか、相棒」

 これでもかなりマイルドな言い方をした方だ。本当の所、心底不安。

 僕たち二人がそろうと、何でもない事が大事件に発展しかねないような、そんな予感がする。わくわくせずに、ぞくぞくする。

「にゃんだ、それにゃら自力でどうにかすると良いにゃん」

「助けてください!」

 思わずそう叫んだ。

 無理もない。あのツルさんの勢いを前にして、どう切り出したものか全く見当がつかなかったのだ。誰か、助けてください!

「ふふん、最初からそう言えば良かったにゃん」

 ネコは、どや顔でそう言った。腹が立つ。お前も当事者だろうが。半分は僕の自業自得だろうけれど、後の半分の半分の半分くらいは、お前も関わっているんだぜ。他人事みたいな顔をしているけれど。

「じゃあ、失礼するにゃん」

 そう言ってネコは、そのまま僕が寝ている布団の中に潜り込んできた。

 え、なに? これが秘策ですか。嫌な予感しかしない。むしろ、何だかこう、最悪の展開へと突き進んでいるのではないだろうか。

「おい、ネコ」

 僕がそう言って、ネコを布団の中から追い出そうとした瞬間、地獄の門が開いた。何事においても、僕は迂闊であり、なおかつ遅すぎる事は、もはや認めざるを得ない。全て自分の責任であることも認めよう。

 だが、この状況は僕のせいなのか?

「体の調子が悪いって聞いたけど、大丈夫、アキナ?」

「あの、お薬を頂いてまいりました」

「………」

 なんて言えば良いんだ、僕は。部屋に飛び込んできたキツネと、何やら薬と水の入ったコップをもってきたツルさん。どちらも、なぜかネコと一緒に布団の中に入っている僕を見て、目を丸くして固まってしまった。

 平常心、平常心だ。知性を総動員してこの場を乗り切る魔法の言葉を考えろ。横で何食わぬ顔をしているネコの事は、この際無視してしまうんだ。もう、こいつには悪口も通用しない。

 そう言えば、仮病の人に呑ませる薬ってなんだろう?

「………」

「………」

「………」

 三者三様、皆して固まってしまっている。

 沈黙が耐えがたい。悪いのが自分だと、ただの沈黙でも自分が責められているのではないかと感じてしまう。いっそ罵倒してくれ。殺してくれても良い。いっそ自分の腹を搔っ捌いてやっても良い。

「そろそろ年貢の納め時にゃん」

 だから何故おまえはそのポジションなんだ!



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