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鶴の恩返し(2)

「今日のお弁当どうだった?」

「さいこー」

 昨日の今日で、もしかしたら学校で何かあるかなあと思ったが、昼食を食べ終わっても何事も無く、僕は美味しく、キツネの作ったお弁当を食べた。キツネの作るお弁当は、完璧であるとは言えないけれど、それでも作る度に美味しくなっているし、僕のこの身をキツネは調査しているので、僕好みの味に近づいている。僕も料理をしてみたいなあ、と、そんな事を思う。

 誰かのために料理を作ること。そんな事を今までした事は無かったし、思った事も無かった。キツネは、毎日夕飯の準備を手伝って、週に一度お弁当を作ってくれる。ネコだって、休みの日に、時折昼食を作ってくれたりもする。猫まんまだって、立派な料理だ。

 誰かに喜んでもらう。そんな事を始めて考えた。僕はこれまできっと、そんな事すら考えてこなかった。今は、喜んでもらいたいと思う。恥ずかしくて口には出せないけれど、僕に何かできないだろうかと、そんな事を思う。

 誰だってこんな事を思うのだろう。何かをしてもらって、嬉しい気持ちになって、相手にもそうなって欲しいと思って、何かしたくなる。それはきっと、間違っていない。そんな事を思わなかった今までの方が、きっと間違っていたのだろう。自分を普通だと思っていた十五年間は、きっと普通では無かった。普通だったとしても、健全では無かった。

「直したらいい所はあった?」

「んー。卵焼きがしょっぱい。僕は甘い方が好き」

「らじゃー。次は期待してね」

「ん」

 キツネは、そういう部分に対して、まっすぐだと思う。ネコはそういう事に対して、気まぐれで分かりづらい所がある。真っ直ぐと言うか、素直と言うべきか。相手に対して、喜んでもらいたいという気持ちを隠そうとしない。

 そういう部分はきっと、見習うべきだ。

 そう言えば、キツネのそういう部分は、一体何が元なのだろうか。キツネにまつわる話と言えば、ごん狐ぐらいしか僕は知らない。あの話も献身的と言えば、そうなのだろうけれど。それでもやっぱり、狐に対する印象と言うものは、人を化かすという方が強い。

 だとしたら、キツネのそれは、設定ではなく、オリジナルなのだろうか。オリジナルだとしたら、それは僕の中から生まれた物語なのだろうか。どうにも、洞察力のある人間では無いので、その辺りを見抜く事は出来ない。

 結局その日はいつも通りで、何事も無かった。鶴の恩返しだなんて、僕が自意識過剰だったというか、あさましい人間だったようだった。何事も無いのなら、それが一番である事には変わりがない。

 ぼんやりと星を眺めて、そんな事を考えてから僕は眠った。

 異変が起こったのは、次の朝の事だ。

 僕の寝起きは悪い方ではない。なんて事を考えると、激しくデジャビュを覚える。これは夢ではなかろうか。すっきり朝目を覚まして、布団の中にネコがいなかったことに安堵して、今日は良い日になるだろうとか思いながら制服に着替えて、朝ご飯を食べるために部屋から出た、その途端だ。

 今日は、どうにもいい日になりそうにない。そう思わせるものが、僕の目の前にあった。

「女の人が僕の部屋の前で死んでいる………だと」

 何………だと?

 おいおい、一体どういう事だよ。何かしたかなあ。悪いことしたかなあ、僕。変な呪いか何かに掛ってしまったのだろうか。場合によっては、僕は眠ると殺人鬼の人格が目を覚ます、危険人物であるという事になってしまう。きょう日そんなコテコテの設定は流行していない。一周回って評価されるかもしれないけれど、僕はそこまで体を張る気はない。

 事件だ。僕はそれでもやっていない!

 と言う訳で、誰かに連絡する前に一通り調べておこう。本当に僕の犯行だったら、その時は人知れず死体を処分してしまうのだ。実にサスペンス。語り部が犯人の第一候補。斬新じゃないだろうか。

 冗談は置いておくにして、まずは観察。そもそも、この人死んでない。外傷も無いし、息もしている。死体とか、悪い冗談だった。

 倒れている周りにはなぜか鳥の羽のようなものが散乱している。

「ふうむ」

 推理タイム。

 女性の外見は、背が高く、黒い髪。髪の毛は長く、一つ結びにしてある。ちょんまげのように結ってあるとでも言えば良いのだろうか。驚くべき事に帯刀しており、常日頃から襲われる事があったのか、辻斬りだったのか、むしろぼくを殺しに来たヒットマンで逆に返り討ちにあったのかもしれない。どこかで見かけた事のある服を着ている。

 玄関先に、鳥の死体。

 犯人はあの人しかいない!

 もしもバトル展開ににゃったら、この爪と牙で、敵の喉を掻き切ってやるにゃんと言っていたあの人。

「犯人は、招き猫のネコさんだ………」

 僕の推理が冴えわたる。鳥の羽が落ちていたということ以外、何一つ参考にしていない乱暴な推理である。そもそも、喉が掻き切られている様子も無い。つまり、冤罪である可能性が高い。

 まあ、一番近くに住んでいる相手に意見を求めるのだと思えば、間違っていないか。任意による事情聴取を行おう。騒ぎを大きくしないために、そっと、下の階にあるネコの部屋に行く。鍵は掛かっていない。不用心すぎる。僕が殺人鬼だったらどうするんだ。

「おい、ネコ。起きろ」

「にゃんだよう」

 布団を蹴飛ばすと、ネコは案外あっさりと起きた。こんな所でコントをしても仕方がないので、相変わらず人の服を寝間着にしているネコを抱えて、犯行現場へと向かった。

「これをやったのはお前だな?」

 そうなんだろう、吐けば楽になるぜ。

「そうにゃん」

 ………うん。そうだろうとは思ったけれど、なぜそんなに誇らしげにしているんだ。これがあれか、飼い猫が時折やるという、飼い主に対して狩りの成果を見せてくれるという、猫特有の行動なのか。

「お前………」

 誇らしげにしているのでとりあえず頭を撫でてみたが、後片付けまでしてくれるかなあ。どうしたらいいんだよ、この状況。生きていても取り返しがつきそうにない。

「とりあえずどうしたんだよ、この人」

「あん? 昨日夜中に、怪しげにゃ物音がしていると思ったら、こいつがピッキングをしていたんだにゃ。怪しいからとりあえず血祭りにあげてやったんだにゃん」

 褒めて正解だった。褒めないと不正解なくらいだった。

「そうか。お前には命を助けられたみたいだな、ネコ」

「そんなことにゃいにゃん」

「いやいや、偉いぞ」

 頭をなでてやると気持ちよさそうに目を細めるので、気が済むまで撫でてやる事にしよう。褒めて使わす!

 しかし、本当にヒットマンだったとは。女なのにヒットマンとはこれいかに。僕はどうやら、謎の組織に命を狙われる立場にあるようだ。あるいは本当に、殺人鶴の話でも存在していたのか。

「う………」

 倒れているヒットマンがうめき声をあげた。どうやら意識を取り戻そうとしているようだった。しまった、刀を奪っていない。このまま目を覚まされたら、僕の命が危険だ。

「ネコ、もう一度気絶させるんだ!」

「了解にゃん!」

 ごつん、と。かなり痛そうな音がした。ねこぱんち。頭に痛打を食らった女性は、再び意識を失って、元通りその場で昏倒してしまう。冷静に考えると、今この状況って、かなり危険なのではないだろうか。

「朝ご飯だよ―」

 キツネが呼んでいる。もうそんな時間か。

 この場合どうしようか。とりあえず刀はもう奪っているのだけれど、僕の命を狙うヒットマンを弧狗狸家のみんなに紹介して、全面戦争になだれ込む事が果たして正解であると言えるのだろうか。

 これは冷静に考える必要がある。

「みんなを巻き込むわけにはいかない」

「まあ、そうかもにゃん」

 どうしようかなあ、どうしてやろうかなあ。楽しくなってきちゃった。

「よしわかった、縛ろう」

「わかったにゃん!」

 せっせと女性を縛って行くネコ。従順な僕である。可愛い奴だ。

「おい馬鹿、縛るのは手足だ」

 誰が亀甲縛りをしろと言った。とんでもなく卑猥なものを見てしまったじゃないか。困った奴だ。罰として撫でてやる!

「縛ったにゃん」

 手足を縛った女性を、僕はそのまま自分の部屋に放り込んだ。これでよしだ。全て完璧、手ぬかりも無し。

「今日、帰ったら尋問だ」

「学校には行くのかにゃん?」

「そうだ。何事も無かったかのように過ごすことで、相手の動揺を誘うんだ」

「そうにゃのか」

「そうなのだ。後、この話は他言無用だ」

「わかったにゃん」

 これから僕たちと謎の組織との戦いが始まるのだ。このパターンは、帰ってくるとこの女性が始末されているという事も考えられるが、たぬきおばさんもいるので大丈夫だろう。たぬきおばさんは殺しても死なないって、大天狗先生も言っていたし。

「そうだ猿轡もしておこう」

「完璧だにゃ」

 より犯罪性が増してしまった気がするが、これは正当な行為だ。正当防衛だ。悪の組織と戦うハードボイルドサスペンスの一幕なのだ。やー。

「お前にも手伝ってもらうぜ」

 僕は全力で決め顔をつくって、ネコにそう言った。

「仕方にゃいにゃあ」

 ネコは、あたかも偶然事件の現場に居合わせてしまった、悪い男をそれと知らずに付き合っていた、頭は軽いがそう悪い人間でがない、犯罪に巻き込まれてしまったことで、人生を踏み外してしまう、そんな登場人物のような顔をして、答えた。

 まあ、協力してくれるのならば、それで良いだろう。是非も無い。愛してるぜ、ネコ。

「ふふ、ふふふふ、ふはははははははははは!」

 渾身の高笑である。

「ちょっとアキナ―、どうしたの―あさご飯だよ―」

「なんでもないぜ!」

 決戦は放課後だ!


 そんなこんなで学校。尋問は家に帰ってからだ。何事も無かったかのように振る舞うこの役者ぶり。ネコに至ってはもう、そんな事無かったと言わんばかりである。さすが僕の相棒。忘れてしまったわけじゃないよな?

 朝のホームルームが始まるまで、僕は大抵ネコかキツネと喋っている。友達が少ないからね。今日、ネコは寝ている。朝無理やり起こした事が関係しているのかもしれないし、あるいは夜中に曲者を仕留めた事が関係しているのかもしれない。まあ、もともと夜ふかし人間であるので、どうとも言えない。一日中眠そうにしている時も、あるのだし。

「朝はネコと一緒に何をしていたの?」

「なんでもないよ」

 巻き込むわけにはいかないのだ。孤独な戦いだ。ハードボイルドでサスペンスな物語が展開されているっ!

「ふうん?」

 キツネはどう見ても納得していないような顔をしていたけれど、とりあえず無理に聞き出したりするつもりも、無いらしい。

 家に帰れば、今頃僕の部屋にいるあの女性が目を覚ましているところだろう。僕の部屋に侵入しようとした、あの不届きもの。どうしてやろうか、どうしてくれようか。拷問だ、拷問が良い。

「はーい、ホームルームを始めますよぉ」

 貧乏神先生がやってきて、ホームルームとあいなった。我がクラスの出席率は非常に高く、ネコが登校拒否から脱出して以来、100%である。優秀である。実に優秀である。貧乏神先生も毎日、良い子たちだと言っている。良い子たちであるというのは、悪い子たちではないという事でもあるのだ。

 成績は良くないけれど、悪い子たちでは無いんです!

 なんだか胸が痛い。

「うーん、やっぱり恩画絵師さんが来ていませんねえ」

 困りました、と言う貧乏神先生。

「どうしたんですか、貧乏神先生」

 うさぎさんが代表して聞いた。

 貧乏神先生とうさぎさんは、このクラスの苦労人筆頭である。まとまりがあるのかないのか分からないけれど、真面目が取り柄で、頭の出来が悪いクラス。なんだか一番たちが悪そうだ。大した事も出来ないくせに、やる気だけは溢れているんだぜ?

 隣のクラスの話は聞かない。

「恩画絵師さんが昨日から行方知らずなんです」

 恩画絵師?

 恩返し?

「ツルさんがどうかしたんですか?」

 うさぎさんがそう言ったことで、全てが明らかになった。語り手が犯人である。どうしよう。取り返しのつかない事をしてしまった。



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