谷川型と寺山型(-_-;)
私は文豪・谷川俊太郎をずっと怖がっていた。
谷川俊太郎は穂村弘か誰かに雑誌の対談で言っていたのだが、ある意味すごい生涯をおくっていた。
谷川俊太郎によると谷川俊太郎は哲学者で法政大学の学長・谷川徹三の子供として生まれ、親に愛され、裕福に育ち、勉強も出来て、不幸というものを知らない。そう豪語するのである。
そして不幸、差別、怒り、怨念などを原動力に大活躍していた寺山修司について、全く理解出来ないと豪語していた。
寺山修司。青森の極貧の辺境に生まれ、父親は戦死して会うこともなく、母親は戦後、米軍基地に働きに行った。修司は親戚の映画館の屋根裏に住まわされ、スクリーンからさまざまなことを学んだのである。自殺未遂も何度かあり、体を壊して死んでいった。その作品は全世界で高い評価を受けている。
谷川はそんな寺山のことを「気の毒に思ったから助けてあげたけど、不幸とか作品は全く理解出来ない」と言っていた。
それで私は谷川俊太郎は人間の気持ちが全然分からない恐ろしい存在のような気がして、作品を読んで来なかった。
ところが、先日、谷川俊太郎のベスト版の詩集を先輩の先生が貸して下さったので、読んだら、あれっ?意外とすごくいいのである。人間の負の面を知らないというのはハッタリじゃない本音なんだと分かった。おおらかな人間と世界への讃歌がそこには描かれていた。素直で、心地よい、確かに寺山とは違う世界である。
しかし、自分は寺山型だからな、と思っていたら、のんちゃんに「先生は谷川型です」と言われた。(・_・)エッ......?