震災記
東日本大震災の被害者のみなさまに心からお見舞い申し上げます。
今回の震災のことを何か記録すべきか迷ったのですが、だんだん何か書きたいという気持ちになって来ました。
今日、ラジオを聞いていたらアンパンマンの曲が二曲流れ、たいへん喜ばれたと言っていました。また子供や老人の話し相手になるのもボランティアになると言っていました。(子供や老人のめんどうをみるのは私が日常的にやっていることです。(-.-;))
ただ、本当は気持ちをまだ整理出来た訳ではありません。
なるべく虚飾を排して、書きたいのだけど、不謹慎に思われないか?
あるいはデマやパニックを広めるようなことにならないか?
そうならないように賢くあらねばなりません。
簡単ではないですが、頑張って書いていきます。
さて、3月11日、私はたまたま自宅マンションにおりました。漫然とラジオを流していたのですが、国会中継が中断され、緊急地震警報が流れました。
そして岐阜県大垣でも揺れ出したのです。私は今、33才で阪神大震災の時は高2でしたが、あの時以来の揺れで、正直なところ、東海地方で震災が起きたと思いました。
ところがラジオは東北地方が震源と言い出したのです。
実は私は昨年、引っ越したのもあり、テレビ、パソコン、固定電話がありません。
マンションの下の階に祖父母が住んでいるので、そこでテレビを見せてもらいました。
津波の光景をテレビで見て、これはとんでもない事件が起こったと悟りました。
また首都圏もかなり被害を受けていることがだんだん報じられて来ました。
正直なところ、その時はパニックになりましたが、首都圏に連絡することは控えるべきと思いました。私は大学時代東京にいたので、首都圏は友達、知り合いが多いのです。
岐阜県の北隣、富山県の友人、プロのミュージシャンの方がお電話を下さって、話しました。東海エリアと北陸エリアなら回線が通じているかと思って。
人様と話を出来て、少し落ち着いてやったことは、あまり落ち着いているとは言えないのですが、夕食でした。
お叱りを受けても仕方ないのですが、「明日からはもう食べられないかも」と思って、すき焼きを食べました。でも食べながら涙が出て来ました。やっぱりあんまり落ち着いてないか。(-.-;)
その時はいろいろな意味でパニックだったと思います。私は日本の文学や歴史の専門家なので、被害の規模がだいたい予想出来たのです。
今、16日で東海エリアはまだ食料もありますが、地域によっては買い占めがあるようです。(ただ首都圏の方などはパニックを起こされず、買い占めなどはお止め下さい。)
すき焼きは駅ビルのスーパーで食べ、焼き鳥のお弁当、お寿司、パンを買い、帰宅しました。
パニックと冷静さが共存していて、万が一、夜に余震が来た時に備えて買ったのです。(買い占めの心理に近いものがあり、ほめられたものではありません。でも今も仕事の後、菓子など少し買ってたくわえています。ちなみにいつでも逃げられる準備はしていますし、気が小さいですが、怖くて火はまだ使っていません。(-.-;))
最近は花粉症の薬を服用しているので、一応寝ましたが、深夜というか早朝に目が覚めました。気が立っていたのだと思います。
こんなアホなこと書くなと言われそうですが、私は最近、健康上の理由で食事を減らしていたので、夜に目が覚めた時、空腹でお弁当を食べました。
そうしたら、ちょうどその時に新潟から長野にかけての比較的大きい地震がありました。
私は科学的なことに無知なので、それが昼の震災と関連があるのか分かりません。ただ強い恐怖を感じました。
東日本の方からすると「ふざけるな!」と思われるかもしれませんが、この辺りの時期は「死」を感じました。もちろんすぐ死んじゃうとまで思っていた訳ではないですが、死ぬこともあり得ると考えるのはやはり怖かったです。
寝苦しい夜でした。