最大の編集者
戦後最大の小説家は誰ですか?とアンケートを取ったら、大学教授や一流の作家など玄人が多ければ谷崎潤一郎。素人が多ければ、太宰治か三島由紀夫がデッドヒートを繰り広げるだろう。
しかし、もし戦後最大の編集者は誰ですかというアンケートがあれば(ないけど)中井英夫がぶっちぎりだろう。
寺山修司、塚本邦雄、葛原妙子、中城ふみ子、尾崎左永子、春日井建、山中智恵子、村木道彦、挙げ尽くせない多くの文学者を発掘した。
これは最大の功績である。
文句のつけようがない。
しかし、私が中井英夫に凄みを感じるのは文学の世界に圧倒的な力、権力を持ちながら、自分自身が小説、詩、短歌を書き始め、どれをとっても戦後の群少作家グループをよせつけぬ圧倒的な傑作だったことである。
そしてその先に私は人間の本当のミステリを感じる。
中井英夫は編集者としても、創作者としても、活躍しながら文学の世界、出版の世界の裏側を「黒衣の短歌史」に鮮やかに活写した。
それを読むと文学の選考とか出版の判断は実に虚々実々の駆け引きがあり、編集者と作家・歌人の激突でもある。
また中井英夫は自分が出したい作家を出すためには川端康成、窪田空穂といった文豪に働きかけたり、尾山篤二郎や近藤芳美といった巨匠とも激しく戦っている。
そのことから分かるのは文学賞の選考や本の出版はものすごい闘いで、ある意味いつでも血に汚れていたかも知れない。
そういう意味ではタレント本を出すため、いろいろバタバタしているのは文学の世界も品が下ったなと思う。
中井英夫が生きていたらどう思うだろう。
出すにしろ、もっと巧妙に出しただろう。
中井英夫は編集者時代、自分の作品を新人文学者の作品として出させてた節がある。そのことについては機会があったら、書きたい。