第七話
第一回総攻撃に失敗した第三軍は歩兵主体の突撃による強襲法を変更し要塞前面まで塹壕を掘り進んで進撃路を確保する正攻法に切り替える事にした。
しかし、参謀長の伊地知はあくまでも強襲法に拘っていた。ロシヤはバルト海艦隊の主力を引き抜いて第二太平洋艦隊を編成、十月十五日にバルチック艦隊がウラジオストクに向かって出航した。司令官は侍従武官であったロジェストヴェンスキー少将が任命された。
バルチック艦隊出航の報告を受けた海軍は陸軍に旅順早期攻略を催促した。しかし山本大臣は「あまり催促するな。陸軍の将官が倒れたらどうするつもりだ?」と戒めた。
また将和は東郷と話し合っていた。
「バルチック艦隊が来るのは来年でごわすな?」
「はい、五月二七日から翌日の二八日に対馬近海で我が聯合艦隊と艦隊決戦をしています」
「約七ヶ月の航海でごわすか……」
「史実通りにバルチック艦隊がドッガーバンク事件を起こしてくれればイギリスと戦争寸前になり数々の妨害をしてくれるでしょう」
「ふむ……。それと艦艇群は戻した方が良いかな?」
「流石に全艦だと他の参謀達も了承しかねると思いますので複数に分けてやるべきではないでしょうか?」
「……そうする他あるまいでごわすな……」
「それと児玉総参謀長に電報を頼みたいのですが……」
東郷は艦艇整備のため最初に『富士』『八島』の戦艦二隻を内地に回航させた。その後もバルチック艦隊が来航するまでに艦艇整備は万全に整えられるのである。
その中で十月二六日、第三軍は第二回総攻撃を開始する。目標は突起部を形成している盤竜山及び竜眼北方保塁周辺を占領する事であった。
二八サンチ榴弾砲は何とか計二十二門が第三軍に配備されていた。
「砲撃開始ィ!!」
重砲陣地から二八サンチ榴弾砲が唸りを上げて砲撃を開始した。耳をつんざくような音はロシヤ側の陣地に着弾をしてその場にいたロシヤ兵士を肉片に変えた。
「何の音だ!?」
「急行列車か!?」
「馬鹿言え!! 急行列車なんぞ通っていない!!」
ロシヤ側は二八サンチ榴弾砲の威力に驚いていた。その間にも二十二門の砲撃は四日間に渡って続き、ロシヤ側は史実通りの大損害を蒙った。だが第二回総攻撃も史実通りの一戸保塁の占領に留まった。
しかし、史実より二十二門と多めに投入した事により一戸保塁占領は1750時であり日本側は死者八九八名、負傷者二九一三名を出した。
第二回総攻撃の失敗で大本営は海軍が以前に主張した二百三高地攻略に同調した。大本営からの命令に第三軍司令部は真っ向から反対した。
「艦隊への砲撃は既に大孤山からの観測砲撃や黄海海戦で旅順艦隊は壊滅しており、観測点など必要としない。また艦隊を殲滅しても要塞守備隊は降伏せず、降伏しない限り第3軍は北上することはできない。そのためには、要塞正面への攻撃による消耗戦しかない」
と、執拗に却下していた。しかし、満州軍総司令官の大山と総参謀長の児玉は二百三高地攻略に賛成していた。
「三好少尉の未来知識によると史実では二百三高地の攻防戦でロシヤ側は予備兵力を消耗枯渇し、続く要塞正面での攻防で有効な迎撃が出来ずに正面防御線の東鶏冠山保塁、二龍山保塁などが相次いで陥落するようです」
「では第三回総攻撃は東鶏冠山保塁等が目標ではなく本命は二百三高地での予備兵力喪失が狙い……と?」
「はい。ですが三好少尉の存在を大きくすると返って厄介になるでしょう」
「……尉官になったばかりの人間に命令をされたくはない……と?」
「まだ軍にいるだけでマシかと。これが民間人だと質が悪くなります」
大山と児玉はそう話していた。
「三好少尉も二百三高地攻略を促すため第三軍司令部に向かったようです」
「……我々の弾除けか」
「先日に来た電報で三好少尉はそのように頼むと……」
「若い者が苦労をかけるとはのぅ……」
「私も直ぐに向かいます」
「分かりもうした。必要であればオイも一筆しよう」
「感謝します」
大山との話で児玉総参謀長は直ぐに第三軍司令部へと向かった。一方、先に第三軍司令部に乗り込んだ将和は追い出されていた。
「第二次総攻撃の結果を見れば分かるでしょう伊地知参謀長!! それなのに何故要塞正面を……」
「黙れ小僧!! 尉官の分際で司令部方針に口出しする事は何事か!? この司令部にいる事自体が相応しくない!! 即刻出ていけェ!!」
「……伊地知ぇ……」
「………」
怒号を放つ伊地知を睨みつつ将和は司令部を出た。その様子を乃木は何も言わずに見ていた。
「……さて、お膳立ては出来たかな?」
「御主は中々の役者じゃのう」
司令部から少し離れたところでそう呟いた将和に津留雄三少尉は呆れたように言った。
「ハッハッハ。何処の世界にも憎まれ役はいるもんですからな」
「まぁこれで上手くいけばええがの」
「津留少尉、そんな事を言えば現実になりますよ」
「ハハハ、言霊という奴じゃな。ならロシヤに勝ったと言いまくれば問題ないわい」
そう豪語する津留少尉に将和も苦笑するのである。そして将和が第三軍司令部から追い出されて数日後、児玉総参謀長が第三軍司令部にやってきた。
「次の総攻撃には二百三高地を攻略せよ」
児玉はそう言って司令部を騒然させた。
「児玉総参謀長、それはどういう事でごわすか!?」
「言ったまでじゃ。第三軍は二百三高地を攻略せよ」
「……児玉、理由はあるのか? それともそれは海軍からの要請か?」
怒る伊地知に乃木は児玉を見据えてそう言った。
「これは極秘じゃがのぅ……第三国を経由しての情報だが二百三高地の防御は正面要塞より幾分かは薄めだ。総攻撃の際、東鶏冠山保塁等を攻める振りをして釘付けにしている間に二百三高地を攻める」
「その情報は確かか?」
「出所は言えんが……かなりの正確な情報だ」
出所は未来情報を持つ海軍尉官です……何て言えた事ではない。
「二百三高地攻略は旅順の天王山だ。二百三高地攻略……やってくれ」
「……分かった。主攻方面の攻撃は一時中止し、軍の攻撃目標を二百三高地に転換するッ」
児玉の眼差しに乃木は頷いて決断をした。
「ですが司令官!!」
「参謀長!! 君は軍の実状を知ってそう言うちょるのか?」
「………………」
「二百三高地を奪えなければ儂の責任じゃよ。儂が腹を切れば皆が責めを問われずに済むじゃろう」
乃木はそう告げた。やはり維新を経験した軍人としての自覚に加え、腹は座っていたのだ。
「直ぐに砲兵の陣地移動をさせよ」
乃木はそう述べ、伊地知もそうするしかなかった。参謀達が慌ただしく動く中、乃木と児玉は二人で話をしていた。
「済まなかった児玉。ワシとしては最初から塹壕を掘りたかったが伊地知らがの……彼等の面目と方針転換するには知ってもらうしかなかった」
「乃木……貴様、最初から……」
「家内には棺桶を3つ用意しとけと伝えている。勝典も南山で戦死した……乃木家が断絶すれば世間や陛下も納得してくれるだろう」
「乃木ッ!?」
「この時の為に予備の歩兵2個中隊を用意していた。児玉、お前に全権を預ける。ワシは保典と共に2個中隊で二百三高地に突撃する。後は頼むぞ」
「馬鹿者!! ワシはそんな事をさせる為に此処に来たわけじゃないぞ!!」
乃木の言葉に児玉は涙を流す。乃木をそこまで決断させた自分に呪い、乃木を補佐出来なかった参謀達を呪うしかなかった。
「ワシにそんな事をさせるな乃木!! ワシが考えているのはこの戦争に勝つ事!! 御主らの犠牲では無いわ!!」
「……済まぬ……」
児玉の言葉に乃木も頭が冷えてきたのか児玉に頭を下げるのである。
第三軍は二百三高地攻略のために砲兵隊の移動を開始させた。この砲兵隊には揚陸されたばかりの二八サンチ榴弾砲十二門を追加させ、合計18門が高崎山に配備させた。
増援の師団は日露戦争前に創設された京都の第十六師団と内地に予備隊として展開していた岡山の第十七師団である。
「……今度は勝たねばならん」
「三度目の正直……というやつか」
乃木と児玉は高崎山近くに作られた穴の中でお茶を飲んでいた。
「済まんな乃木……御主の指揮を取るような形をして……」
「いや……構わんよ。児玉には助けられてばかりじゃ」
謝る児玉に乃木は微笑む。二人がいる時だけは互いに遠慮無しに言えたのだ。
「攻撃開始日は十二月五日だ。何としてもやろう」
「無論だ。儂が一個大隊を率いてでも二百三高地を落とさねばならん」
奇しくも史実と同じ二百三高地攻撃日であった。そして十二月五日、第三軍は行動を開始する。その頃、将和は海軍重砲隊と共に高崎山にいた。
「二百三高地を見届けてほしい」東郷長官からの言葉だった。
「……見届けろ……か(多分、伊地知ら参謀達が原因だろうね……あれ? これじゃあ俺山本五十六じゃないか!?)」
内心そう思う将和だったが、気にしない事にした。なお、三好の上官は永野修身中尉だった。
「三好君、陸軍から二百三高地に絶えず砲撃してくれと言われたが……陸軍は味方もろとも撃つ気かな?」
「でしょうね。そうでもしないと二百三高地は元よりロシヤには勝てないでしょう」
「成る程な……陸軍も苦渋の判断なのだな」
将和と永野はそう話していた。そして時刻は総攻撃の時間を指した。
「突撃ィ!!」
『ウワアァァァァァーーーッ!!』
連隊長の号令と共に兵士達は三十年式銃剣を装着した三十年歩兵銃を抱えて一斉に散兵壕を乗り越え雄叫びをあげて突撃を開始した。
突撃を見たロシヤ兵達はマキシム機関銃を筆頭に必死の抵抗を試みる。
「陸軍が突撃を開始しました!!」
「撃ちぃ方始めェ!!」
陸戦重砲隊も十二サンチ砲で支援砲撃を始める。それを尻目に将和は双眼鏡で突撃をする歩兵達を見ていた。
(……この光景をもう一度見るとはな……)
マキシム機関銃で薙ぎ倒されていく歩兵達に将和は目を背けようとしたが歯を食い縛り、彼等の死闘をその目で見続けた。そして幾多の犠牲を経て彼等はロシヤ軍の防衛線に辿り着き、激しい白兵戦を展開する。
「おりゃァ!!」
日本人より体格がデカイロシヤ人に日本軍は柔道で対抗する。ロシヤ兵も自慢の腕力で彼等の命をもぎ取るが彼等は数で押してきた。
兵力が少ないロシヤ軍は一人、また一人とその数を減らしていき、遂に土煙と砲煙に包まれていた二百三高地に高々と日章旗が靡いたのであった。
「………」
一連の戦闘を見ていた将和が双眼鏡を取ると知らずに涙を流していた。それは周りの陸戦隊や永野中尉も同様だった。
そして高崎山には司令部として乃木と児玉達がいた。
「二百三高地山頂と連絡が取れました!!」
「何ッ!? 司令部の児玉じゃ、そこから旅順港は見えるか!?」
児玉は電話を通して二百三高地に問い合わせた。返ってきた返答は嬉々した言葉だった。
『見えます!! 各艦一望の下です!!』
『バンザーイ!! バンザーイ!! バンザァァァァァァァァァァァァァイ!!』
涙を流す観測将校である松永歩兵中尉の周りで二百三高地を攻略した兵達の万歳の声が聞こえてくるのに児玉は安心感を覚えた。
「……落としたな乃木……」
「……そうだな児玉……」
二人はそう呟くと後は何も言わなかった。二百三高地を攻略しただけでロシヤ軍は降伏する事はなかった。逆に他の堡塁から抽出した約一個師団がその日の夜半に夜襲を敢行したのである。
『ypaaaaaaa!!』
ロシヤ軍は雄叫びをあげて二百三高地を駆け登る。しかし、日本軍は勿論逆襲に備えていた。
「撃ェ!!」
銃剣突撃を敢行するロシヤ軍に対し、開戦前に日本軍が採用した保式機関砲が一斉に火を噴いた。保式機関砲から放たれる六.五ミリ弾は突撃するロシヤ兵の命を刈り取る。他にも二百三高地で捕獲したマキシム機関銃が使用され、ロシヤ兵にその威力を発揮させた。
また木製迫撃砲も二百三高地に配備され曲射からの砲撃を加えていた。今まで斜面を這い上がる日本軍に対して散々に悩まし続けたマキシム機関銃を猛射していたロシヤ軍だったが今度は自分達に降り注がれたのだ。
ロシヤ軍は僅かな時間で約半数の兵を失い、指揮官は二百三高地への占領を諦めたのであった。
「これで大丈夫だろう。待っているぞ乃木」
「うむ」
二人は握手を交わして互いの場所に赴くのであった。そして第三軍は引き続き東鶏冠山北堡塁への攻撃を開始した。この攻撃でコンドラチェンコ少将が二八サンチ榴弾砲の直撃を受けて戦死した。第十一師団はニトンの爆薬を使い胸壁を破壊、ロシヤ軍守備兵と激しい白兵戦の末に占領する。
翌年の一月一日、第三軍は重要拠点である虎頭山や望台への攻撃を開始した。対するロシヤ軍は兵力の枯渇、コンドラチェンコ少将の戦死、重要堡塁が陥落した事で士気は落ちていた。
旅順要塞司令官ステッセリは降伏を決意し旅順近郊の水師営で乃木と会見して降伏したのである。漸く陥落した旅順であったが、満州ではロシヤ軍が動こうとしていたのである。
「総参謀長、また秋山支隊からです」
松川敏胤高級参謀が旅順から帰還した児玉にそう報告をした。報告を受け取った松川はうんざりした表情を見せていた。
「騎兵は敏感なのでしょうか? いくらロシヤ軍でもこの冬では動かないと思いますが……」
そう喋る松川だったが児玉は違っていた。
「(……これが黒溝台会戦に繋がる……か)念のためだ。秋山支隊には内地から来た予備の1個独立混成旅団と一個砲兵中隊を送ろう」
「は、はぁ。しかし宜しいので?」
「誤報ならそれで構わない。いない回れ右をして帰ってくればいい」
児玉はそう言って秋山支隊に予備部隊を送った。そしてこれが功を成したのである。
「秋山司令官、何故総司令部はガトリング砲を送ったのでしょうか?」
ガトリング砲を設置している兵達を見ながら秋山支隊の豊辺大作は秋山少将にそう言った。
「いや……児玉さんは中々の事をしてくれた」
「どういう意味ですか?」
「機関銃の威力は旅順で証明されとる。我々が拠点防御方式の戦術を採用しておるからガトリング砲やロシヤ軍から捕獲したマキシム機関銃は絶大な威力を発揮するだろう」
この入れ知恵は前回と同じく将和の一計だった。児玉は内地の倉庫に埃を被って眠っていたガトリング砲十門とこれまでの会戦で捕獲したマキシム機関銃を予め秋山支隊に配備していたのである。
「……児玉さんも来ると思っとるな。陣地の構築を急がせろ。ロシヤは来るぞ」
「は!!」
そして一月二五日、彼等は来たのであった。
御意見や御感想等お待ちしていますm(__)m




