嘘からでた誓い
「妊娠したみたい。」
電話口でそう彼に言った瞬間、智花は自分の人生が大きく動き出す音を聞いた気がした。
妊娠なんて本当はしていない。
交際三年。同棲二年。
最近の翔太は、仕事を理由に帰りも遅く、結婚の話をすると「今はまだ」と笑って流すようになっていた。
「別れよう。」
その一言を翔太の口から聞くのが怖くて、でまかせを言ってしまった。
沈黙のあと、翔太は震える声で言った。
「……責任は取るよ。」
その言葉だけで智花には十分だった。
「ごめん、勘違いだったみたい。」
数日後、智花は「化学流産だったらしい」とさらに嘘を重ねた。
翔太は責めることなく、 「つらかったな。」 と抱きしめてくれた。
その優しさに胸は痛んだが、智花は「これで彼は離れない」と安心してしまった。
それから半年後。
智花は「本当に妊娠した」。
検査薬に、はっきりと二本線。
病院でも妊娠が確認され、彼女は震える手でエコー写真を握りしめていた。
「嘘だと思われたらどうしよう……。」
恐る恐る翔太に写真を見せる。彼は黙って病院の診察券を見つめていた。そして、深く息を吐いた。
「できたんだ。」
「……うん。」
長い沈黙のあと、翔太は笑った。
「結婚しよう。」
派手なプロポーズではなかった。
けれど、智花は泣きながら何度も頷いた。
二人は急いで入籍し、小さな結婚式を挙げた。
周囲からは「授かり婚、おめでとう」と祝福された。
誰も知らない。
その幸せの始まりには、智花がついた一つの最低な嘘があったことを。
ある夜、眠る子どもの横で、智花はぽつりと呟いた。
「ねぇ、彩夏いなかったら、今頃私たち、どうなってたと思う?」
翔太は不思議そうに笑う。
「変わらない、か、結婚してたんじゃない?」
智花は首を横に振った。
「…。」
胸の奥にしまった誰にも言えない秘密は、結婚しても、母になっても消えない。
幸せになるほど、その嘘は重くなっていく。
智花は知った。
誰にも言えない秘密を抱えたまま人生を歩いていく人がいることを。
そしてその秘密は、時に人生を大きく変え、時に一生、自分自身を裁き続けると。




