ぼくにだけ見える空②
「雨のち無風」
その日、家に帰ると、妹のミオがリビングで宿題をしていた。
「おかえり。」
声はいつも通り。
でも、ミオの頭の上には重たい雨雲が広がっていた。
細かい雨が、しとしとと降っている。
風はない。ただ、静かな雨。
(学校か。)
スカイはランドセルを置きながら言う。
「今日、なんかあった?」
ミオは顔を上げる。
「べつに。」
即答だった。
でも雨は止まない。
むしろ少し強くなる。
スカイはミオの前にしゃがむ。
「雨、降ってるよ。」
「なにそれ。」
ミオは笑う。
でも目は笑っていない。
「スカイ、変なこと言わないで。」
その言葉に、スカイは黙る。
強く聞けば、きっと閉じる。
そう思って、引いた。
(言いたくなったら、言うよな。)
スカイは自分の部屋に戻った。
*
夜。
トイレに起きたとき、廊下の向こうから小さな音がした。
すすり泣き。
リビングの隅で、ミオがひとり座っていた。
頭の上の雨は、もう豪雨だった。
「……っ、やだ……」
小さな声。
スカイは立ち止まる。
(今なら、行ける。)
でも、足が動かない。
昼間、ミオに言われた言葉がよぎる。
「変なこと言わないで。」
もしまた拒まれたら?
もし余計なおせっかいだったら?
迷っているうちに、ミオは涙を拭き、立ち上がった。
雨はまだ降っている。
でも、ミオは何事もなかった顔で自分の部屋に戻った。
スカイは、何もできなかった。
*
翌朝。
ミオの空は、雨のあとみたいに静かだった。
雲は薄い。
でも、色が少し冷たい。
「いってきます。」
いつも通りの声。
スカイは言えなかった。
大丈夫?も。
昨日のことも。
見えていたのに。
分かっていたのに。
守れなかった。
その日の夕方、スカイは鏡の前に立つ。
自分の頭の上を、なんとなく見上げる。
そこには、まだ小さな風が吹いていた。
雨じゃない。
雷でもない。
でも、どこか落ち着かない風。
(ぼくは、人の空ばっかり見てる。)
自分の空は、ちゃんと見ていただろうか。
窓の外は晴れている。
でも胸の奥は、ざわざわしていた。




