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異世界に来たのでハーレムを目指したら、女性が強すぎて一歩も進めない件  作者: きなこもち
第5章

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「ロールモデルになるな」


最初に声をかけてきたのは少年だった。

年の頃は十五か十六。まだ背も伸びきっていない。

腰には剣が下がっているが鞘の擦れ方が浅い。柄も手に馴染んでいない。

持っているというより持たされている印象だった。


---


「あの」


名のない男は歩みを止めた。

丘の斜面を下りかけていた足が静かに止まる。


「あなた」


少年は一瞬だけ視線を伏せてから顔を上げた。


「噂の人ですよね」


その言い方は久しぶりだった。

責めるでもなく試すでもなくただ憧れを含んだ響き。


---


セラが反射的に一歩前へ出る。

少年の腰の剣を無意識に確認する。


だが名のない男は小さく首を振った。


「いい」


「話そう」


それだけでセラは引いた。

少年の目がほんの少しだけ明るくなる。


---


少年は深く息を吸い整えてから言った。


「俺たち」


言葉を選ぶ時間はほとんどなかった。


「あなたみたいになりたいんです」


声は震えていない。

真っ直ぐだった。

疑いも計算も利害もない。

ただ理想を見上げる目。


---


「どういう意味だ」


名のない男は静かに問い返す。


少年は少しだけ誇らしげに言った。


「守られなくても」


「自分で判断して」


「逃げずに」


「前に立った人だって聞きました」


それは物語として整理された彼の姿だった。


---


その瞬間。


名のない男の胸の奥で何かがはっきりと冷えた。

誇りでも怒りでもない。

危機感だった。


---


「違う」


即答だった。


声に棘はない。

だが揺らぎもない。


断定。


---


少年が目を瞬かせる。


「でも」


「あなたは」


言葉が途中で止まる。


---


「俺は」


名のない男ははっきり言った。


「真似するな」


短く切るように。


---


沈黙が落ちる。

セラがわずかに目を見開いた。

予想はしていたがここまで明確に拒むとは思っていなかった。


---


少年は困惑したまま言う。


「どうして」


その問いには怒りよりも戸惑いが多い。


---


名のない男はほんの少しだけ言葉を選んだ。

選ぶ必要があると判断したからだ。

そして選び終えて言う。


「俺は」


「失敗しても誰にも責任を取らせなかった」


少年がすぐに言いかける。


「それはすごいことじゃ」


---


「違う」


名のない男は首を振る。


「誰にも責任を取らせなかったから俺が消えられた」


その言葉の意味は重い。


責任を独占したからこそ象徴になり象徴になったからこそ消えるしかなかった。


---


少年は言葉を失った。

自分の中の“英雄像”と目の前の現実がかみ合わない。


---


「俺のやり方は」


名のない男は続ける。


「再現できない」


「条件が揃いすぎている」


「偶然が重なりすぎている」


制度の揺れ。

王女の判断。

均衡派の過剰反応。

仲間の存在。


どれか一つ欠けていても同じ結果にはならなかった。


---


「だから」




「成功例として扱うな」


その言葉は少年の胸に直接落ちる。


---


少年の拳が震えた。


「じゃあ」


「俺たちは」


「どうすればいいんですか」


それは答えを求める問いだった。

道を示してほしいという願いだった。


---


名のない男は視線を逸らさない。


「自分で」


「決めろ」


「俺を見るな」


「隣を見ろ」


隣にいる仲間。

同じ迷いを抱えている者。

同じ失敗を恐れている者。


そこからしか判断は始まらない。


---


その言葉は突き放すようで。

だが依存の逃げ道を断ち切るためのものだった。


---


「あなたは」


少年が小さく言う。


「冷たい」


責めるでもなくただの感想。


---


名のない男は否定しなかった。


「そうだ」


「冷たい」


「だから」


「頼るな」


頼られた瞬間また中心になる。

中心になればまた歪む。


---


少年はしばらく立ち尽くしていた。

何かを飲み込み何かを捨てる時間。


やがて。


「分かりました」


そう言って仲間の元へ戻っていった。


---


去り際少年は振り返らなかった。

呼び止められることを期待しなかった。


それでよかった。


---


その夜。


焚き火の前でセラが言った。


「厳しすぎます」


炎の揺れが彼女の横顔を照らす。


名のない男は即答する。


「ええ」


---


「でも」


セラが続ける。


「彼らは」


「救われなかった」


その言葉にはわずかな痛みがあった。


---


名のない男は首を振る。


「救うな」


「救われる前提を与えるな」


「それが一番危ない」


“誰かが救ってくれる”という前提は判断を奪う。

奪われた判断はいずれ誰かを切る。


---


ミレイア(元商人)が静かに言う。


「彼らあなたを嫌いになるわね」


商人の目は冷静だ。

人気と影響力の相関をよく知っている。


---


名のない男は焚き火を見つめた。


「それでいい」


「嫌われる役割は俺が引き受ける」


象徴になるよりよほど安全だ。


---


遠くで。


少年たちの声が聞こえる。

議論している。

揉めている。

誰かが泣き誰かが怒鳴っている。


だが。


誰も名のない男を呼ばなかった。


---


それが正しい距離だった。


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