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異世界に来たのでハーレムを目指したら、女性が強すぎて一歩も進めない件  作者: きなこもち
第2章

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32/33

失う側に回る それでも続けるために

決断は、人目につかない場所で行われた。


王城の地下、記録保管庫。

石造りの通路の奥にある、古い書庫だ。高い天井まで積み上げられた棚。木箱に詰められた記録文書。空気は乾いていて、埃と紙の匂いが混ざっている。足音がやけに響く。


人の気配はほとんどない。


(ここでいい)


俺は、積み上げられた木箱のひとつに腰を下ろした。

向かいに立つのは、王女アリシア。

その少し後ろに、エリス。


三人だけ。


逃げ場も、観客もいない。


「反対派は」


アリシアが静かに口を開いた。


「制度実験の即時停止を求めています」


声は落ち着いているが、内容は重い。


「理由は理解していますね」


「はい」


俺は頷く。


「軍事予算の圧迫。人員配分の歪み。それから象徴化の危険」


アリシアがわずかに目を細める。


「ええ。あなたが中心人物に見え始めている。それは、致命的です」


否定できなかった。


街でも議会でも、いつの間にか俺の名前が制度と結びついて語られている。

それが、反対派の攻撃軸になっている。


「だから」


アリシアは、はっきりと俺を見る。


「あなたに選択肢を提示します」


提示。

命令ではない。


「一つ。制度実験から完全に降りる。あなたの存在を切り離す。反対派は“目的”を失います」


つまり、俺を切り離して制度を守る。


「もう一つ」


「あなたが前に出る。公に語り、矢面に立つ。その場合、制度は長くは持たないでしょう」


俺が象徴になる。

そして制度ごと叩き潰される。


「私は」


アリシアは静かに続ける。


「あなたに前に出てほしくありません。ですが、それを選ぶなら止めません」


重い沈黙が落ちる。


エリスが口を開きかける。


「俺は――」


だが、言葉が続かない。

彼女は視線を落とす。


(言わせるな)


俺は深く息を吸った。


(ここだ)

(ここで間違えたら、全部壊れる)


「降ります」


自分の声が、やけに大きく響いた。


胸の奥が、ずきりと痛む。


アリシアが目を伏せる。

エリスが小さく息を呑む。


「制度実験から、完全に降ります。監督もしない。助言もしない。現場にも顔を出さない」


一つずつ、はっきりと言う。


「理由は?」


アリシアが確認する。


「俺がそこにいる限り、これは“男を救う男の物語”になる」


地下の空気が、さらに重くなる。


「それは、反対派の正論を強化するだけです。“男が制度を歪めている”という構図を、自分で作ることになる」


アリシアは小さく頷いた。


「自覚はある、と」


「はい」


だからこそ、降りる。


「その代わり、失います」


エリスが顔を上げる。


「何をだ」


「立場を。居場所を。信用を」


はっきり言う。


「俺は、制度の中でも反対派の中でも、どちらにも属さない存在になります」


つまり、味方がいない。


エリスの声がわずかに震えた。


「それは、一番孤立する」


「はい。でも制度は続きます。制度が残るなら、俺一人が余剰になる方がマシです」


言い切った瞬間、胸がひりついた。


アリシアはしばらく考え、そして静かに告げた。


「分かりました。あなたの決断を受け入れます」


「公式には、あなたは“試験的施策とは無関係な観測対象”。事実上の後退です」


「構いません」


「失う覚悟は?」


「あります」


怖くないわけではない。

だが、嘘ではない。


---


その日の夕方、王都に通達が流れた。


《試験的施策に関する関与者の再編》

《特定個人の関与は確認されていない》


俺の名前は、どこにもない。


噂はすぐに変わる。


「あの男、消えたな」

「やっぱりやりすぎだったか」

「口出ししてただけだろ」


英雄でもない。

怪物でもない。


今度は、無関係な男だ。


---


夜、宿の部屋。


エリスが訪ねてきた。彼女はまだ階級章を外したままだ。


「本当に、それでいいのか」


「はい」


「私は」


彼女は言葉を探す。


「守れなかった」


「違います」


俺は首を振る。


「守ってくれました。“前に出ない”って選択肢を、許してくれた」


エリスはしばらく黙り込む。


「騎士としては、最悪の判断かもしれん」


「そうかもしれませんね」


「だが」


彼女は顔を上げる。


「人としては、誇れる」


その一言で、胸が詰まった。


---


翌日。


俺は倉庫街に行かなかった。

少年にも会わない。


約束通りだ。


偶然も、作らない。


遠くから街を眺める。

誰も俺を探していない。


制度は、静かに回っている。


医療窓口も、雇用区画も、俺がいなくても動いている。


(これでいい)


主人公が前に出ない物語。

希望を語らない物語。


それでも、誰かが切り捨てられなかったなら。


その裏で、一人くらい消えてもいい。


俺は、自分でその位置を選んだ。


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