反発勢力の台頭
最初に異変がはっきりと表に出たのは、王城内の議会だった。
白い石で造られた円形の会議室。高い天井から差し込む光が、長い机の上に並ぶ書類を照らしている。その中央、王女アリシアの前に、一枚の請願書が静かに置かれた。
提出者は「国防強化派連盟」。
構成員の大半は、前線経験を持つ女性将校や現役の魔導騎士たちだ。
(これは)
アリシアは内心でそう思いながら、表情を崩さずに書面を読み上げさせた。
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「――我々は、現行の試験的施策に強く反対する」
発言したのは、灰色の軍服を着た女性だった。背筋が伸び、声は低く、無駄がない。
ヴァレリア・グラント。
元戦線指揮官。現在は議会軍事顧問。
「“守られない男性の出口”?聞こえはいい」
彼女は一度、会議室を見渡した。
「だが、それは戦力の浪費だ」
室内の空気が、ぴたりと止まる。
ヴァレリアは淡々と続けた。
「この国は、女性が強く、男性が弱い。それは感情ではなく統計だ」
彼女の背後の水晶板に、数字が投影される。
戦死率。
出生率。
魔力適性の平均値。
「限られた資源は、強い者に集中させてきた。その結果、我々はこの国を守れている」
机を軽く叩く。
「弱い男性を保護し、医療を与え、雇用枠を用意する。それはつまり、強い女性から奪っているということだ」
誰も反論しない。
言葉が、正確すぎるからだ。
「前線では仲間が死んでいる」
ヴァレリアの声が、わずかに低くなる。
「その裏で、戦えない男に居場所を与える?」
視線が、まっすぐアリシアに向けられる。
「それは、誰のための国だ」
重い沈黙が落ちた。
冷たく、理屈が通っている。
間違いではない。
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その頃、俺は王城外の詰所に呼び出されていた。
理由は、はっきりしている。
「あなたが、張本人だ」
エリスが苦い顔で言う。
「反対派が、正式に表に出た」
「予想はしてました」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「相手は感情論じゃない。軍事と数字で殴ってくる」
「はい」
分かっていた。
遅すぎるくらいだ。
「俺、何か言うべきですか」
「今は動くな」
即答だった。
「ここで前に出れば、“男のために制度を歪める男”になる」
「それ、事実じゃないですか」
「事実でもだ」
エリスは低く言う。
「象徴になった瞬間、負ける」
その言葉に、背中がひやりと冷えた。
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数日後、反対派は街に出た。
演説は整然としていた。
声明文は理路整然。
論文まで出された。
どれも冷静で、感情を煽らない。
「我々は男性を憎んでいない」
「ただ、現実を見ろと言っている」
「強い女性が戦い、弱い男性は守られる。それがこの国を支えてきた」
酒場でも、その話題が出る。
「まあ、確かに」
「前線の人が言うならな」
「甘やかすなって言われても」
批判は個人に向かっていない。
英雄叩きでも怪物叩きでもない。
構造批判だ。
それが一番、厄介だった。
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その夜。
王女アリシアは一人、書斎で資料を並べていた。
反対派の試算。
制度実験の成果。
医療利用率の改善。
犯罪率の低下。
どれも事実だ。
だが同時に、軍事予算の圧迫や人的再配置の歪みもまた事実だった。
(どこかで、必ず軋む)
ノックの音。
「入れ」
エリスが入ってくる。
「殿下。例の男が、何か言っているか?」
「いいえ。何も」
アリシアは目を細めた。
「それが一番厄介ですね」
エリスが一歩進み出る。
「反対派は、彼を切り捨てるつもりです。“象徴”として」
「分かっている」
アリシアは静かに言った。
「だから彼を前に出さない」
「この争いは、制度と制度の戦いにする。個人を盾にしない」
「可能でしょうか」
「難しい」
即答だった。
「だが、それをやらなければ」
一拍。
「この国は、“正論で人を殺す国”になる」
エリスは黙って拳を握った。
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翌朝。
俺の元に、匿名の文書が届いた。
《男を甘やかすな》
《戦えないなら、口を出すな》
《守られる側は、黙っていろ》
紙をゆっくり机に置く。
(始まったな)
暴力ではない。
脅迫でもない。
正論による排除だ。
俺は深く息を吸った。
(ここからが本番だ)
反発勢力は間違っていない。
だからこそ、こちらも感情では返せない。
次に必要なのは、単なる対案ではない。
誰が、何を失うのか。
どの犠牲を、どこまで引き受けるのか。
それを、はっきり示す覚悟だった。




