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アリスは剣の天才です

第1話

「アリスは剣の天才です」





剣と魔法、そして様々な魔物が跋扈する世界"ファンタジア"。その世界で最も広大な土地を有する大陸、ミリティア大陸。その王都ではなく、辺境の地ガーフィールド領、領主の屋敷。

朝の風が緩やかに頬を撫でる感触を、窓を開けて瞳を閉じて感じ入る。アリス・ガーフィールド、齢9つの令嬢。屋敷の誰よりも早く目覚め、自室から眺める景色を愛でていた。窓から離れ、大きな姿鏡に映る自分を見る。淡い水色の髪を腰辺りまで伸ばし、寝起きにも関わらず自他共に認める愛らしい容姿。長いまつ毛に淡い紫色の瞳、氷のような艶やかな透明感溢れる肌。血色の良い小ぶりな唇。

「よし、今日も私は可愛いです!」

見目の麗しさと、自分の力や秀でた容姿を自ら認める中身のギャップが少々残念ではある。

そんな彼女の自室の扉から、ノックの音が聞こえた。アリスの目は自然とそちらへ向けられる。

「お嬢様おはよう御座います、アンナです」

「おはよう、入っていいわ」

言葉を受け、アリス付侍女のアンナが入ってきた。綺麗に整った侍女服を着こなす、小動物を彷彿とさせる愛らしい女性だ。身の回りの世話のほとんどを担当し、アリスにとって無くてはならない存在。

「朝の身支度をしますよお嬢様」

「えー、このまま髪だけ結って訓練ではダメなの?」

「いけませんお嬢様。訓練があるとはいえ、それは身支度を蔑ろにして良いということではございません」

そう言うと、頬を膨らませるアリスをあっという間に寝間着から着替えさせ、慣れた手つきで髪を整える。お洒落に無頓着で面倒くさがりなアリスだが、それを幼少期から支えるアンナは知らずの内に凄腕の侍女になっていた。

「本当に可愛いらしい容姿ですし、お嬢様らしい格好をされれば王都にもその噂が届くでしょうに、勿体ないです」

「私が可愛いのは、私と家族が知ってれば問題ありません。それに届くならば剣の腕であって欲しいです!」

「それが勿体ないと言うのです。あぁ〜もっと色んなヘアアレンジなどお化粧などドレスなどー」

「アンナ。ガーフィールドに生まれたら、その手のものと無縁なのは仕方ないでしょ?でも、アンナに色々考えてもらえるのは嬉しい」

「ん"っ!!」

アリスの満面の笑みを受け、アンナは身悶える。

「はぁー、天使様ありがたやー」

「な、なに言ってるの。拝むのはやめてよ、アンナまで兄様達みたいに変になったら嫌だよ」

アンナの態度に赤面してしまうアリス。この屋敷にいる者は皆、程度の大小はあれどアリスを溺愛している。その筆頭は父エドガーと、兄のアレックス。最早信者のような勢いで愛でられ、そのむず痒さにアリスはすぐ赤面してしまう。その素振りすら、周りを魅了してしまう。現にアンナは、まるで子供が人形にするように優しく抱きしめている。

「もうアンナ!朝ごはんを食べないと、今日も訓練なんだから!」

「いいじゃないですかお嬢様。今日は一日私とのんびりする日にしましょうよ〜」

「それが侍女の言うことですか、おバカちゃん!」

デレデレ顔のアンナに、呆れるアリス。優しい抱擁を解き、連れ立って部屋を出る。この屋敷はガーフィールド家と使用人達、それから父エドガーが有する私兵の何名かで生活している。来客は滅多にないが掃除は行き届いており、使用人達と主人との関係性の良好さが見て取れる。アリス自身、屋敷の皆を年上の家族のように慕っている。

『おはよう御座いますお嬢様』

「おはよう!」

食堂へ向かうまでの間、すれ違う使用人達にも屈託のない笑顔で挨拶を返す。その度にアンナが宙を見上げ妙な声を上げるが、最早慣れたものだ。

食堂に到着すると、目に入ってくるのは窓から入る陽と、何故か既に用意されている朝食。この屋敷の朝は早い。

お気に入りの定番メニュー、パンとベーコンエッグを前にどうしても気分が上がる。

「おはよー!!!マイエンジェル!!お兄様だよぉ!!」

アリスとアンナに次いで食堂に飛び込んで来たのは、アリスの兄。アレックス・ガーフィールド。いずれは父エドガーから家を継ぐ立場だが、アリスに向ける蕩けた顔からは想像が出来ない。

「おはよう御座います、お兄様。朝から元気すぎませんか?」

「もー、アリスの顔を朝から見られたら元気大爆発に決まっているじゃっ、ないか!!」

『わかるぅ〜』

朝から語気の強いアレックスに気圧されつつ、使用人達の共感の声に戸惑いの顔を隠せない。

「ほらほら、朝ごはんを楽しもう」

アレックスは自然にアリスの手を取り、席までエスコートしてくれる。金髪に淡い紫色の瞳、細身の身体だが剣の腕はエドガーのお墨付き。黙っていればまるで王子様、戦えば烈火の如く。だがアリスの前ではそれら全てが台無しに溶けてしまう。

アリスは唇を尖らせ、アレックスの顔を見る。

「兄様、エスコートして頂かなくても自分で席に着けます!もう9歳ですし、子供じゃありませんよ!」

「え?結婚しよう?嬉しいけど兄妹じゃダメなんだよぉ!でも気持ちは一緒さ!!」

「耳を患っていらっしゃるの?」

「あぁもう!なにを言っても愛らしいなアリス!」

「も、もう分かりました。早く朝食を」

「おはようアリス、アレックス」

2人に向けられる、優しく心地の良い低音。まだ寝起きの為か、銀色の髪が乱れている。ガーフィールド家当主、エドガー・ガーフィールドは愛する家族に微笑みかける。

「おはよう御座います、お父様」

「お父様?」

「へ?私、なにか間違えましたか?」

エドガーの顔が一気に険しくなる。アリスは慌てるが、アレックスは不機嫌そうだ。

「パパでいいのにぃ〜」

「ちょっと父上!アリスを困らせないでください!多感なお年頃なんですよ!」

エドガーはアリスにデレデレな笑顔を見せたかと思うと、アレックスに対しては悪戯っ子のようなニヒルな笑みを向ける。

「なんだぁアレックス嫉妬か?そりゃお前より俺の方が筋肉がデカいからな、アリスはヒョロいのよりゴツいのが好きなんだぜ」

「し、し、嫉妬などしておりません!父上よりも、僕の方がアリスに愛されておりますぅ!な?そうだよな?アリス」

懇願するような目をアリスに向けるが、今朝のアリスは少しアレックスに意地悪をしたい気分だ。

「兄様もお父様も、アリスは同じように愛しております。ただ、男性はお父様のような屈強な方が好ましいです!」

「そ、そんなぁアリスぅ!」

事実、エドガーはかなり恵まれた体躯をしている。シャツを一枚着ているだけのラフな格好では、あらゆる筋肉が激しく主張する。それでいて顔立ちも整っており、一家お揃いの淡い紫色の瞳、辺境伯の位を頂く程の戦闘能力。それも子供達との朝食風景では形無しである。

「旦那様もアレックス様も、お戯は程々になさいませ。朝食が冷めては料理長らが可哀想です、どうぞお召し上がりください」

「ん、それもそうだな。アレックスで遊ぶのはまた後にするか。すまんな、グライト」

エドガーの脇に控える、執事グライト。長年エドガーに仕える身の為、ガーフィールド家使用人達の長の立場だ。白髪に柔らかな物腰で、好々爺の印象を受ける。その実、エドガーと共に剣の腕を磨き、数多くの戦場でエドガーを支えてきた。執事業に専念する為一線を退いてからも、アレックスに戦闘の何たるかを叩き込み、アリスの訓練を監督することになっている。その為ガーフィールド家の緩んだ空気を締める役割を担うことが多く、アリスからは憧れの眼差しを向けられる数少ない人物である。

アレックスを揶揄い、楽しんだエドガー。満足そうに席に着き、ガーフィールド家の朝食がようやく始まる。

「そういえばアレックス、明日から遠出だが準備はどうだ?」

「万端ですよ、父上。今日の魔物討伐で調子を整えられればと思います」

「お前も大分森に慣れてきたな。ガーフィールド家には、魔の森は欠かせない場所だ。もっと経験を積めば家長を譲る日もそう遠くないだろう」

「それは気が早すぎます。僕にはまだまだ、森の深さに飲まれてしまいそうですし」

アリスに惚けている時と打って変わって、2人の眼差しは真剣だ。魔の森とは、この屋敷の裏手側にある大規模森林地帯。そこにはあらゆる種の魔物がおり、その魔物達が人に害を為さぬように牽制の意も込めて、ガーフィールド家は代々魔物討伐を行なってきた。

「私も私も、もう少し訓練を積めば森に入る許可をもらえます。ですよね、師匠!」

「そうですね、アリス様の剣の才は正に天賦のもの。もう直に旦那様方に同行出来るようになりますよ」

「ほう、アリスならば早いと思っていたが。もう、か」

エドガーが感嘆の声を洩らす。ガーフィールド家の人間として、森で魔物を相手に研鑽を積むのが何よりの憧れ。女子でありながらアリスも例に漏れず、師匠と敬愛するグライトに師事を仰ぎ、森に入る日を待ち焦がれていた。

「だがアリス、基礎を怠らないようにな。グライトが良しと言うまで許可は出来ないからな。こればかりは我が家の天使でも甘い顔は出来ない。でも嫌われたくないぃぃ!」

「お父様泣かないでください!しっかりと心得てますし、そんなことで嫌ったりしません!」

あまりに豪快に涙を流すので、流石に宥めるアリス。

「本当!?パパ嬉しいー!」

「これが退魔の戦士エドガーの姿とは、見たくありませんでしたな」

「なにか言ったか!?グライト!」

「いいえ、なんでも御座いませんよ旦那様」

表情の変化が目まぐるしいエドガー。それに苦言を呈し、澄まし顔で流すグライト。流石は長年の相棒だけに、中々呼吸の合ったやり取りを見せる。そんな2人のやり取りがアリスは大好きで、思わず頬も緩む。

エドガーの暖かな心根がそうさせるのか、不思議とガーフィールド家には人が集まる。現状魔の森の魔物に対するのは、国から派遣された少量の軍。その他をエドガーの私兵が占めている。元々は流れの傭兵であったものがほとんどだが、国の為に日々森で魔物と戦う姿に感銘を受け、我こそ一の子分にと屈強な男達が集い、そのまま領内に住み着いた。

その結果領内の治安は向上し、延いては魔物の侵攻に充分対応出来る為国の治安向上にも繋がる。もちろん例に漏れず、皆アリスにはデレデレである。

朝食を終えると、エドガーとアレックスは手早く出立の準備を済ませた。アリスは屋敷の庭で訓練の為、いつも2人とたくさんの兵達を正面玄関で見送るのが日課だ。

煌びやかな黒を基調とした甲冑のエドガーと、青い鎧のアレックス。馬上からアリスに手を振る。

2人はもちろんアリスから離れる為寂しそうにするのだが、この時はアリスも年相応に寂し気な表情をする。

「いってらっしゃい、お父様、お兄様」

「応、行ってくるぞアリス。怪我に気をつけろよ」

「グライトに意地悪されたら、すぐに兄様に言うんだよ!」

この言葉には流石に苦笑する。

「私を一体なんだと思われているのかアレックス様」

「グライト師匠は意地悪などなさいません」

「アレックス様、私が常に目を光らせておりますから。ご安心ください!」

アンナにそう言われて、アレックスは満足そうに頷く。アリスとグライトは、それを言うアンナが一番不安なのだと言う言葉を飲み込んだ。

遠ざかっていく馬群と家族の背中。朝の恒例の景色を見ながら、アリスはあることを思い出していた。


それは4年前の誕生日のこと。慣習により、男児は4つの歳に女子は5つの歳に、稽古用の案山子に木剣で一太刀を見舞うという行事がある。ガーフィールドの新たな戦士の誕生を祝し、家と国の繁栄を願う行事だ。

2つ年上の兄アレックスは、エドガーの背中をよく見て育った為、男児とは思えぬ見事な一振りで大人を驚かせた。

そしてアリスはその行事の時、初めて訓練用の木剣を握った。何かが湧き立つのを感じた。血なのか士気なのか、剣を握った瞬間に形容し難い何かが全身を駆け巡った。これをどう扱えば良いのか直感が告げる。どう握るか、どう振るうか。

エドガーを始めとした、周りで見守っている大人達も雰囲気の変容を肌で感じ取っていた。辺境の天使アリスから、只ならぬ強者の士気が溢れている。

それを認識した刹那、アリスは案山子に向かって弾けるように地を蹴った。エドガーですら見切れぬ速度、その場の誰にも見えない抜剣からの一振り。アリス当人ですら無意識のうちの、全力の一振り。案山子はその姿を保てるはずもなく、5歳の女児が大人も使う案山子を木っ端微塵に吹き飛ばした。

『ハッ!?わ、わたしなにを?』

思わず全力でやり切った後に、ようやく正気に戻ったアリス。周りの大人達は目を丸くして、驚きのあまり声も出せずにいる。

「おとうさま、アリスすごい?」

なるべく怪しまれぬように、こてっと可愛らしく首を傾げながら尋ねる。

「すごい!すごいぞアリス!流石我が家の天使だ!!」

「やったぁ!」

遅れて辺りは歓声に包まれる。興奮したエドガーに抱き抱えられ、アリスは皆に祝福された。先程の首を傾げる様の破壊力により、アレックスは感涙しアンナは鼻血を噴いて卒倒していたのは後日知った。

アリスの運命はその日、大きく動き出した。木剣を握った高揚状態の中、朧げに思い出した。自分の前世がかつて、戦姫いくさひめと恐れられた騎士であったこと。その当時研鑽と才能で会得した剣技は、全盛の状態より劣るがある程度は扱えること。何よりも、剣を振るう速度は前世とそう変わらないことと、魔法はからっきしなこと。

バンカーの戦姫、メイフィード・バンカーはアリス・ガーフィールドに転生した。その類稀な才能を引き継いで。



だが、全てを思い出した訳ではなかった。まるで、靄がかかったように分からないことがある。転生したということは恐らく死亡したのだろうが、どのように誰に殺されてしまったのか。何の因果でアリスとして転生したのか。騎士以外の生きる道もあったのではと夢想したこともあったが、バンカーの戦姫の異名からは逃れられなかった。

前世の朧げな記憶を思い出してからのアリスは、ある一つの決意をしていた。

「もう一度。またもう一度騎士になろう、また誰かを守れる好機が巡ってきた」

再び、他者を守れる騎士になること。アリスとしての人生は、再びその気持ちを体現出来るチャンスと思う事にした。

そうなれば、前世よりも速く強い剣を振るえるように基礎的な訓練を怠らないこと。それを蔑ろにしては、戦姫の剣技はその真価を発揮出来ない。そして極力、案山子には手加減して打ち込む。だが手加減する分、速く様々な剣筋で打ち込む。

グライトに早くに師事を仰いだのだが、断られると思っていたのは杞憂だった。それはガーフィールド家という魔物討伐の一家というのが幸いし、相談したエドガーとアレックスも好意的な反応。寧ろ早く森に入れるよう励むべきと、叱咤してくれた程だった。

そして今日も、互いに木剣を持った師弟は庭先で見合っていた。

「アリスお嬢様。どこからでもどうぞ」

「今日こそお昼のクッキー増量を頂きますよ。胸を借ります」

アンナが手を合わせ祈るような姿勢で見守る中、アリスが駆けた。上から振り下ろす一撃、手加減しているとはいえ難なく受けられる。切り結んで拮抗し、今度は横に薙ぐ。それもグライトには許容範囲で、顔色一つ変えない。切り結んでは離れ、何度か打ち込む。呼吸はまだ乱れない、日々の鍛錬の成果を感じる。

「出し惜しみして倒れるグライトではありませんぞ」

「まだまだ、これからですッ!はぁッ!」

力み声と共に少し力を入れて打ち込むと、ようやくグライトは少し焦りの表情を浮かべた。

『何たる膂力か。ここからまだ更に剣が速くなると考えると、末恐ろしい』

「あぁッ!」

グライトは考えを巡らせながらも、巧みな技でアリスの剣を手から弾いて見せた。ぐるぐると回転し、木剣は遠くの地面に落ちた。

「わ、私のクッキーがぁああ」

「ほっほっほ、まだまだ若い者には負けませんよ。しかし、9歳のお嬢様とは思えぬ強さです。ガーフィールド家の未来は明るいですな」

「そう言って頂けるのは恐縮ですが、負けは負けですね。面目ありません師匠」

申し訳なさそうにするアリスに、グライトは首を横に振る。

「負けも経験に御座います、お嬢様」

「失礼します、アリスお嬢様」

2人に声をかけたのは、アンナとは別の侍女。

「マリー、お母様がお目覚めなの?」

「はいお嬢様。その元気なお顔を是非奥様にお見せください」

優しい笑みを浮かべる、侍女マリー。彼女はアリスの母、カーラ専属の侍女である。

「師匠、少し失礼します」

可愛らしくお辞儀して、アリスは慌ただしく屋敷の中へと戻っていく。

「あまり慌てると転けますよ!」

「もう!そんなに子供じゃないですよー!」

その返事が既に愛らしい子供のようだ。カーラは生まれつき身体が弱く、一度体調を崩すと長引きがちで、ベッドから起き上がれないこともしばしば。そんなカーラを甲斐甲斐しく世話するマリーに、アリスは一際感謝している。

「あっ、お母様!寝てなくていいの?」

カーラの部屋は2階にあるのだが、アリスが屋敷に入ると階段を降りている最中だった。アリスの後ろに続いていたマリーが、慌てて支えにいく。

「奥様!ご無理なさいませんように」

「ごめんなさい、マリー。けど大丈夫よ、今朝はなんだか調子が良いのよ。エドガーとアレックスの見送りには間に合わなかったけど、私のお星様に会えた」

お星様。カーラがアリスの髪を見て、まるで星が煌いているように美しいと愛でた。それ以来、お星様という特別な2人だけの愛称を呼んでくれるようになった。アリスはこの愛称が好きだ。そう呼ぶ時の母の、慈愛に満ちた目と声が好きだ。

綺麗な金髪に、艶やかな茶色の瞳。いつもは血色が良くないのだが、今朝は本当に調子が良いらしい。しっかりとした足取りでアリスに歩み寄り、抱きしめる。

「あぁ、アリス。私の可愛い可愛いお星様」

「お、お母様。私さっきまで訓練していましたから、汗がぁ」

「ぜーんぜん気にしない。あなたが元気なのが一番よ」

優しく語りかけ、頭を撫でてくれる。気恥ずかしさはあるが、こういう暖かな時間はアリスの心を程よく癒してくれる。カーラもまた、アリスを愛でて癒されてくれている。微笑む顔は本当に幸せそのものだ。

「お母様私ね、またグライト師匠に勝てませんでした。お昼のクッキー増量がまた叶わなかったんです!」

「あらー、それは大変ね。ほっぺがぷにぷにだわ」

「ちょ、もうお母様ったら。ほっぺは関係ありません」

カーラはアリスの頬を指で突き、ぷにぷにの感触を味わう。マリーもニコニコ見守る微笑ましい光景なのだが、アリスは膨れっ面だ。

「子供扱いは、やっ!です。もう、甘えん坊のお母様なんだから」

「ふふ、そうねぇ。まだまだアリスに甘えていたいわぁ」

「まったくしょうがないですねぇ。まだ訓練があるから、お母様また後でね。マリー、お母様をよろしくね」

「はい、承知しました」

丁寧に返すマリー。その言葉を受け、お辞儀して再び訓練へと戻っていく。

「気をつけてね、アリス」

その後カーラはマリーに支えられ、テラスからアリスの訓練を見守った。

それから日々は移ろい、アリスは10歳を迎えた。手の抜きの匙加減も上手くなっていき、圧倒しすぎずグライトとの試合をこなし、森への立ち入りを許可されるようになった。










続く






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