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カゲロウオイ

作者: 海山 里志

 あら、お客さん、いらっしゃい。まあ、そんなに汗をかいて……、外はやはり暑いですか? 陽炎が立っていた? それはそれは。どうぞ涼んでいってください。アイスコーヒーでよろしいですね?


 はい、どうぞ。それで、お客さん? 先ほど『陽炎が立っていた』と仰ってましたね? まさか、追いかけられたりはしてませんよね? いえ、実は陽炎について、面白いお話を知ってましてね。そうだ! お客さんを涼ませるついでに、一つ披露致しましょう。


     *     *     *


 陽炎ーーええ、お客さんもご存知の通り、遠くに水溜りのようなものがゆらめいて見える現象です。普通だったら、追いかけても、追いかけても、決して追いつくことはありません。でも考えたことはないですか、もし、あのカゲロウに追いつくことができたらと?


 実は、追いかけて、追いかけて、追いついてしまった人がいたんですよ。その人、何を見たと思いますか?


 その人が見たのは、天を映すほどの澄んだ水溜りでした。そしてその人は、その水溜まりを覗き込んでしまったのです。


 そこに映し出されたのは、若き日の自分の姿でした。その人はしばしその虚像に見惚れてしまいました。だからでしょうね、自分の像の隣に、漆黒の影が映り込んでいるのに気づくのが遅れたのは。


 その人は慌てて飛び退きました。でもそこに、自分以外誰もいません。いえ、その人独りというわけではなかったんです。そこには、一匹の黒いカゲロウーーそうです、虫の蜉蝣ですーーがいたんです。


 蜉蝣には、二つの特徴があります。一つは、きれいな水のあるところにしかいないということ、もう一つは、寿命がとても短いということです。


 そしてその蜉蝣は、その人の左手の小指に留まりました。気がつくと、その人は元いた場所に戻ってきていたんです。


 ところでお客さんは、「テセウスの船」という問題をご存知ですか? ええ、あの、「全ての部品が交換された時、その船は元の船と同じと言えるのか」という問題です。実は蜉蝣には、「再生」というスピリチュアルな意味もあるんですよ。でも、そう考えると、カゲロウを追う前のその人と、戻ってきたその人、果たして同じといえるんでしょうか?


     *     *     *


 どうです? 面白い話でしょう? ああ、そうそう、一つ言い忘れていたことがありました。そのカゲロウに追いついた人、実は私なんですよ。どうされました、そんな蒼い顔されて? もうお帰りですか? そうですか。では、お会計を。喫茶カゲロウ、またのご来店をお待ちしております。

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