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マイラ・グランヴィルは振り回されて3

 確かに彼女のやってきたことは悪辣にも程がある。端から見れば性格も最悪の一言で、他を蹴落とすためならばおよそどのような手段をも用いる女性だった。

 だがそれは主人公という光のような存在によって、魔術の使えない自身の立場や周囲の目、そして婚約者すらも取られようとした一人の女性なりに抵抗したが故のことだ。真正面から対抗出来るならばそうしているが、このゲームの主人公は魔術の天才であり、また隠れた才能として格闘技のセンスもある。どれだけ望んでも手に入らない魔術の才、そして貴族の令嬢として育てられてきたマイラが自身の実力だけで排除出来ない一般市民がゲームの主人公だ。第一王子の婚約者としての地位を剥奪された彼女の行く末などぞっとしない。

 マイラ・グランヴィルは必死に抵抗していたのだ。戦っていたのだ。だけれども彼女が手を尽くせば尽くすほど周囲から人がいなくなり、その最期は必ず独りとなる少女の運命。どうしたら彼女を救えるのか。彼女の周囲にいる人間は誰も彼女を救わないのなら、今度こそマイラ・グランヴィルが救われるハッピーエンドがあってもいいではないか。

(もちろん弁えているわ。『彼女』は私に手を下していない。『彼女』自身は脅威になり得ない)

 問題は主人公たる『彼女』と攻略対象たる人間が手を組んだ時だが、今回のマイラは『彼女』の前で悪辣な手を使うなんて事はしない。実際、今まで聞こえてくる評判は――魔術を抜かせば――概ね良いことばかりだ。

「よし、概ね理解した。マイラ、もう少し付き合え」

「まだですか……これでもやることはそこそこあるのですが」

「心配すんな。今までの仮説を聞いてもらって、矛盾があれば指摘してもらうだけの簡単な仕事だ」

「仕事、ですか。命令でしょう?」

「どちらも差違はねぇよ。何しろ俺は王族だからな」

(なんていう傲慢な。まだマイラの身体を振り回すつもりだなんて)

 この肉体は推しの身体だ。今は自分が主人格となっているのだが、やはりマイラ・グランヴィルという少女のものであるという認識が消えることは無い。無いからこそ推しには幸せになってもらいたいと願うのだ。

 それは主人格でありながら、まるで空の上から物事を眺め続けているかのような感覚に似ている。

「……明日にしてもらえませんでしょうか? さすがに今日はもう疲労が溜まっていて考えが回りませんの」

「おやおや、さすが第一王子の婚約者。第二王子とはいえエドアルド様に対してなかなかの豪胆っぷり。これは面白いですね」

「何がだアズヴァルド。ち、仕方ないか。いいぜ、明日にしてやる。今日はもう部屋に戻れ。どうせまだ帰宅命令が出てないんだろう」

「ええ、軟禁状態ですわ。王子様が連れ回していただいたおかげでこうして王宮魔術研究所まで見学できましたが」

「口の減らない奴だ。――いいか、すぐに部屋へ戻れ。そして今日は一歩も出るなよ。うろちょろしているところを見かけたら容赦せんからな」

「承知しましたわ」

 両手の指で緩やかにスカートを持ち上げて頭を下げると、エドアルドは一応納得したのか、マイラから視線を外してアズヴァルドへと振り返る。

「魔術紋による調査はまだ実施中なんだろ?」

「もちろんです。所内の人間にも注意を払うことにしましょう。ところで王子は彼女を部屋に連れて行くつもりですか?」

「あぁ? 何で俺が」

「では私がお連れしましょうか」

「お前の部下にでもやらせればいい。俺はもう一度現場に戻り痕跡を調べるつもりだ。例えどれだけ工作をし隠蔽を施そうが、現場に何一つ証拠を残さないってことはできねぇ。特に殺され方をもう一度洗い直せば兄貴がどういう体勢で致命傷を負ったのか、そいつを調べるのは俺にしかできねぇことだからな」

(エドアルドにしかできない方法? そんなものあるのかしら?)

 もし本当にその様な手があるのだとしたら。

(――危険すぎる。あの場では逃れたものの、それは殺し方を誰も観ていないからという条件があった。もしこの王子が何かしらの魔術でそんなことが可能なら、フィリップの位置、体勢、手の位置、足の位置から私が殺したということが判明するかもしれない。けど、そういう魔術ではないかもしれない。迂闊に動くのは危険だけれど、調べる必要はある)

 問題はどうやって調べるか、ということだ。

 自分自ら城の中を動くのは不自然だ。しかも当のエドアルドから直々に部屋の中から出るなと命令されているのもあり、迂闊な動きをしようものならこの敏しい王子はすぐさま疑いの目を向けるだろう。いや、すでに向けている最中かもしれない。だからこそ部屋を出るなと厳命しているのだ。

(私が動く必要は無い、か)

 ならばと、マイラは視線を下げる。彼らに目を向けていては考えに集中できない。

「――ラ、マイラ、おい!」

「は、はいッ?」

 急に呼ばれて顔を上げる。

「何をボーっとしてやがる。また明日呼ぶからもう部屋に戻れ」

「え、は、はい。そうしますわ」

「やはり私がお連れしましょう。第一王子の許嫁ともなれば、それに相応しい護衛が必要です。とはいえ私では些か荷が重いでしょうが、マイラ様さえ良ければ是非」

「いいえ、とんでもございません」

 王宮魔術研究所の副所長ともなればその天才的な魔術の腕を知らぬ者は王宮に存在しないだろう。噂では剣の腕も立つようで、およそ戦闘面で彼に敵う者は王国内でもまず居ないという噂もある。それほどの者が護衛ともなれば、それこそ王族の身分でもなければなかなか叶わぬことだ。

「なんだ、結局お前がやるのか」

「王子は下手な護衛など不要でしょう?」

「はっ、お前に言われるとはな。ほら、さっさと行け」

「そうですね。ではマイラ様、私の後に」

 アズヴァルドが部屋を出るのに、マイラもその後ろをついて行く。くるりと周囲を見回して落ちている小瓶を見つけ、そっと拾い上げた。

「まぁ、部屋は片付けておいたほうがいいですわ」

「これは失礼を。ああ、お手を煩わせる訳には」

「ここの机においておけばいいのでしょう?」

「はい、後ほど部下に片付けさせましょう」

 ――ほっと一息吐く。

 マイラはアズヴァルドの後を追うように部屋を、そして研究所を出てから城内へと戻る。研究所の独特な匂い――それこそ薬品や嗅いだことのない甘ったるい何かとか目に染みる空気――がない王城は、いざこうしてみると透き通っている空間に思える。広い廊下、王城内を警備する兵士の毅然とした態度、通り過ぎる気品の高い王室仕えの者達も含めての感想だが、一方で研究所よりも窮屈感が拭えない。

「マイラ様はお城が苦手ですか?」

「え?」

 唐突に飛んできたアズヴァルドの問いに、マイラはすぐさま応えられなかった。

「いやなに、少しばかり歩調が変わったように思えましてね。やはりここに戻ると色々思い出してしまうのではないか、と」

「ええ、そうですわね……さすがにそれを嘘と言うのは無理がありますから。それにしても歩調なんて変えた覚えがないのによくお判りに」

「ええ、人の歩みには情報が詰め込まれていますから。武を嗜む者と舞を嗜む者では歩き方が違うように、時に人の感情を露わにします」

(だからって振り返らずに分かるものなの?)

 魔術を発動している様子はない。つまりこのアズヴァルドという人間はどういう理屈か振り返らずにマイラの歩行が変わったことを察知したのだ。

(恐らく耳。とんでもなく良い耳をしてるって考えるのが自然ね。ゲームにはそんな説明無かった気がしたけど、ゲーム情報だけで人生を推し量るほうが難しいってことね。……注意しないと)

 ――殺す前に厄介な能力が知れたのは幸いね。

 決して顔に出さず、マイラは胸の奥深くで思考した。

「さ、部屋に着きましたよ」

「ありがとうございます。お忙しい中、お手を煩わせてしまったようで、今度お礼をさせてください」

「いえいえ、お気になさらず。マイラ様も軟禁状態でお辛いでしょう。今はまずご自分の身のことを案じてください」

 というのも、王子の婚約者でなくなったマイラの人生は白紙状態になったも同然だ。恐らく第二か第三王子の婚約者として扱われるのだろうが、今日出会った限りだと第二王子だけは生理的にあり得ない。

(がさつ、性格が悪い、口が悪い。三拍子揃ってる。ありえないったらありえない。マイラのお嫁さんには似つかわしくない!)

 耳元に入ってくる情報もまた彼女の神経を苛立たせるに足るものだった。その代わり次の手が打てるというものだが――

「どうしましたか?」

「い、いえ、何でもありませんわ。それではごきげんよう」

「はい、失礼致します」

 ぺこりと一礼をして去って行くアズヴァルドを見送ってから、マイラは部屋の中へと入る。もう見慣れたベッド、カーテン、机、椅子、そして。

「お嬢様ぁ!」

 抱きついてくるような勢いで駆け寄ってくるメイドのメイ。

「心配しましたよぉ。こんなに遅くなるなんて」

「ごめんなさい、私もすぐ解放されるものとばかり」

「とりあえず何事も無くて良かったです。安心しましたよ」

「もう、メイったら相変わらずのお姉ちゃんっぷりなんだから」

「ふふ、私もマイラ様というかわいらしい妹がいて嬉しいです」

「――そう、じゃあメイに一つ頼んでおこうかしら」

「私に出来ることなら」

 メイの瞳は笑みの形を作ったまま、はっきりと告げる。

「何なりと」

「ありがとう。それじゃあ――」

 マイラは自分のメイドの顔へそっと唇を寄せ、その耳元で囁く。

「あるところへ行って欲しいの」

 恍惚な表情を隠しもせず、メイはその言葉を聞き入れた――


 エドアルドは研究所に戻ってきたアズヴァルドに気付くと、すぐさま彼に詰め寄った。今までずっと立って難しい顔で思案していた王子が急に動いたのだ、他の研究員達が一様に身体を震わす。

「あの女は何もせず部屋に戻ったか?」

「王子、まだここにいらっしゃったのですか」

「お前の帰りを待ってたんだよ。何もされなかったんだろうな?」

 アズヴァルドは困ったように眉を寄せた後、両手を挙げて首を振る。

「何か起こると思ってたのですか? この通り五体満足ですし、彼女も不審な様子は見当たりませんでした」

「お前が『そう言うのならそうなんだろう』よ。性格はともかく耳だけは魔術の域だからな」

「確かに耳は良いですが、私自身この耳を過信しておりません。それに良いのですか、ここは人が沢山おりますが」

「ああ、こいつらはシロだろ」

 あっさりと断言するエドアルドに、この研究所の副所長は「おや」と首を傾げる。

「理由をおたずねしても?」

「まず王子を殺す理由とそれだけの肝っ玉がねぇんだよ。俺がいるだけで緊張した態度なのは観りゃ分かるが、もし兄貴殺しをした奴がいれば僅かなりとも態度が変わる。まぁ、勘ってやつだ」

「いかにもあなたらしい判断ですが、今回は勘に頼らず理詰めでいくのかとばかり」

「あんまそればっかりだと袋小路にハマっちまう。それじゃまずい。進むにしろ戻るにしろ行動だけは止めるべきじゃねぇ」

「まぁ、一理ありますね。では『彼女』については?」

「今のところ限りなくシロに近い。が、一番クロに近いとも言えるな。逃げた犯人が存在するなら間違いなくシロ、もしそんなものがいなけりゃ」

「捜査の最初から問われているところですね。第一発見者でありながら唯一現場を目撃している彼女。現在の捜査は彼女の証言を基に執り行われています」

「だが奴がクロならどうして俺の言うことへ素直に従う? しかもそれなりの推論を言って来やがった。クロなら――犯人ならもっと動揺するか、もう少し頭の悪いことを口走るんじゃねぇか?」

「それこそ口が悪いですよ、王子。つまり何も分からない、知らない、の一点張りで通せば良いということですね。私から観ても彼女は協力的に思えました。もしクロなら犯人捜しなどという自分の首を絞めることに進んで協力するかどうか」

「……」

「どうしました?」

「いや、なんでもねぇ」

 エドアルドは右手の親指と人差し指で眉間を揉む。

「犯人の目的が戦争かどうかも分からねぇんじゃ、次の犯行が行われるかどうかも推測できねぇ。だが、兄貴ほどの奴が簡単に殺されたのは腑に落ちない」

「私も腑に落ちないので一つ良いですか?」

 アズヴァルドに顔を向ける。

「なんだ?」

「どうして王子自らが部下の手も借りずに調査に乗り出しているのでしょう。こういうのは部下にやらせるべきでは?」

 立場を弁えるべきでは、という言葉に聞こえたエドアルドは、鼻を鳴らして一笑に伏す。

「まったくだ。これじゃあ部下を信用していないって公言しているようなものだな」

「左様。まぁ一副所長が進言することではありませんがね」

「お前のそういうところが気に入っている。気に食わないがな」

「また複雑なことを……」

「もちろんこれだけの事件だ、王直々の配下が動いているし、任せてもいる。ただ別の観点も必要だと思っただけだ」

「こういってはなんですが、調査を担当している者達も素人ではないでしょう。我々の推論などとうに議論に挙がっているかもしれませんよ」

「かもな。だが、城内の全てを調査できるわけじゃねぇ。『第二王子の立場』がなくちゃならない場面もある。そういう気がしてんだよ」

「また勘ですか」

「違うな、確証だ。この事件は続くんじゃないかっていう話だ」

「まさか……犯人の利点が読めません」

「無理だろ。目的が分からなきゃそこは読めん。そもそも利があって殺したのかどうかも曖昧だ。どうにも不可解なんだよ、あの王子殺しは」

「……」

 今度はアズヴァルドが黙り込んでしまう。言葉を続けるために頭の中で複雑な考えをまとめているのだろう。少しだけ待ち、彼が口を開くのを待つ。

「では、事件は始まったばかりだと?」

「パーティーの場で、婚約者の前で、人が腐るほどいる中で、警備兵もそれなりにいる中で、ここぞとばかりに」

 エドアルドは拳を上げる。

「この国の第一王位継承者を殺す馬鹿がいるか! 個室に戻ろうが何だろうが警備の数はいつもより段違いに多かったのにだ!」

 ガシャン、という凄まじい音がする。振り下ろされた拳は先ほどマイラが置いたグラスをたたき割っていた。破片が柔らかい皮の部分を破り、血が滴り落ちる。

「誰か手当を」

「いらん。この程度魔術で治せる」

 エドアルドは魔術を唱え、傷を瞬く間に癒やしていく。

「ふむ、王子、以前こういう事件があったのを覚えていますか?」

 アズヴァルドの問いに、王子が聞き返す。

「なんだ?」

「二年ほど前、有力貴族やら一般市民やらが殺される事件がありましたよね」

「おい、まさかその無差別事件と今回の事件を絡めるのか」

「意図が読めないという意味では同じです。こう言っては何ですが――ここだけの話に留めておいて欲しいのですが、市民から嫌われる貴族を殺しただけならばまだ意図が複数読み取れます」

「義賊気取りか何かだと言いたいのだろう。しかし今回は王子殺しだ。さすがに繋がりはない」

「しかし、二年前の事件は一般市民も同時期に何人も殺されています。短期間の間に貴族と市民含めて五十名ほど。こちらもまだ犯人が見つかっていません」

「……」

「無差別殺人というのなら、仮に同一犯だとするならば、狙いにくい貴族を殺した理由は何でしょうか」

「……とはいえだ。さすがに今回のまで同一に考えるのは無理があるぞ」

「でしょうね。私が言いたいのは『犯行の理由が分からないのなら証拠を掴んで捕まえるしかない』ということです。恐らく今回のは確実な理由があるでしょうが、考えるだけ無駄なことを考えても時間の消費にしかなりません」

「その通りだ。くそ、無駄に頭が冷静になっちまったな」

「それは何より」

 アズヴァルドの手のひらで転がされているようで幾分機嫌を損ねるものの、何も悪意があってのことではないだろう。何事も冷静になれというのは決して間違ってはいない。特にエドアルドは自身が立場のある身だと重々承知しているからこそ、この副所長の言葉を無視するわけにはいかなかった。

「では俺は調査に戻る。色々と調べたいことがあるからな」

「部下を付けたほうがいいですよ、王子。第一王子が殺された今、第二王子であるあなたが狙われない理由がない」

「それなら結構だ。向こうから顔を出してくれるならそれほど手っ取り早いこともない」

 獰猛に笑みを浮かべる王子の顔は、まさにそれが本性だと言わんばかりだった。

「もし俺が殺されたなら、次はてめぇに任すさ」

「ご冗談を」

 軽口のように言ってのけた後、エドアルドは研究所を出て行ったのだった。

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