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マイラ・グランヴィルは振り回されて1

 第二王子の名前はエドアルド。

 つり上がった目つきに燃えるような赤髪。見た目そのものといった王家には無縁の野蛮さを内に秘め、実際自分が王位を継ぐことはないと断言をしているほどだった。王子という身分でありながら騎士団へ入団し、特に過酷な部隊へ自ら志願して配属され、実戦に次ぐ実戦を経て才覚を伸ばした少年である。剣、槍、弓と一通りの武芸を収めており、実際未来においてマイラ・グランヴィルは彼の極まった戦闘能力で追い詰められて殺される運命を辿ったことがあるほどだ。今回もそうなるかは不明なものの、彼女を『殺す』可能性だけは依然として存在しているのだろう。

 第一王子殺害事件の参考人――またははっきりと言わないが容疑者として帰宅は赦されず城に留まるよう命を下されるのは想定内で、現状王城の一室に軟禁状態となっているが、そんな彼から直に事情聴取のため呼ばれた時は背中にびっしりと汗を浮かべたほどだ。というよりも現在進行形でそうなっている。

(念のため小細工用の道具は持ってきたけど、外面的には傷心の乙女を無理に引きずり出すなんて無礼もいいところじゃない?)

 婚約者である第一王子フィリップスの衝撃的な死からまださほど時間も経過していない。状況が状況なため王子殺害の件は外に一切漏らさず先日密かに葬儀が行われたばかりだというのに、この第二王子であるエドアルドはきっと意にも介さず呼びつけたのだろう。過去数度しか会わなかったとはいえ、そういう野蛮なところは幼い頃からよく知っているからだ。

 王城内の執務室へと案内されたマイラは、エドアルドの兵士だろう男が彼女の到来を告げるために扉を叩くのを横目で眺める。軟禁状態の自分が城を自由に歩けるはずも無く、もし用事がある場合は城の兵士または所定の行き先が決まっているスケジュールの間だけ部屋を出られるといった決まりがあった。

「入っていいぞ」

「……失礼します」

 そっと、マイラは部屋へと入室する。

 赤髪の長身、今は鎧を着ていない軽装だが、執務室で鎧を纏っている人間も警備を除けば稀だろう。にやりと男は口端を釣り上げると、指先で自分の目元を刺した。

「腫れぼったい顔してやがんな。美人が台無しだ」

 不躾にも程がある挨拶をされて、マイラは一瞬激怒して手元の花瓶でも投げてやろうかと思ったが、寸前のところで自分を取り戻す。『マイラの顔』を侮辱するのは万死に値する行為だが、ここでこの王子に何かをすれば咄嗟に護衛の兵士に取り押さえられるだろう。

「一体何の御用でしょう、エドアルド様」

「当然、第一王子殺害事件のことだ。兄だよ。第一目撃者から改めて話を聞きたいと思ってな」

「話……ですか?」

「ああ、犯人じゃないなら言い辛いことなんて何一つないだろう?」

 わざわざ警備兵にまで聞こえるよう声を張り上げて、笑うようにそう言いのける。

「それは構わないのですが、まだあの日のことを思い出すと頭がどうにかなってしまいそうで……」

「ああ、そうかい。でもそんなことはどうだっていい。お前の体調よりも大事なことが山ほどあるのだからな」

「そんな……」

「お前、犯人の顔を知っているんじゃないか?」

「え?」

 軽く驚いて聞き返してしまう。エドアルドは犯人を示すのではなく顔を知っていると聞いてきた。

(深読みすべきかしら)

 第一王子と較べるならば、どちらかといえば直情的な性格である。実際、この質問もそものもずばりといった具合といえるだろうが、さりとて質問が質問なので本当に何も考えずに投げ掛けてきた問いと受け止めるべきか。

「犯人の顔は隠れていました」

「答えになってねぇな」

(鋭い、言葉のケンカに慣れてるわね)

 隠れていたから見えていないということにはならない。それに気付かれた時点でマイラは心の中で舌打ちをする。正直第一王子のフィリップスより数段劣る相手だと舐めていたのもあるが、何より自分の足下を攻撃されるのは気分が悪い。

「……本気で仰っていますか? 私があんな状況で犯人の顔を見ただなんて」

「状況的に考えてお前しかいないんだから、お前を問い詰めるのが手っ取り早いだろうが」

(やっぱり直情的で単細胞なのでは? だからこそ痛いところを突いてくる)

 このやり取り自体は既に他の場所で何度も行われたことだ。何しろ王子殺害の第一発見者なのだから容疑と共に目撃情報をどうやっても得ようとするのは至極当然の話なので、こうやって問われたところで「何を今更」と鼻を鳴らしてやりたい気分になる。

 けれど世間で通っているマイラ・グランヴィルという元第一王子婚約者はそんな態度など決して取らない。あくまでも上に立つ侯爵家の娘として毅然かつ淑女たる振る舞いを求められるのだ。

「いいえ、見えませんでした。そのことについてなら何度も報告が上がっていると思いますが……」

「ああ、上がっている。だが何事も自分で確認しなきゃ納得できないんでな」

(部下が苦労しそうな上司だわー)

 王族特権を利用してあらゆる事件に首を突っ込んでは現場を荒らしていそうな様子を想像し、前世の仕事内容を思い出して少しだけげんなりする。可能ならば前世の嫌な思い出は封印しておきたいのだが、しっかりと心に刻み込まれた傷は癒やされることなく不意に血を噴き出すことがある。とてもつらい。

「顔にローブを蒔いた何者かが窓から逃げていったというが、追いかけた連中の話だと湖の麓でローブだけが捨ててあったようだ。ここから一番近い湖まで馬を使っても三十分程度はかかる。おかしかねぇか?」

「馬で追いつけなかったから……ですか? 暗闇の中です、馬のないほうが身軽で動きに制限が無かったのでは……?」

「そうかもしんねぇが、そうじゃねぇかもしんねぇ。現に追いかけていった連中は勝手知ったる道だったってことだ。月の明かり程度だろうと、それで馬の速度を落としたところでよ、馬の無い人間に追い着けないなんてことあると思うか?」

「でも、実際追い着けていないのではないですか。――フィリップを殺した奴を見逃しているのでは?」

 じろりと、相手をたじろかせる勢いで睨む。全然効果は無かったが。

「おいおい、俺を睨むなよ。婚約者が殺されて怒り心頭だってのは分かるさ、けど俺だって兄を殺されてるんだぜ。内心穏やかじゃねぇのは一緒だよ。ああ、本当に一緒かどうかはわかんねーなぁ?」

「何が言いたいのです」

「普通によ、見識者って奴の言葉を借りるなら、フードの野郎は頭に巻いたフードを捨てて湖を泳ぎ、反対側の岸にまで辿り着いたってことになる。湖の反対側までは数百メートルはあるだろうよ」

「……」

「馬で三十分もかかる道を馬より早くひたすら走り、かつ何もない湖を泳いでいった? 身体能力や体力自体が人間業じゃねぇよ。んでこの泳ぐってのも推測だ。真夜中の湖を泳ぐ危険性を考えりゃ実行しがたい。つまりよ、だぁれも見ちゃいねぇんだわ。『道を走っている姿』も『泳いでいる姿』もなぁ。おっかしぃと思わないか?」

 マイラは返答しようとして、言葉に詰まる。

(いつかはバレると思ってたけど、まさか第二王子にそこを勘付かれるとは思ってなかった)

 彼の言うことにも証拠はない。状況から考えて勘付いたことを口にしているだけだが、マイラからすれば一歩間違えると致命傷になりかねない問いだった。

(言葉を選べ。何も知らない少女は、婚約者は、こういう時何を思う。何を答える! 何度も脳内でシミュレートしてきただろう!)

 心の中でかすかに息を吐くイメージを浮かべてから、マイラはエドアルドの瞳をにらみ返す。

「つまり、フィリップ――王子を殺した共犯者が別にいるかもしれない、ということですね」

「そうだ。そしてお前は共犯者を見ていないんだな」

「見ていません。単独犯行だと思っていましたが、協力者がいるなら色々と符合いたしますね」

「符合、だぁ?」

 ここからだ、とマイラは拳に力を入れる。

「実行犯はそのフードの男で間違いないかと思います。問題は実行犯が一人ではなく二人の場合ですが、考えられるのは協力者が内部の人間だった場合です」

「……ほう、詳しく聞かせろ」

「しかも有力な魔術師の方が考えられます」

「どういう犯行だ?」

「真夜中の森の道は視界が悪いのでしょう?」

「ああ、基本的には最悪だ」

「その中でフード、私が見たのはスカーフですけど、それだけを頼りに追い続けていたというわけですよね」

「それしか目撃情報がねぇからな」

「なら、頭の形を模した状態でフードだけを飛ばしていたならば、どうでしょうか」

「……。なるほど、俺達の目を欺いたってわけだ。元から『人間が走って泳いだわけではなく』、『協力者が魔術でフードだけを飛ばして俺達の目を欺いた』って言いたいんだな?」

「犯人は協力者によってほとぼりが冷めるまで隠されているか、今も堂々と城の中を歩いているか、かと思われます」

「だとしたら話は相当デカくなるな」

(元々第一王位継承者が殺されたのだから事は大きいでしょうに)

 と思っていると、エドアルドは喉の奥でうなり声を上げる。獣かこいつはという目を向けてしまった。

「隣国のフードまで使った犯行ってことになるとだ、そいつは隣国との戦争を狙ってやがるってわけだな」

(は?)

 一瞬何のことだときょとんとしたが、考えてみると犯人を悟らせないように隣国のスカーフを利用したのを思い出す。だとしたらそういう意図に思われても仕方なく、マイラにとって隣国との関係性など二の次ぐらいの話で比較的どうでも良かったため、彼の言葉で一瞬呆気にとられたのだ。

「隣国との関係を悪化させ、あわよくば戦争か。そう考える爺共がうぞっと溢れてるのは知ってるけどよぉ」

(武器商人絡みかしら)

 色々と省いてそう結論を付ける。

 戦争が起これば武器商人が儲かる。その為には戦争を起こすきっかけを作る必要がある。戦争を起こすのは王国の重鎮や貴族達による力が必要だ。その為に武器商人からの賄賂が発生し、国の『お偉方』は何としても戦争をする口実を探し出す。

 もちろん煙の無いところに火を立てるのはほぼ無理だが、数十年に一度戦争を起こす隣国とならどうだろうか。タイミング的にも――色々と隣国との焦臭い噂を耳にする限り、そろそろ戦争が起こってもおかしくはない。

 という意味を込めての問いを伏せて、マイラは素知らぬふりで首を傾げる。

「それにしても兄上の殺害はやり過ぎだ。そこまでして戦争を起こしたいってのか、あぁん?」

 ――いえ、戦争を起こしたいわけじゃないです。

 表情を一切変えずにエドアルドの問いを心の中で否定する。

「まぁいい、王城内の魔術に長けた者へ事情聴取する」

「あの、私はもう部屋に帰っても?」

「ああ、もちろん」

 王子は獰猛な大型猫類を彷彿とさせてくる笑みを浮かべて、こう言う。

「駄目に決まってんだろう」

(ええー)

 本心では軟禁部屋どころか家に帰りたいのだが、この第二王子はいまだどこかで疑っているのか、鋭い目付きでこちらを睨んでくる。

「てめぇはそこそこ頭が回るようだ。犯人捜しに協力してもらうぞ」

「私なんて小娘でしかありませんわー。どうせならもっと適切な方を~」

「そいつらがまだ犯人を見つけてねぇから別視点が必要なんだろうが」

(それを言われたらごもっともなんだけど!)

 しかし、とマイラはこれはこれで良いのでは、と発想を逆転して思考を巡らせる。この第二王子は自分勝手なところがあるものの、その性格に見合わず思ったより物事を考えるようだ。そんな優秀な人物を自分のあずかり知らぬところで自由に調査させるというのはやや危険な気がする。

(私自身が見張るというのは一つの手よね)

 協力する振りをしながら、エドアルドが決して真実へ辿り着かないよう誘導を行う。将来を考えるならこれが一番安全かつ確実な選択肢だろう。

(今日ここでこの王子に呼ばれたのは、むしろ僥倖だったかもしれない)

「はぁ、分かりましたわ。協力します。しかしあまり期待しないでくださいませ」

「ああ、たっぷり期待してやるぜ」

「人の話を逆手に聞く耳を持ってらっしゃる……?」

 エドアルドが部屋を出て行こうとすると、一緒に護衛も付いてこようとして、それをエドアルドが視線だけで留める。まさか護衛を付けずに自分と二人だけになりたいということだろうかと、マイラは疑問と疑惑を深めて警戒心を一際高める。子供の頃に会った印象や、前世でのゲーム内で手に入れた情報より彼は余程周りを見て考えているのだ。わざわざ殺された第一王子の婚約者である自分と二人きりになるなど、何か企んでいて当たり前だとマイラは考えた。

 てっきり護衛も一緒だから【何も出来ずに今日は終わる】と高を括っていたというのに。

 ひとまず彼を見張るという役目は問題無く果たせそうだった。何を企んでいるにせよ自分からぼろを出さなければいい、ただそれだけのことなのだから。

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