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マイラ・グランヴィルは推理する2

 曇天の下にあろうとも少女はとても美しく煌びやかで、さりとてその髪は深い色に沈み、微笑む瞳は妖艶の色を宿している。

 一目見てアズヴァルドは理解する。これこそが彼女の本性であろうと。今まで大貴族の令嬢であろうが親しみのある言葉や仕草で相手の心につけ込んできたのだが、今この瞬間、彼女は尊き者として己の在り方を確立させている。自身が一番世界で美しく、自身が世界で一番慈しむべき少女であるのだと。そうとしかアズヴァルドの目には映らなかった。傘をこそ差しているものの、降り注ぐ雨はまるで彼女を避けているようではないか。

(魔術……に、そんなものはない。雨よけはやろうと思えばできなくはないが、魔力消費のコストが見合わない。傘を差したほうが断然楽だ)

 そう、そのほうが楽である。だからこそ彼女も傘を差している。魔術は使っていない。

「アズヴァルド様、雨の中を散歩なんて趣味がありましたのね?」

「それはこちらの質問ですよ、レディ」

 一礼でもしてみせようかと思ったものの、それは明らかな隙となる。今の彼女に対してそういう一面を見せる訳にはいかないと、アズヴァルドは密かに察していた。

「エスコートといいましたね、マイラ様」

「ええ、たまには雨の中の散歩も良いと思ったのです。ついここまで足を運んでしまいましたわ」

「軟禁の身でありながら、お一人で?」

「はい、お一人です。それに何か問題でも?」

 アズヴァルドの中で警戒心が跳ね上がる。

 今までのマイラ・グランヴィルならばそれなりの理由を付けるか言い訳をして『ひとりで居る理由』をでっち上げたはずだ。しかもそれなりの説得力を持って、である。なのに今はそういうことすらしない。つまり必要が無いと判断している。何を企んでいるのかは明白であり、アズヴァルドは自分が獲物になったのだと強く意識する。決して負けはしない、殺されはしない、そういう確信はあれど彼女はまかりなりにもあの優秀な王子たちや伝説の義賊を葬ってきたと思しき者だ。どういう手を隠し持っているか未だ不明なのである。

 ――さぁ、何を考えている、マイラ・グランヴィル。

(お前が私の考えている人物ならば、必ずや凶悪な企みをその胸に秘めているだろう。見せてくれ、それを。今までの賢君を殺戮へ至らしめた方法を、その一端でもいい。見せてくれ)

 アズヴァルドは笑いそうになる顔を努めて冷静なそれへと抑え込む。

(その為の一ヶ月だったのだろう? その成果を私に見せてくれ、マイラ・グランヴィル!)

「雨は素敵ですわね」

 独り昂ぶっていたアズヴァルドへ冷や水を浴びせるように、マイラは視線を逸らして傘から手を出し、その掌に滴を溜め込む。

「こんなに冷えていて、耳に心地よく。一定の音でとても気持ちいい。熱くなった頭にはちょうど良いでしょう、副所長?」

「――ああ、確かにその通りですね」

 耳障りな雨が、余計耳にまとわりつくようだった。

「で、マイラ様。一体どこへ行こうと?」

「王城を回りましょうか。ああいえ、あそこがいいかもしれません。弔いをしたいのです」

「弔い?」

「ええ、セイロさんの。彼がいたのは牢獄深くでしょう? 本当はフィデスさんも連れてこられれば良かったのでしょうが、さすがにあの子には危険過ぎますわ。けれど、私は幼い頃より身を守る術を学んでおります。多少の危険ならば自衛できると自負しておりますわ」

「なるほど、これは頼もしい。ですがそれでも貴族のお嬢様をお連れするような場所ではございません」

「なぜ?」

「あそこは危険極まる囚人が収監されている場所。もちろん囚人に何ができるとも思いませんが、しかし万が一の危険があります。貴族のご令嬢を連れて行く訳にはいきませんよ」

「そうですか、とても残念です」

「それにですね、そこへ私を連れて行き、どうするつもりだったのです?」

「どうする、とは?」

「ふふ、お嬢様は随分と腹芸がお得意のようだ。大丈夫、雨の音で誰にも聞かれていませんよ。今ならこのアズヴァルドが一人だけ、違いますか?」

「ええ、そうですわね。で、それが?」

「貴女の目的を果たすなら今だと、そう告げているのです」

「目的……ですか」

 マイラの目が細くなる。

「では目的を果たすことにしましょう」

(ああ、とうとうその口から聞けるのだ)

 彼女の犯罪が、彼女が起こした凶悪な事件が、その全てがその麗しき唇から語られる日がきた。

 本当は全てを自分で暴き、彼女を絶望の淵へ追い込むのも考えた。だが彼女が余裕を見せながらその計画を全て詳らかにするというのなら、それはそれで一興ではある。その後、彼女と殺し合うのか、それとも彼女が投降するのかまでは知らないが、どちらにしろアズヴァルドには余裕がある。

 彼女は自分には絶対勝てない。

 それだけは揺るがぬ事実だからだ。

 魔力の全てを把握できる己が、人一人の魔力の動きを見逃すことはない。魔力で身体能力を強化したところで、それすらもアズヴァルドが同じ強化魔術を施せば十分優位に立てる。

 だからこそ、彼女の語る話はアズヴァルドにとって純粋な余興たり得た。

「では、アズヴァルド様」

 マイラは冷たい瞳のまま、アズヴァルドを見据える。

「そろそろ自らの犯行をお認めになっても宜しいのではないでしょうか?」

「――は?」

 雨の音が止まった気がする。時間が止まった、つまり思考が止まったことを意味していた。理解できないからだ。いや、言葉の意味を正しく理解したからこその混乱というべきか。

 彼女は何を言っている?

 犯行を認める?

 誰が?

 ――このアズヴァルドが?

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