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マイラ・グランヴィルは語られる8

「さて、それでは第三のゲームだ」

 となれば、マイラの予測通りの展開になるだろう。

「今度は外だ。建物の外で男が殺された。直前に話していたのはマイラ嬢だったが、男が死んだとされる場所はそこから離れている。今度の第一発見者は変わり、そうだな、ボクとしよう。次にフィデス嬢、そして三人目にマイラ嬢だ。この順番でいいかな」

「今度はチャールズ殿下が犯人でよろしいんですの?」

「いいや、犯人役は変わらず君だよ、マイラ嬢」

「ふふ、冗談です。では始めましょう」

 三回目にチャールズが指摘したのは、被害者とマイラが二人きりになった瞬間に殺害行為へと至ったのではないかという部分だった。しかし倒れている男は不意打ち程度で殺されるような男ではないとマイラが言い返し、それにフィデスが密かに同意する。彼女の薄い色の肌にどこか紅色が差しているようにも見えたが、あまりまじまじと見つめるわけにもいかず、マイラはそっと視線を外す。今のところフィデスはどちらの味方というわけではなく、あくまでも自分ならこうしたという状況説明に留まっているだけだ。下手に肩入れとされたところで利用できなければ不利になるばかりだという懸念もあるため、これはこれで良しとする。

 というよりも下手に口出しができない。

 あくまでゲーム上の犯人であるとはいえ、チャールズの意図があからさま過ぎる時点で警戒するに越したことはなく、フィデスの一言でさえ『最悪な事態』を招く可能性はあるのだ。

「その死んだ男を殺すのは私には不可能です。どれだけの実力者であったというお話ですから」

「なるほど、マイラ嬢は事前に男の情報を手に入れていたということになるわけだ」

「ええ、そうなりますね。といっても、私も多少は剣術を学んだ身、その者の仕草を見るだけでおおよその把握はできます。つまり私ではどうやっても殺害行為には及べない、と」

「なるほど。ではこういうのはどうだろうか」

「と、いうと?」

「人間には誰しも精神的な限界点がある。例えば一定の負荷を常に与え続けることで気が狂ったり、己の許容量を超えるマイナスを抱え込むと心が折れたりすることだ。それがこの男の身に起こっていたとしたら?」

「――誰かがそう仕向けたとでも?」

「可能性の話さ。誰かが、ではなく、こうであったかもしれない、というつもりで聴いてもらえると助かる。この男はある者の護衛をしていたが、護衛対象が特殊な為に常日頃から敵の襲撃があり、男は可能な限り密かに処理を行っていた。時を問わず、常に、だ」

「不可能です。それは。『場所』が『場所』なので、それを実行できるはずがありません」

「可能性の話だよ、マイラ嬢」

「……」

 マイラが沈黙したのを肯定として受け止めたのか、チャールズは言葉を続ける。

「その男は襲われること自体には恐らく手慣れていた。慣れていなかったのは護衛のほう、ということになる。護衛対象がいることで行動範囲を制限される中、刺客はいつどこでどういう手段で襲ってくるか分からない。そして護衛対象には決して知られてはならない――」

 あの男ならそう考えていたでしょうね、とマイラは無言のまま呟く。

「それはそれで美談ではあるが、やはり消耗というのはどうしても隠せないものだ。それでも彼は油断などしなかっただろうが、隙が生まれるのは必然だ。その隙は僅かなものだったかもしれないし、彼にとっては隙を作れる――安心して休める絶好のタイミングだったのかもしれない。そこを突かれた。まさに文字通りね」

「……そんな隙を突くなんて、達人芸ですね」

「ああ、だが可能性としてならあり得る。恐らくその瞬間は護衛対象もそこにいなかったはずだ。居たならばもっと警戒していただろうからね。護衛対象がおらず、彼にとって危険が無い人物がそこにいた。そういう状況ならば、あるいは――とね」

「二回目となりますが、面白い冗談ですわね」

 ふふ、とマイラは笑って返す。こういう趣向なのだと割り切った自分を完璧に演じてみせたのだ。

「フィデス嬢は今の可能性、いや、仮説をどうお考えかな?」

「……私、ですか」

 フィデスは困ったように視線を彷徨わせてから、頷く。

「あり得ると思います」

「……フィデスさん」

「可能性の話ということなら、そういうことも」

「……」

 ああ、と声が出そうになる。なるほど、と妙な納得もする。フィデスは決して愚かな少女ではない。頭の回転も、そして天性の嗅覚とも呼べる勘の良さも――実際の鼻の良さもあるが、彼女は彼女で何かしら疑問を抱き、事実に至らなくてもその『可能性』に自ら至っていたのかもしれない。

 同じ部屋のフィデスといえど、今後のマイラが行動を起こす際に不安要素となるようならば、やはり始末する必要があるのだろう。本来彼女には重大な役目があるため、出来るならばそうしたくはない。けれど必ずしも彼女が役目を果たす必要もない。

 心の中に冷えた感情を渦巻かせ、マイラは笑みを消した顔でフィデスからチャールズに視線を戻す。その少年は誰かの視線など気にもしないのだろう、淡々とした様子でフィデスの言葉を聞いて、彼なりの持論を語る。もういい、これ以上語る必要は無い。この少年はとっくに自分が全ての犯人だとはっきりと告げたのだから、もはや何もかも無駄である。

 マイラはそっと逃走経路を確認する。出入り口に騎士団長のゴドフロワが待機しているのは非常によろしくない。真正面から殺し合ったところで手も足も出はしないだろう。故に、ゴドフロワ用に用意した策が必須だが、今この場にその策は無い。チャールズを殺すのは恐らく容易いだろう。目の前の距離にいる彼を瞬時に殺すことは可能だが、恐らく次の瞬間ゴドフロワに殺されることとなる。悪手だが、チャールズをここで放置するというほうが問題だ。チャールズを始末し、そしてゴドフロワをも殺す手段を今すぐ考えなければならないのだ。時間は無い。本当に今すぐにだ。

(どう殺す?)

 もうそれ以外のことを考えるのは辞めた。言い訳もしない。殺すタイミング、順番、手順、どうすれば反撃される前に殺害が出来るか。自分の持つ手はまだ知られていないという前提で物事を組み立てなければ、その前提がきちんと成り立っていなければ、どう足掻いたところで失敗するだろう。

「だから私は、マイラ様を信じています」

「――へ?」

 実に、本当に実に間の抜けた声を出してしまった。

「だから安心してくださいね、マイラ様」

「え、ええ? あ、ありがとう?」

 なんだ、フィデスは何の話をしているんだ?

 マイラは頭が混乱する。今までフィデスは自分が犯人であると、その可能性は決して否定できないと語っていたではないか。

 それがまるで掌を返したかのように今度は信じていますときたのだ。直前までこの場の三人を殺すことに頭を使っていたマイラは、さすがに反応が誰よりも遅れる。そしてゆっくりと彼女の言葉を飲み込んだ。

「信じてくださるのですか、フィデスさん」

「当たり前です。マイラ様のこと、よく見てましたから」

「……そう」

 彼女は嘘を吐かない。

 それが『どういう意味なのか』をマイラはどうしても考慮せざるを得なかった。

「なるほどね。ならばそういうことだろう」

 パン、とチャールズは手を叩く。

 すると門番よろしく唯一の出入り口である扉の前で立っていたゴドフロワがチャールズの横まで移動する。

 それはまるでマイラに向かって「もう逃げてもいいよ」とあざ笑っているようなもので、マイラとしては腹こそ立つが理性ではこれ以上居ても利がないことも理解できる。マイラは一番最初に感じていた悪い予感が全部当たってしまったことにも強い苛立ちを覚える。

(抑えろ。全部抑えろ。私は『犯人ではない』と演じるんだ……!)

 小さく、しかし長く息を吸う。ゆっくりとしたリズムは高速回転する頭脳にブレーキの役割を果たした。それで幾ばくか冷静さを取り戻したマイラはそっと立ち上がり、にこりとフィデスへと微笑みかける。

「さぁ、行きましょうフィデスさん。お遊びはここまでのようです」

「――遊び」

「ええ、楽しい遊びでしたわ、殿下」

 マイラはこれ以上無いといった仕草でそっとスカートの裾を持ち上げて一礼をする。もちろん優しい笑顔を張り付かせたままだ。

「ああ、ボクにとっても実に有意義だった。楽しかったよ。やはり頭脳を使うのはいい。すっきりする」

「ええ、それは臣下としてはとても嬉しいお言葉です。さ、メイ」

「はい、お嬢様」

 メイはそっと頭を下げて、扉を開く。

「フィデスさん、行きましょう」

「はい、マイラ様」

 マイラは実に楽しい時間だったと言わんばかりにニコニコとしながら、メイが開いた扉から出て行く。続いてフィデスが出て行くついでに頭を下げていく――


 ――のを見送りながら、チャールズは深い息を吐いた。

「さて、ボクは何回『死んでいた』かな」

「いなくなった途端、それですか!」

 これだから王子は、とゴドフロワはやれやれを肩をすくめる。

「言い方を変えよう。騎士団長、君は何回剣を抜きそうになった?」

「ふむ、それならば答えは簡単ですね」

「ほう」

「0回です。殺意はありませんでしたからね!」

「――殺意が無い?」

 チャールズは元々『殺意を感じる』という感覚自体に疑問を抱いている。空気が変わるとか、そういうものは物理的に存在し得ないことだと、ほぼ確信している。その上でゴドフロワ騎士団長の言葉を俄に信じることができなかった。殺意という気配が存在しなかったとしても、ゴドフロワ騎士団長の戦闘経験における勘、つまり相手の僅かな動きや目配せ、息、さらには筋肉の張りなどからほぼ確実にそうだと判断する目を持っている。その彼がはっきりとあのマイラ・グランヴィルは無害だったと告げたに等しい。

「理屈から考えて、少なくとも一回は殺されていてもおかしくなかったんだけどな」

「なるほど、そういう展開があったんですね」

「いや、観てただろう、君」

「観てましたが、私が観ていたのがゲームではなく全てです。王子を守るのが私の仕事ですから」

「――そうか。それにしても」

「はは、楽しげですな」

「楽しげ?」

「ええ、私にはそういう風に見えます。そんなにあのマイラ嬢とやらが気に入った様子で。あるいはフィデス嬢ですかな?」

「ああ、どちらも面白いといえば面白いが、やはり興味があるのは」

 チャールズはその少女の顔を思い浮かべてから、今しがた遊んでいたゲームを頭の中で反芻する。

 マイラ・グランヴィル。

 あの大貴族であるグランヴィル家の娘。第一王子であった今は亡き兄の婚約者。彼女の言動全てをチャールズは記憶している。その素振りは本物か、それとも演技か。じっくりと検証する時間はあった。

(時間はある、か? いや、そんなことはない)

 確かにこうして護衛に守られた立場ならば、チャールズにとって時間はいくらでもあるといえるだろう。しかし彼は今の現状がいつまでも続くとは考えていなかった。

(隣国との情勢が悪い。それに聖女が現れたということは、この大陸のどこかで大災害が起こる可能性がある。大災害はその名の通り自然の起こす現象なら、それがいつ起こるかなど誰にも分からない。明日かもしれないし、今すぐということもある)

 もしその大災害がこの国の、しかもこの城に直撃した場合、状況はどうなるだろうか。

(ゴドフロワはボクを守り切れるか? 否、自然の力に抗うことはできない。ならば聖女が察知して大災害の前に対処するか。否、もしそうならば大災害の記録が詳細に記されることはない。もしそういう偶然が重なり奇跡があったのならば、それはそれで記録に残るだろうよ)

 何より大災害がこの国に起こるとは限らない。聖女がいる限りこの国に大災害が起こっても、恐らくは最小限で食い止められる可能性がある、ということだ。当然各国とも自国を守るためには聖女を求め、時には強引な手を使ってくるだろう。実際、そういう風潮はある。それによってセイロという囚人が一人殺されたようなものなのだから。つまりどの国も未曾有の大災害を防ぐ手段を欲しがっているのだ。このエイゲレス王国は聖女の所有を正式には公表していないが、水面下では聖女の扱いを求めてあらゆる国家が手を尽くして『何かあった時は聖女を貸し出してもらえる権利』を得ようと動き、一方で強引に奪う手段をも用いている。歴史によっては大災害によって滅びた国家があるというのだから、どの様な国であれその可能性を無視することは不可能とも言えた。

 聖女を手に入れる。

 それに成功したエイゲレス王国は他国に対し圧倒的な優位の立場を手に入れると同時に、他国から一斉に狙われることにもなる。聖女を国の物にできるのならば戦争すら起きかねないと、チャールズは懸念している。

 この国とそれを取り囲む国家の関係は、今現在非常に危ういといえるだろう。

 大災害は危険なものという認識はあれど、その上でどうして各国がここまで躍起になっているのかという問題はひどく簡単である。チャールズ達が生まれる前とはいえ、たった三十年ほど前にそれと思しき災害と、災害を止めた聖女がいたからだ。つまりまだ目撃者が生きており、その状況については鮮明に記録として残っている。国の歴史からすればつい最近の出来事として、一つの国が消失した『未曾有の大災害』を体験してしまっているのだ。三十年前はまだ聖女と大災害は伝承の類だとされていたが、こうも証明されてしまった今、一体誰が否定できるというのだろうか。

(何処かの国による聖女の自作自演だなどと抜かす輩もいたな。国を滅ぼせる魔術が使えるならばもっと効率良くやるだろうに)

 それ故、聖女を手に入れるというのは何においても優先事項となってしまう。

(聖女、フィデス・サンク――)

 あの金髪で柔らかな顔の、あどけなさすら残る下民の出という少女を思い出す。

「だから、か」

 フィデスが意識したのか、それとも無意識なのか。

 チャールズは聖女がやろうとしていることを、朧気ながらも察していた。

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