マイラ・グランヴィルは語られる7
ゲームはマイラが犯人として始まる。
状況はチャールズが説明することとなり、さすがに状況説明からいきなりゲーム開始というわけではないらしい。彼の説明を受けてから少しだけ時間をもらい、各々で状況の整理といくつかの質疑応答が行われることになる。これはゲームの場を提供するチャールズが一方的に有利な状況とならないようにするためとのことだ。
まずはある一室で起きた事件を振り返るという形でチャールズが状況説明するところから始まる。
「そこにメモ用紙と筆記用具も用意してある。必要だと思ったところは存分にメモをとってくれていい」
「はい」
フィデスがペンを取る。出会った頃はまだ文字も書き慣れていなかった様子を見せていたのに、今はしっかりと慣れた手付きでペンを操る。
「まず部屋の大きさは、そうだな、この部屋ぐらいだと思ってくれ。三階建ての建物の三階、窓から外側の壁には掴まるところがない。その部屋は以前に事件が起きて、その事件を解決すべく一人の男がやってきた。だが、その男は調べ物に夢中になっていた所為で、事件を起こした犯人がいることに気付かず、第二の犠牲者となった。その後犯人は部屋を出て誰にも見つからずに私室へと戻り、そして翌日遺体が発見され、容疑者と思われる人間を三名集めた。一人はボク、一人は君、そしてもう一人は君だ」
最後にマイラを指差す。つまり容疑者とされている人物はチャールズ、フィデス、マイラの三名ということになる。
「もちろんボク達は犯人を知らないが、ここは人間らしく無実を証明しながら相手に罪を押し付けなければならない」
(性格の悪いゲームね)
とはいえ、ゲームとしては少しそそられるものがある。細かいルールなどを聴いて、フィデスは少しだけ考える時間が欲しいと提案する。チャールズは快諾し、それぞれが思案する時間が与えられた。
(アリバイを作らないといけないわ。その時間に何をしていたか、事件が起きた時間に自分がいないという証明を作らなければならない)
複数の案が浮かび、どれにするか迷う。突飛なのは良くないだろう。現実的にあり得るところを探し、マイラというキャラクターが想定できる範囲に絞る必要がある。
(あれ、これ意外に難しい?)
うっかり自分が行うアリバイ工作が出てきてしまう。決して人前に出してはいけない、出した途端に全ての盤面がひっくり返るようなアイデアだ。それ以外をきちんと探す必要がある。
(やばいやばいやばい……! 落ち着きなさい私、普通の、そう、普通の女の子が考えるアリバイを出せばいいのよ!)
――そもそも普通の女の子とは何か。
(しまったー! 今は貴族で幼い頃から勉強と特訓漬けで第一王子婚約者で、前世でもほぼ引きこもりから社会人になってもオフは全部ゲームばっかりしてて友達もいなかった私に! 普通の女の子が考えることなんて想像できるわけないじゃない! ゲームでも普通といえばフィデスぐらいしかいないし、そもそもフィデスも普通とは言い難い主人公だし!)
改めて自分が犯人だと名乗ったことに後悔する。
「さて、時間だ。始めようか」
(は、始まってしまう……!)
犯人役を申し出たからには、チャールズとフィデスは自分に対してあらゆる問いを投げてくるだろう。
(まだアリバイは決まってないけど……ええい、ままよ!)
なんとかなる、なんとかする。そういった気概で挑むことにした。というかもはやそれしか手が無かった。
「さて、まず死体の状況説明からだ。うつ伏せで窓に向かって倒れている。大体部屋の中央付近だ。後頭部に致命傷に至る怪我がある。抵抗した素振りは一切見せず、一方的に撲殺されたようだ。その日その建物に泊まっていたのは僕達三人と、その被害者だけとなる。さて、それでは始めよう。まずは我々のアリバイ説明からだ」
(これだけで始めるというの?)
それならいくらでもアリバイをでっち上げることができる、と思ったが、マイラは何かが引っ掛かって神剣に思考を回す。
(違う。アリバイはでっち上げができるけど――)
「まずはフィデス嬢、君から聞こうか」
「あ、は、はい。そうですね……死んだ時間は大体何時ぐらいかは分かりますか?」
「ふむ、推定だと夜の二十時、そのぐらいといったところか」
「なら私は、お風呂に入っていました」
「証拠は?」
「証拠……証拠、ですか……ええっと、あ、そうです。マイラ様が私がお風呂に行くのを見てました!」
(そこで私に振るかー! けど考えようによってそういう手もあるわね)
やはりフィデスは抜けているようで鋭い。咄嗟の機転によって彼女はマイラのアリバイすら作ろうとしているのだろうと、マイラは即座に判断した。
「なるほど、それではマイラ嬢のアリバイを聴こうか。なぜフィデス嬢と一緒にいたか。あるいは本当にフィデス嬢が風呂へ向かうのを見ていたのか」
「ええ、見ていましたわ。私もお風呂の準備をしようと思っていたところだったので、彼女とお風呂場で楽しく会話を思ってましたもの」
「それはフィデス嬢が風呂に入ったあと、君も後から風呂場へ向かった、ということでいいかな?」
(フィデスは「自分が風呂に入っていくのを私が見ていた」と言った。つまりそれは私が一緒に風呂へと入っていった訳では無いということ。本当は一緒にお風呂へ入っていったのほうが都合が良かったんでしょうけど、それだと恐らくフィデスも共犯者として扱われる可能性がある。ここまで深読みして遊ぶゲームかしら。でも相手はあのチャールズ王子、決して油断してはならないわ)
「もちろんです。すぐに準備をしてお風呂場へ向かいましたわ」
「ではフィデス嬢、彼女が風呂場に現れたのは君が風呂場に入ってからおよそどの程度かな?」
「えーっと、大体十五分後ぐらいでしょうか」
「その間に何も物音はしなかった?」
「は、はい。何も――」
「ではボクの行動をこれから喋ろうか」
「ひゃっ」
突然の切り替えに、フィデスから間抜けな声が漏れた。
「その時間のボクはリビングにいた。一階のだ。犯行時刻より少なくとも二時間程度は誰の姿も見ていない。つまり一階から誰かが入ってきた形跡は無い」
「あら、それではまるで内部で起こった犯行のように聞こえますけれど?」
マイラの問いに、チャールズは「ああ、そうだね」と応える。わざわざ前提を掘り返したというのにチャールズは何とも思わないようだ。
「君達の話の中では、少なくとも風呂場へ向かう間にボクの姿は無かったということだ。そしてボクも君達の姿を見ていない。マイラ嬢はフィデス嬢が風呂場に入っていくのを目撃し、そのマイラ嬢もまたフィデス嬢に目撃されている。つまりこの場で誰にも姿を見られていないのはボクという話になる」
「自分で自分を追い詰めるなんて、とても面白いですわね。私達は風呂場にいてお湯を流したり、またフィデスさんと会話をしていたから外の音は聞こえなかったということになりますわ」
「なるほど、そうかもしれない」
チャールズはつと視線をフィデスに向ける。
「フィデス嬢は一人で風呂場にいた時、外から何も聞こえなかったと断言できるかい?」
「え、ええ、それは……いえ、できません。だって、マイラ様がお風呂場に入ってくる音とか、歩く音とかは聞こえてくるはずです。だから」
「なるほど、足音は聞こえる、ということだね」
しまった、とマイラはすっと手を挙げる。
「何かな?」
「部屋に戻り、準備をし、また再び風呂場へ戻る時間はおおよそフィデスさんのいった時間がかかるということです。これでも早いほうだと自覚しておりますわ」
「なるほど、時間が掛かる」
「さらに足音などは誰のものかを判断するのは難しいものです。実際に見ていないのですから、誰が誰の足音かは判断し難いでしょう?」
「さすがだ、マイラ嬢。ボクの考えていた最初の一手を潰しにかかるとはね、素直に感嘆する」
――やっぱりね。
マイラは心の中で密かに安堵する。チャールズが考えていたそのシナリオはフィデスが風呂に入っていることを前提としつつ、足音はマイラのものだけ、チャールズは一階にいるのだから歩いてきたらフィデスはその足音に気付くだろう。だがマイラのみの足音しか聞いていないのならば、その時間帯自由に動けたのは犯人であるマイラしかいない、といった所だろうと、マイラは推測したのだ。
「しかしまだ崖っぷちではある。フィデス嬢、正直に応えてほしい。君はマイラ嬢の足音を間違えることがあるのかな?」
「マイラ様の足音を……ですか? ええっと、私は――」
結局は舌先三寸で誤魔化したところで、既に鍵を握っているのはフィデスなのだ。彼女の返答次第で自分は犯人となるだろう。
「――間違えません。マイラ様の足音だけは、絶対に」
「……ッ!」
これはゲームだと理解しているが、しかしフィデスの発言に嘘はないだろう。それはフィデスの美点であり、またマイラにとって実に厄介な一言であった。
「つまり、マイラ嬢以外の足音は聞こえていなかった」
「待ってください。フィデスさんがお湯を流している時とかに音が聞こえているでしょうか」
「いえ、マイラ様。たぶん私はマイラ様がいらっしゃるまでお湯に浸かって待っていると思います」
「そんなに長く浸かってると茹だるわよ……」
「あ、そうですね。でも」
「でも、フィデス嬢はきっと静かに君を待っていたことだろう」
フィデスの言葉を遮るように、そして補うようにチャールズは言う。
「ああ、これでマイラ嬢こそが犯人ということになるだろう。何しろマイラ嬢は確実に一人となった時間があったのだから。その隙に後ろから殴り殺せばさしたる時間も掛からずに終わるだろうからね」
「ま……って、待ってください。さすがにそれはこじつけが過ぎます。私達が風呂に入っている時間帯にあなたが階段を登っていって殺害したというアリバイがありません。その状態で私を犯人と決めつけるのは早計でしょう」
「確かに君達二人がボクを見ていないのは、つまりボクのアリバイが証明されないということになるね」
「でしょう。ならばチャールズ王子が犯人という線は消えません。私が後ろから相手を撲殺可能なら、それはチャールズ王子とて同じということです。まさか私より腕力が無いとは仰りませんでしょう」
「ああ、ないよ。ボクに腕力なんてない」
(そこ肯定するのッ?)
もう少しプライドはないのか、と口に出しそうになるが、そもそもこの王子はそういった見栄やプライドなんか最初から気にしていないのだろう。――だからこそ厄介な相手なのだ。彼は公平に物を見る術に長けているということは、ある意味において思考に隙が無い。何かに偏って感情を動かすことも、何かを嫌悪して遠ざかることもしない。胸の内がどうであろうと可能な限り全てを真っ平らに観察するような型だ。だからこそこうして自分が不利になるような発言であろうと躊躇いなく口に出す。
(まるで弄ばれている気持ちになるわね)
「だが、マイラ嬢が嘘を言っていないとすれば、ボクの足音は聞こえていなかったのだろう?」
「ええ、ですが魔術を使用されていたならば話は別ですわ。何しろ私は魔術が使えません。一階にいた誰かが魔術を発動し、足音を消した可能性もありますわね」
「ああ、そういう手もあるね。そうなればボクでも三階に昇って殺人が行える。――が何故君は魔術を使えないと断言するのか」
「え?」
「この舞台では特に魔術を使えないとしていない。故に、君もまた同じ事が可能かもしれないということだ」
「いえ、実際私は魔術が――」
「使える」
カップを持ち上げながら、静かな口調で彼は断言する。それにぞくりとした怖気を覚えながらも、マイラは「なぜ、そうと?」と質問を投げてみた。
「普通は使えるからね。君ぐらいの貴族だとすれば、尚更さ。使えないとするほうが不思議でならない。だからこの舞台でもそういうことにする」
「少々強引ではないでしょうか?」
そうやって設定側が後から変更をしてしまえば、この遊びは設定側だけがとにかく有利となる。それはあまりにも驕りが過ぎるとたしなめたつもりだったが、チャールズは眉一つ動かすことはない。
「そうか。ならば次の舞台を用意しよう」
第二のゲームだと、チャールズは淡々と説明に入る。
今度の舞台も同じ建物と部屋で起こった殺人事件だ。それは突然男が襲われ、恋人の手の中で氏を迎えるといった悲劇であり、その時の恋人役はマイラということになる。
(……一回目から薄々気付いてはいたけれど)
――ここまであからさまだと、もはや失笑しかねない。
今回のフィデスはチャールズと同じ部屋に居たといい、アリバイが無いのはマイラ一人だけとなる。しかも第一発見者でもあり、彼女の言い訳もまた「部屋からの侵入者によって男が殺された」ということだ。これはもはや言い逃れができない状況であり、マイラもここからの逆転はほぼ不可能だろうと結論づける。だがチャールズはマイラの行動を明るみにしただけに留め、決して犯人を指摘しなかった。
――彼が何を考えているのか、マイラには計りかねる。




