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マイラ・グランヴィルは語られる6

 チャールズが案内したのは王城の一室、チャールズのために用意された書斎だった。かつては現国王が王子の時に使用していた私室をチャールズ好みに改造したらしく。窓以外の壁は全て書棚で埋まっていた。もはや威圧感すらある書斎に気圧されて、マイラは部屋の中へ入るのに躊躇ってしまう。

「マイラ様、別に罠などはありませんよ?」

 騎士団長のゴドフロワが背後からそう言ってきたので、マイラはちょっとだけ呼吸を整えて中に入る。広い。マイラが軟禁されている部屋よりも広く、その壁を覆う本の量は圧倒的だ。一瞥しただけでも歴史書から現代科学までその範囲は実に幅広い。

「さて、座ろうか」

 チャールズが席に着く。彼は窓から避けるように、後ろには本棚、左右には壁のある位置の椅子へと座る。椅子は三つ用意されており、どれも造りに変わりは無い。王子が客人を読んだ際に騎士団長が一緒に座るのも考えにくいので、これは最初からマイラが来ることを予想していた椅子の数だろう。

(どこまで考えているのかしら)

 油断がならない、というよりも一体その思慮深さに軽い恐怖すら覚える。――フィデスの一言がなかったらどうしたつもりだったのだろうか。

(それとも本当にどっちでもよかった?)

 来る可能性、来ない可能性、両方を想定していただけに過ぎないのかもしれない。

(……ダメダメ、これは沼に落ちるような思考よ。もう少し冷静になりなさい)

 深く考える必要はあるが、深みに嵌まる必要はない。そのさじ加減を間違えると相手の思考を先読みするどころか逆手に取られて墓穴を掘ることになるだろう。だからマイラは一端冷静になろうと深く息を吸って吐く。落ち着くことが肝心だ。

 王子の視線は相変わらず誰を中心に観ているのか不明なまま、いっそ虚空だけを見つめているのかといった淡々とした眼差しをしていたが、やがてその視線がゴドフロワに向けられる。マイラもちらりとそちらを見ると、騎士団長は小さく頷いた後、廊下へ出る唯一の扉の傍に移動した。あくまでも警護としての行動だろうか。

「さて、始めよう」

「あの、何をでしょう?」

 フィデスの問いは今まさにマイラが言いたかったことであり、グッジョブと彼女を心の中で褒める。

「簡単なゲームだ。然したる重要なことではないが、然してそれは運命的なものである」

(急に詩的になったわね。あ、元々そういうキャラだったっけ。さすがに十五年もゲームから離れていると今の現実に記憶が負けそうになるわ)

「マイラ嬢はあくまで偶然参加するということを先ず忘れないでいてほしい。フィデス嬢、それでいいかい?」

「あ、はい。マイラ様は私がお誘いしましたから。念を押さずとも大丈夫ですよ」

「言葉として残すことに意味があるのさ」

(本当に詩人かこいつは)

 一体何をしようとしているのか、マイラにはさっぱり分からなかった。

「ここではボクの得意なゲームをしたい。犯人を指名し、犯人のアリバイを紐解くといったゲームだ。頭は使うが、なかなかに楽しいゲームとなるだろう」

(――は?)

 一瞬、マイラは表情を崩しそうになった。

「犯人当てっこゲームではないんでしょうか?」

「ああ、それとは違うよ、フィデス嬢。最初から犯人を決めておき、犯行現場での状況を説明することで犯人役は自身の身の潔白を証明し、そしてその証明を崩せなければ犯人の勝ち、崩した場合は犯人ではない方の勝ち、だ」

「そんな、こと――」

「どうしたんだい、マイラ嬢」

 淡々としている声が、名前を呼ぶ。

「何か不都合でもあるのかな?」

「――ありませんわ、王子」

 ある、と断言し、「まるで婚約者の死亡を思い出させるようなゲームをするなんて気分が悪い」といちゃもんをつけて部屋を出て行く手も浮かんだが、なんとなくソレは通じないだろうという予感があった。むしろそれならそれで構わないといったスタンスなのだろう。

 その場合、その後この部屋で行われるゲーム内容を把握できなくなってしまう。そのほうが遙かに都合が悪い。

(もしこの王子が私を疑っているのなら、間違いなくゲームを通じて私のことをフィデスに吹き込む。少なくとも私が彼の立場ならそうする。手としては回りくどいけど。そしてそれを防ぐには私もゲームに参加する以外にない――)

 要はどこまで『言い訳』をできるかに寄る。

「さて、ゲームを始める上で犯人を誰にするかだけど、誰か犯人をやりたい人はいるかい?」

 ――迷う。

 自分から犯人役をやるのか、それとも誰かに任せるべきか。フィデスを犯人にするか、自分が犯人となるか。

(フィデスが犯人?)

 ふと、マイラはフィデスを見遣る。

 マイラの視線に気付いたフィデスが小首を傾げる。真っ白な少女。いっそ透明感すら覚える程に透き通り、光を反射する髪の毛。まぶたも長く、線は細く、もしもっと化粧を覚えさせ身なりを整えたならば貴族の令嬢とほとんど変わりない、そんな少女だった。

(彼女が犯人?)

 待て、とマイラはマイラ自身を止めようとする。けれども止まらない。心の中に相反する自分が二人居る。一人はフィデスを汚すことを畏れ、もう一人はフィデスに押し付けることを提案する。

『自分が犯人にならないことが、マイラ・グランヴィルの幸せに繋がる』

『フィデス・サンクは何も関係が無い。彼女を巻き込むべきではない』

(なにこれ……なに……?)

 頭が痛くなる。心が裂けそうになる。誰をどう巻き込もうと最終的な目標は変わらないはずだ。少なくとも彼女はそうやって今まで生きてきた。誰を犠牲にしても、誰を陥れても、誰を殺そうとも、最後は『マイラ・グランヴィルが幸せになればいい』という信念を以て生きてきたのだ。それなのに。

「マイラ様?」

「え、あ、なんでもないです。……チャールズ王子」

 心配そうなフィデスに少しだけ微笑んでみせてから、マイラは自分の胸に手を当てる。

「私が犯人になりましょう」

 ――やめろ!

「私が謹んでその役をやらせていただきますわ」

 ――自らを犯人と名乗るな!

「とても、ええ、とても」

 マイラはにこりと笑みを浮かべる。

「楽しそうですもの」

 虚勢を胸に、マイラは心の底から楽しんでいるのだとその笑みを強く張り付かせたのだった。

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