マイラ・グランヴィルは語られる5
「ああ、別にこの問いはマイラ・グランヴィル嬢でなくても構わない。そうだね、そこのフィデス・サンク嬢、君が答えてくれてもいい。ボクを殺そうとしていないかい?」
「え、ええ、そんなこと考えたこともありません……!」
フィデスが思い切り首を横にぶんぶんと振っている。当たり前だ。冗談でも王位継承権を持つ王子を殺したいなどと城の中で口にしようものなら問答無用でその場で処刑されたとしても文句は言えない。
「ふむ?」
王子はマイラとフィデス、そしてメイにじっくりと視線を泳がせながら軽い握りこぶしを作って顎の先端に添える。
「どうにも意図が伝わらなかったか」
「何の意図ですか!」
「おっと、マイラ嬢は元気だね。もちろんそのままの意味……でもないか。うっかり『殺そうと思ってます』って返事をしてくれたなら楽だったんだけど」
言うわけがないだろう、そんなこと。
心の中で突っ込んでみたが、なるべく顔に出さないよう努めたので心の中までは読まれていないだろう。もっともそういう魔術があれば別だが、そんな便利なものがあればもっと活用されていて然るべきだった。
「だからマイラ嬢ではなくフィデス嬢に訊いたんだがね、君は物事を隠すことはしなさそうだし」
「私が……え、マイラ様が人殺しをしているかどうか、ですか?」
「まぁ、そういうこと」
「いやいや王子!」
視界に影がかかる。
またも頭上から聞こえてきた声に驚いて顔を上げようとした瞬間、なんか凄まじい重量の何かが地面に突き刺さっていた。鎧人間だ。全身鎧の何かが突き刺さっており、顔の部分は翻ったマントが覆い被さってすっぽりと隠れていた。。あまりにも奇妙な光景に唖然としていると、その鎧からまたも大声が発せられる。
「勝手なことは困ります! 王子!」
「いや……そうするとは言ったじゃないか……」
「窓から飛び降りるとは聞いてませんでしたが!」
「それは言わないよね、普通」
「飛び降りませんよね、普通!」
地面に両手を突いて強引に地面から抜け出そうとするが、思ったより深かったのか腕だけで抜け出すのは苦労している鎧姿の人間を見て、マイラは思わず噴き出しそうになるのを堪える。
「仕方無い。我が身を拘束する土塊共よ。我が身から離れ道を譲り賜え!」
魔術の発動だ。魔術内容はそのままだろうとあたりをつけていると、鎧男を埋めて掴んではなさなかった地面が男を中心に割れ、隙間が出来る。
「とう!」
その隙に両手に力を込めて、跳ぶように地面を抜ける。いや、実際に両腕の力だけで身体を高くジャンプさせてみせたのだ。
(どんな膂力よ!)
しかも重そうな鎧を着てのそれなので、マイラとフィデスが唖然として男が着地するのを見守る。
「はい王子、これで御身を守れます」
「騎士団長ともあろう者が王子を守れない時間を作るとは、やれやれだね」
「ははは待ってください、あんな突飛なことをしておいてそれを仰いますか?」
「あの、確かゴドフロワ騎士団長様……ですよね?」
「ああ、これは聖女様。土まみれの姿で大変失礼致しました」
大柄な男はマントを翻し、その精悍な顔をこれみよがしに見せつけながら、鎧の重さを一切感じさせない優雅な一礼をする。フィデスも慌ててぺこりと頭を下げて対応するが、やや困惑の色が隠せていない。
「では王子、お話は済みましたかな?」
「あの短時間で意思疎通が十二分に交わせるというのなら、世界から戦争は無くなるだろうね」
「なるほど、それはもっともですな。ははははははは」
(一体何が楽しいのよ……)
とりあえず徹頭徹尾自分とは合いそうにない人物だと確信するマイラだったが、正直そのこと自体はどうでもいい。とりあえず問題となるのはゴドフロワという男が見せたその怪力具合だ。単純な力だけなら恐らく今まで見てきた人間の中でもっとも強く、そして頑強であるだろう。マイラにとって人知を超えた頑強さというのはそれだけでかなり厄介だった。
そしてこの王子。
自分を殺そうとしているか、とわざわざマイラに訊ねてきた。その直後フィデスにも同じ問いをしているから偶々の可能性は否めないものの、やはり警戒されていると考えるのが妥当だろう。元々第三王子という立場にあるチャールズを軽く見るなどあり得ないことだが、先日のことといい、やはり何かしら事件について掴んでいるものがあるのだろうか――
(変に深読みするのは危険ね。かといって深読みしないわけにいかない。厄介ね。ある程度話して相手の性格と状況を推理できたアズヴァルドならともかく……)
――前世の記憶では散々見てきたキャラクターではあるが、その時の記憶がどこまで役に立つか分からない。今までの人物なら通用したかもしれないが、この王子だけは考えが読めないのだ。かつてプレイしていたゲームでもこの王子は最後まで己の考えを悟らせない立ち位置にいた。また一方で頭脳戦ともなれば他者を簡単に出し抜く賢さをも備えている。第一王子はもちろん第二王子も頭の切れを見せていた傑物ではあったが、こと知能戦ということにおいて第三王子には及ばないだろう。――それ故に彼が王位継承に消極的な態度も何かしら意味があるのだろうと察することはできるが、マイラはそのことについて考えることはしない。
――考えるべきは今このタイミングで自分の前へ姿を現したこと。
マイラはこの城において自分の味方になる人間はいないと確信している。そもそもマイラの味方になる利点が場内に存在せず、またマイラ自身が自分を利点とする方法を見出せていない。それならば最初から全員が仮想敵として構えていたほうが随分と楽だった。
「ところで彼女――ああ、なんだったかな、そうだフィデス嬢、君に話があるんだけど、いいかな?」
「え、わたし……ですか?」
(フィデスに……?)
自分のところに落ちてきたのと、あからさまに疑っているアズヴァルドとの対談のせいでマイラは勘違いを起こしていた。
(王子なら聖女の方に用事があるのは当たり前よね……私は元婚約者であるものの、身分的には貴族の娘に過ぎない。聖女である彼女に用事があると思うがごく自然な流れだもの)
逆に今この場で先ほどの不可解な問いを続けさせられるほうが何かと厄介ではあった。マイラはそっと胸の奥を落ち着かせる。
――そのマイラを第三王子は横目で始終観察していたのだが、いまだマイラはそれに気付かずにいる。
「さて、ここでは何だ。聖女、ボクの書斎に来ないか? ああ、連れてきた護衛も一緒にだ。その用が不都合が無いだろうさ」
「マイラ様は?」
「マイラ嬢か。うん、どっちでもいい」
完全に興味の対象外といった様子でチャールズはマイラに一瞥もくれなかった。
(いや、いいんですけどねー?)
無視してくれるのならば逆に好都合だ。こちらに興味が無いということは、つまりチャールズはまだ『マイラを犯人と疑っていない』のではないか、という可能性もある。
(油断は禁物だけど、そうならばどんなに楽か)
「ええ、では私は部屋に戻らせていただきます。フィデスさんはゆっくりとお話してきてくださいませ。くれぐれもチャールズ王子にご迷惑をかけぬよう――」
「え、あ、マイラ様!」
「はい?」
「マイラ様もご一緒にどうぞ!」
「……」
やっと部屋に戻ってひと息吐ける、そう考えていた矢先の提案だった。当然ながら心は拒否を発動するものの、まさかそれを顔に出すわけにもいかず、マイラは努めて冷静なフリをしながら小首を傾げる。
「私? いいえ、お呼ばれしているのはフィデスさん、あなたなんですから、私のことなど気にせず」
「いいでしょうか、王子様?」
こちらの言葉を遮るように、フィデスはチャールズに同意を求める。
(王子相手に物怖じしない態度、怖っ……!)
尤も、その件に関してマイラがとやかく言える立場ではないが。
「そうだな、騎士団長?」
「はっ、問題ございません」
(? 何の確認……?)
阿吽の呼吸とでもいうべきか――阿吽という言葉がそもそもないが――、チャールズと騎士団長のゴドフロワは簡単に意思確認を行った後、チャールズは醒めた瞳をフィデスに返す。
「いいよ。マイラ嬢もご一緒に」
「ありがとうございます、チャールズ殿下!」
「気軽にチャールズでいい。どうせ王位を継ぐ気は無いんだ。父上の意向は知らんがね」
「ではチャールズ様と」
「まぁ、それでいいか。で、マイラ嬢はどうする?」
ここまできて王子の誘いを断るのはさすがに難しい。
「承知致しました。是非ご相伴にあずからせていただきますわ」
「まぁマイラ様、そんなお堅くならなくても」
「フィデスさんが軽すぎるんです」
「えっ、そ、そうですか?」
自分の主人が部屋に戻ることがないと聴いてから、メイがそっとマイラに近寄ってきた。
「ああ、そうね。チャールズ様、彼女は私のメイドです。もし宜しければ彼女の同席も許しても?」
同席とはいったが、さすがに同じテーブルに座る訳ではない。メイドはメイドらしく主人のすぐ傍に控える。マイラとしてはメイも一緒に椅子へ座って歓談を楽しんで欲しい気持ちもあるが、しかし貴族とメイド、ましてや相手が王族となれば住む世界が違う。この世界においてそのルールを破る訳にはいかない。
「いいさ、ゴドフロワにお茶でも用意させよう」
「いいえ、そこは私が」
「やめてくれ」
チャールズはいたって口調を変えず、しかしはっきりと拒否をしてきた。
「君にお茶を淹れさせるわけがないだろう?」
「……?」
メイの顔に戸惑いの色が浮かぶ。こういう場においてそういう準備をするのはメイドの役割だ。その役割を奪い、尚且つ騎士団長という立場にある者を使うなど通常考えられる事ではない。
(警戒されている、ということかしら)
あるいは王子として当然の嗜みといったところだろうか。王位継承権を巡り血生臭い抗争が水面下で行われることは世の常だが、そういうところで育ってきたのなら飲み物一つとっても信頼の置ける者に任す以外に選択肢がないというのも納得できる。
「――勘違いしているようだから言っておくが、ボクは潔癖症なんだ」
「え?」
「だから見知らぬ者の茶など飲めん。本来、見知らぬ者の治療をすることも希というか可能なら絶対拒否したいところだ。別に聖女だから拒否しているのではない。兄上の元婚約者が連れているメイドだろうと、また聖女といえど他人だから拒否しているんだ」
「は、はぁ……」
いまいち分かっていないといった様子でフィデスが生返事をするが、チャールズは軽く嘆息するだけで背中を向ける。
「さて行こうか」
王子がそう告げると、マイラが断る隙も見せずにとっとと歩き出してしまったのだった。
(行きたくないなぁ……)
とはいえ、チャールズとフィデスの会話が気にならないわけがない。二人が何を話すのか、むしろ聞いておく必要があるのだろう。
(そうよね……下手に計画が崩れるようなことを言われても困るし、二人のコトは監視していたほうがいい。何しろ彼も、あの人も私のターゲットだし)
気持ちはあまり乗り気ではないが、理性で自分を納得させることにしたのだった。




