マイラ・グランヴィルは語られる4
マイラが王宮魔術研究所の建物から出ると、すぐにメイド姿の女性が駆け寄ってくる。マイラに仕えているメイは心配そうな顔をして声を掛けてくるが、マイラは「大丈夫よ。行きましょう」と笑顔で告げて王城へと戻る。王宮魔術研究所の建物は王城の敷地内にあるため、軟禁状態のマイラが寄ったとしても決して王城を出たことにはならない。それにマイラが移動する時には必ず兵士の一人が付くことを義務づけられていた。
「マイラ様、お疲れですね」
「ええ、もう疲れたわよ。とんでもない質問を何度もされたもの」
「まぁ、お嬢様を不快にさせるなんて」
「そうね」
一歩後ろを歩く兵士の一瞥した後、口を開く。
「まさか私を王子殺しの犯人だなんて言い始めるんだもの!」
「まぁ!」
その兵士が一瞬ギョッとして足を止めかけたのを、マイラは見逃さなかった。
「そんな侮辱を言われたのは初めてよ。いえ、第一目撃者である私が疑われるのは仕方無いこと。でも元婚約者である私があの方を殺すはずないじゃない!」
思いっきり感情を込めて怒鳴るように言い放つ。少し過剰かなと思いつつ様子を探ると、兵士は何を思ったのか、うんうんと頷いていた。
「やはり犯人は私の手で捕まえる必要があります……なんとしてでも!」
さらに拳を握り演説を続けると、さすがに兵士がおずおずと手を伸ばしてくる。
「ま、マイラ様、そういうのは我々の役目です。貴族のお嬢様が危険を冒してまですることでは」
「ですが!」
ばっと振り返り、その兵士に詰め寄る。
「あなたがたは未だに犯人を捕まえておりません! なぜですか!」
「……慎重を、その、要するので。未だ公に調査は行えません。その為やや難航しておりますが、しかし必ずや犯人を捕らえてみせましょう」
「それはあなたが言える言葉ではありません。責任のある立場の者が言うことです!」
「うっ……!」
「私は我慢がならないのです! 婚約者として、何より幼馴染みとして! 必ずやこの手で……!」
「ま、マイラ様、落ち着いてください! どうかこの辺で……目立つのはあまり宜しくないかと……!」
「むしろ私が目立つことで犯人を誘き寄せることができるのでは!」
「危険すぎます!」
さすがに言い過ぎたのか、兵士が張り上げた声で慌てる様子を見たマイラはここで一つ嘆息する。
「――分かりました。ここはあなたの顔を立てて部屋に戻ります。しかし覚えておいてください。私は犯人を決して許さないと。いざとなれば騎士達を出し抜いてでも犯人を捕まえる気なのだと」
「お、覚えておきます……!」
兵士は緊張しながら敬礼をする。さすがにやりすぎたかなと思わないでもないが、決して不要なことではないはずだ。マイラは隣で目を輝かせている聖女フィデスを視界に入れてから、一度深く嘆息し、空を見上げ、もう一度視界を真っ正面に戻す。
「さすがですマイラ様!」
「……」
ツッコミが追い着かない。なんでここに聖女がいるのだ。いや、最悪出歩いていたとしても、どうしてマイラのところに来ているのかと。そもそもここへ来ることはフィデスに伝えてなかったのだ。
「……フィデスさん? どうしてこちらへ?」
「はい、お花を摘みに来たらマイラ様の声が聞こえましたので」
「トイレはあっちですよ」
「? いえ、薬草に使えるお花を摘んでたんですよ?」
「あっ、あー、そういうこと……ね。うん」
いやそういうことではないと頭の中で自分を叱咤する。
「あのですね、ご自分のことをいまいち分かっていないようですから改めて伝えますけどね? 貴女は聖女なのよ? しかも他国からも狙われている身。いくら王宮だからといってほいほい一人で歩いていってよいものではないのです! そもそも部屋の前に兵士がいたわよね、止められなかったんですか!」
「いえ、警備兵の方ならほら、あそこに」
と、フィデスが指差した方向に目を向けると確かに二名ほど物陰に身を隠しているような兵士がしっかりとフィデスや周囲に目を光らせているのが分かる。警護はするけれどなるべくフィデスという少女に威圧感を与えたくない、そういった配慮も感じられた。
「……なんだかなー」
これ以上深く考えても仕方ないのかもしれないが、マイラとしては可能な限りこの聖女の動きは把握しておきたい。だけれどもフィデス・サンクという少女はどうにも自由奔放なきらいがある。
「おやおや、ご歓談中だったかな」
なぜか『真上』から声が聞こえてきたけれど、そんなことあるはずがないと思っているマイラはつい左右を見回す。
「視界が狭いな、君は」
マイラの眼前に、真上から少年が振ってきた――というのが正しい表現かはさておき、文字通り垂直に降りて涼しい顔で難なく着地する。高貴な身分であろうことが一目で分かる衣服にも乱れ一つない。
(――チャールズ! 第三王子!)
目標の一人だ、ということをすぐに把握したマイラの心に警鐘が鳴る。近くでマイラとフィデスのやりとりを見ていたメイも心なしか少し腰を落としていつでも動ける準備をしているが、それは今マイラが気にすることではない。第三王子といえば切れ者としてのイメージがマイラに存在する。あらゆる策略を見抜き、また柵を巡らせて敵対者を追い込むことに関して彼の右に出る者はそうそういない。だがどちらかといえば悪役よりも――
(そう、この人を表現するなら――)
――探偵。
まだこの世界には存在しない職業だ。時代的にもそろそろ現れてもいいだろうが、少なくとも今この時点において犯人を推理する専門家の先駆けといえば、このチャールズ王子をおいて他にいないとさえいえる。
「真上から王子様……!」
フィデスが目を丸くするのも無理はない。
(もっとこう王子らしくマントを羽ばたかせながら降りてくるとか、そういう効果的な演出が必要だと思うのよね、うん。直上からはないわマジで)
とはいえ目の前の王子にそういう演出を期待するだけ無駄だろう。彼は恐らく自覚こそしていないが、探偵らしく目立たず物事を観察と推察することに長けている人間だ。およそ王子という立場からは遠い性質と性格だといえるだろう。
「さて、何も酔狂で上から降りてきたわけじゃないんだがね」
「いや酔狂以外なんだっていうんですか……?」
魔術で落下速度を抑えるとかしたのだろうか、このチャールズがその手の魔術を使えるかはマイラも知らぬところだが、そもそもどこから、どの程度の高さから降りてきたというのだ。
「うん、まぁ度肝を抜けたようで、そこの試みは成功したみたいだ。で、まぁついで話なんだが、いいかな」
「え、よくないです」
「君、割とズゲズゲ言うな。仮にもこっちは王子なんだが?」
「でも、いきなり目の前に現れての質問は王子様でも失礼かと思います」
そう断言したのはフィデスだった。マイラも驚いてフィデスに目を遣る。いくら王子という立場に無頓着であろうと相手が相手だ。元々平民であるフィデスが口答えするのは無礼にも程があるだろう――
「まったくもってその通りだね。これは失礼したよ、レディ」
(あれ?)
あっさりと引く第三王子に少し拍子抜けするが、よくよく考えるとチャールズという人物は王位継承権を疎んでいるきらいがある。ならばフィデスぐらいの無礼など気にもしないのかもしれない。
(それが私に対して同じと考えるのは早計よね)
「マイラ・グランヴィル嬢、少々話をしたいんだけど、構わないかい?」
「私に、でしょうか」
「ああ、はっきりと名前を告げたのだから、当然だろう? 君以外にマイラ・グランヴィルがこの場にいるのなら話は別だけどねぇ」
「――謹んで」
そっと、マイラはスカートの裾を上げて頭を下げる。
「感謝するよ。さて、君に対して色々と考えていたんだけれど――そうだね、あまり回りくどい言い方をするのは何だ、君、ボクを殺したがっているだろう?」
「……は?」
あまりの問いに上擦ったような声を出してしまう。




