マイラ・グランヴィルは語られる3
パタン、とドアが閉められ、マイラが研究室を抜けていく足音がする。少ししてから研究員が入ってきて、マイラが出て行ったことを伝えてきた。研究員に礼を告げて仕事に戻るように言い、再度扉が閉まったところでアズヴァルドは目を細める。
「さて」
パン、とアズヴァルドは誰も居ない部屋の中で手を叩く。
「今の会話を聞いてどうでしたか?」
その言葉が終わるか否かのところで、ゴトリと本棚が横に動く。動かしたのは鎧を着た大男であり、その脇から一回り以上小さい少年が姿を見せる。
「なんとも埃臭くて、鼻がおかしくなりそうだったよ」
「おや、すみません。普段は使わない隠し部屋なので」
「いいえ副所長殿! 実に話を聞きやすい良い場所でしたよ!」
「ありがとう、ゴドフロワ騎士団長殿」
隠し部屋から姿を現したのは、この国の第三王子となるチャールズ、そしてその彼を直接護衛しているゴロフロワ騎士団長であった。頭二つ分ほど背丈の違う二人だったが、不思議とこの二人が一緒にいることの違和感は無く、アズヴァルドも騎士団長ほどの人間が直接護衛していることについての疑問をついつい忘れてしまいそうになる。
「ああ、こいつがボクの護衛についてるのは、母上からの命令だからだよ。ボクまで死ぬわけにはいかないからね」
「相変わらず人の頭の中を読むのがお得意なようで」
「問われる前に答えただけだよ。面倒は省きたいんだ。なにしろ面倒だからねぇ」
「なら理由と結論を語って頂けましょうか」
「ん~」
チャールズはマイラが座っていたところに目を落とす。
「魔術の類は使われていない、か」
「仮に魔術を使ったならば、私が見逃す筈がありません」
「どーだか」
「……」
「さて、それじゃあ話をしよう。今のマイラ・グランヴィルとの会話で掴めたことといえば――」
「そうですね、そちらのほうが重要でしょう」
「お前が割と性悪だってことぐらいだなぁ」
「……」
ば、と手を挙げるゴドフロワ。まるで教師の質問に答える生徒のようだった。
「王子、それはあまりにも失礼かと存じますが!」
「まぁ、うん、まぁ、ただの感想だと思って聞き流して欲しい。今は副所長の性癖より彼女のことだったな」
「いえ、性癖では。王子、王子? 聞いてます?」
「あの娘、あの時会ったときには感じなかった頭の切れがあるみたいだなぁ。こちらには気付いていなかったから、恐らく副所長と対面するにあたり自意識と頭の回転をフルに稼働させてた」
「だから私の……いえ、それはさておき、それで?」
「うん、そんぐらいだ。協力ありがとう」
「王子、アズヴァルド副所長殿を相手とはいえさすがにちょっと淡泊が過ぎると思いますよ?」
微妙に慰めになっていない騎士団長はいいとして、アズヴァルドは目の前の王子がこの対談を仕組んだ理由を改めて考える。この第三王子という立場の人物は、上の王子達と比べて消極的であり、自ら面倒ごとに首を突っ込むような性格ではない――と分析をしていた。さらに追加するなら権力争いにも全く興味を示した様子が無かったというのに、今回に限り――いや、今となって動きを見せたというのはアズヴァルドにとって興味深い所である。
しかし頭は回る。その頭脳は政治にこそ向いているわけではないが、魔術分野や学術的な意味において突出した才覚を発揮しているのだ。そして王子自身があまり外を歩かずに研究やら趣味やらに没頭することから、彼が文化的な意味合いで貢献渡は計り知れないものがある。
(ですが殺人事件に動くとは。血の繋がった者が殺された故の情か、あるいは自身が狙われるかもしれないという危機感からか)
何にしろこの王子は自身に身体能力が無いと正しく分析しているからこそ、第一王子や第二王子のような油断は存在しない。
「とはいえだ騎士長、今の会話だけで判別したのはソレで十分だろう? ああ、副所長、世話をかけた。借りといったほうがいいかな。もし何かあればチャールズの名において借りを返そう」
「それは大変助かります」
王子への借りを無碍に断るのは、逆に出世欲のある者だ。アズヴァルドは王族に取り入って権力の座を手に入れる気は毛頭無い。あるのはただ、自身に沸いてくる欲を満たすことなのだから。
その為ならば多少の毒ぐらいは飲み込んでみせる。楽しみと痛みは表裏一体だ。目の前の王子が何を考え、何をしようとしているのかは今後見定めていくとして、最優先事項はやはりあの貴族の令嬢だ。
(マイラ・グランヴィル……彼女はとても面白い。彼女の喜劇をもっと見届けたい。そう、どこまでもね)
「では、王子には一つ手伝って頂きたいことがあります」
「アズヴァルド副所長、借りとはいえ王子に対して手伝いなどと」
「いい、ボクが借りだと言ったんだ。で、なにを?」
「実証をしたいのです。あのマイラ・グランヴィルが『何もしない』ルールを確認するための、実証実験をね」
「……。なるほど、それでボクか」
「聡明な王子ならばとうに気付いているかと思いましてね」
「あんた自身を使った実験は成功した。それで実証されたのでは?」
「そうですねぇ。彼女が『ひとりきりの時に殺しにくる』という仮定で私と彼女の一対一の対談を行いましたが、結局何も起きませんでした。尤もあの場で殺人事件など起こそうものなら犯人は自分だと語っているようなものでしょうが」
「……。だからもっと限定した『場』を用意して、彼女がどう動くかを確認したい、と?」
「そうです。当然王子一人という訳にはいかないでしょう。ゴドフロワ騎士団長殿を傍に控えた状態で彼女と会って頂きたいのです。どう動くか、その実証実験はとても貴重なものとなりましょう」
アズヴァルドは王子がこの提案を断ることはないだろうとほぼ確信を持っていた。そうでなければ今回アズヴァルドとマイラの二人だけという特殊な環境を作り裏でこっそり様子を覗うなんてこと、向こうから提案してくることなどないだろう。つまり第三王子チャールズもまたマイラ・グランヴィルに並々ならぬ興味を抱いているということになる。――それが愛憎どうであれ、だ。
「分かったよ、面倒だがその提案を受けよう」
「王子!」
「ゴドフロワ騎士団長、いざとなれば君が守ってくれるんだろう」
「それは当然です!」
「ならば問題ないさ。で、副所長殿?」
チャールズが些か冷ややかな視線を向けてくる。
(おや、これは嫌われたかな?)
特に親好があったわけでもないのでアズヴァルド個人としては嫌われようとさほど気になることはないのだが、それによって研究所にあらぬ影響があるのはあまり良い気分はしない。アズヴァルドにとってこの王宮魔術研究所は都合の良い場所なのだから。
「母上はどこまでご存じだ?」
「何の話でしょう」
「ボクに秘密を隠し通せると思ったか? 些か舐められたものだな。まぁいいさ、ボクから母上に訊くべき質問だったからね」
(でも訊きにいかない、ということは王妃とあまり関係が良くない、ということになる。それも当然か。この王子は側室の子。正妻の子が二人殺され、王位継承権が降りてきた側室の子と仲が良くなる理由もない)
それでも第三王子があの王妃を母と呼ぶのは、彼の実母が既にこの世から去っているからだ。
(王命で母と呼ぶように言いつかったというけれど、やれやれ、王族というのは実に面倒なものだ)
「ではチャールズ王子、実証の協力を」
「すぐにでも構わないかな?」
「いつでも。結果さえ判明すれば」
「うん、そうか。ゴドフロワ騎士団長、行こう」
「――はっ」
大柄の男が鎧の重さを感じさせない敬礼をし、部屋を出て行こうとする王子の前にドアを開いて先に出て、ひどく自然な姿で最大限の気を回している。アズヴァルドが改めて王子の警護を言わなくとも、彼は強引にチャールズの警護を務めただろう。
またゴドフロワの動きは鎧を着込んでいるとは思えないほどに軽く、動きに不自然さがない。自身の鎧の稼働部分を全て把握し身体に覚えさせていなければあそこまで自由に振る舞えないだろう。
(さて、マイラ・グランヴィルはどう動くかな)
殺されても痛くはないが、本当に殺されるとは思っていなかったあのセイロが死んだ。しかもマイラ・グランヴィルと『ふたりきり』の時に。これだけで疑う余地は十分にあるが、問題はセイロ自身が夥しい数の不審者を殺していた、というところにある。騎士団の調査によればどれも自国民ではなさそうということだったが、ちゃんとした身元判明までには時間がかかるだろう。――その全てが聖女を狙っており、それはまた聖女であるフィデスを守っているセイロを殺さねばならなかったということだ。セイロがどれだけ超人じみた身体能力を持っていたとしても所詮は人間だ。持続力や集中力にも限界がある。その隙を狙われ殺されたという可能性は十分に高く、実際、セイロが襲われたと思しき場所の近くで不審者の死体が発見されている。
(まるでマイラ・グランヴィルの証言通りに)
マイラを疑う余地はあるが、犯人と決めつける証拠に欠ける。だからこそ彼女はあくまで第一発見者でありながら重要参考人として軟禁の身であるのだ。またこうして城に閉じ込められた状態でセイロを殺せるだろうか。あのセイロが易々と急所を刺されるだろうか。
(集中力が切れていたと仮定したところで、不自然ではある。まだ遠くから矢で射られたというほうがするりと納得する。あのセイロという男、私ほどでは無いが耳も勘も相当良かった。殺気には敏感だったはずなのにだ)
アズヴァルドはゆっくりと椅子に座り、深く息を吐いた。
「まぁいいさ。私は楽しめればいいんだ。今回の余興はさぞかし楽しいものになるだろう」




