マイラ・グランヴィルは語られる2
彼女が酷く後悔したと思ったのは、指摘そのものよりも、指摘されたことによって頬を伝った汗のほうだった。
これは明らかに動揺としてアズヴァルドに伝わってしまうだろう。事実、酷く動揺しているのは確かだ。表情を変えていないのは自分でそうしているのではなく、凍って変えられないといったほうが正しいだろう。
(待って! 待って待って! なんでどうして! いきなりそんなこと言っているの! え、証拠は? 証拠はあるの? こいつに限って何の確証も無くそんなことを言ってのけるはずがない!)
もしやアズヴァルドはマイラも把握していない証拠を掴んでしまったのかもしれない。どこかでマイラ・グランヴィルが起こした犯行だとする決定的な証拠が残っていたのかと、マイラは全力で頭をフル回転させる。返事する余裕は無い。それよりも今はこの状況と事態を打開するほうが圧倒的に優先度が高い。
(しかし黙ったままなのも駄目! 何かしら返事をしなければ不自然! でも何を! 相手が何を掴んでいるかわからないのに、一体何を言ったら回避できる!)
言わなければならない。
何を言わなければならないのだ。
(私が犯人だなんて、何の冗談? というのが定石だろうけれど、そんな程度の言葉ではより逃げ場を無くす! そうじゃない、相手の裏を掻く言葉を選ぶ必要がある! どうして私を指摘できた? どこでミスをした? 考えろ考えろ考えろ――)
「どうしましたか、マイラ嬢。あまりのことに言葉を失っているようですね。もう一度言いましょうか? 貴女が殺した第二王子のエドアルド様のことですよ」
「……」
マイラは目を細めて笑みすら浮かべている男に視線を返す。
「私を犯人と指摘する理由は、恐らくエドアルド様に出会った最後の人間が……アズヴァルド様を除けば、私だからでしょう?」
「どうでしょうか」
「ということは、やはりフィリップを殺した犯人も私だと思っている――ということに繋がりますね?」
「実に話が早い。認める、ということでよろしいでしょうか?」
「いいえ、これは今の貴方の言葉から推測しただけに過ぎません。確証があるのかどうかは知りませんけれど、私が二人を殺したと仮定した場合の話です。つまり」
「つまり、あくまで仮定であって、真実ではない。認めるわけにはいかない、といったところでしょうか」
「……」
「マイラ嬢は実に聡明だ。普通、犯人だと指摘された時は犯人でなくとも動揺するものです。けれど貴方は理性で返した。これはなかなかできることじゃない」
「……お褒めにあずかり光栄ですわ」
マイラは一切視線を逸らさない。
「故に、犯人か否か、その断定を許さない。貴方は聡明過ぎるのですよ、マイラ様」
「今度は褒めていませんね」
「いいえ、最大限の敬意を払っていますよ。何しろここまで城内にいながら好き勝手やったんですから、いやぁ、その度胸と知恵は大したものです」
「待ってください。犯人は私だと決めつけて話していますが、それは無理があります。私がフィリップを殺した? 元婚約者に対して巫山戯たことを言わないで。殺すはずがないでしょう!」
「動機なんて後から探せばいいんですよ」
「そもそも殺せるはずがないでしょう……! エドアルド様をも殺害した? そんなのは初耳です。あの方を殺せる人がいるとでも?」
「目の前に」
「だから無理だって言っています……!」
証拠は、と一言飛ばしたいのだが、ここで決定的な証拠を出してもらうほうが困る。とはいえ先延ばしにするのもそろそろ限界だ。自分の潔白を証明するには、差し出された証拠ごと真正面からたたき伏せるしかない。そもそも手の内を見るのは今後の為にもなるし、いずれやってくるチャンスとピンチが今訪れただけにすぎない――と、マイラは眉を寄せる。
(可能? 潰せる? いや、やるしかないのよ!)
すぅ、と息を吸って、その言葉を吐く。
「証拠はあって?」
「証拠、ですか。そうですねぇ……まず今の会話の中で不思議に思ったのは、やはりエドアルド様についてでしょうか。初耳だと聞きながらそこに動じることなく、さらには先日そのエドアルド様の許嫁になったというのに、そこへの感心がまるで感じられなかった。もし本当に知らなければこう返していたでしょう」
「……?」
何の話だ、と疑問が浮かんだが、マイラはすぐに気付いて冷たい空気と怒濤の如き後悔が足下から脳天まで駆け抜けていく。
(しまった!……しまった、しまった、しまった!)
「王妃様との間で話し合った許嫁の場でエドアルド様がいらっしゃらなかったのはなぜか、と。聡明な貴方が犯人で無かったなら、またあそこまで仮定を述べて推理するような人物であるならば、そこは確実に外せないポイントで確認すべき所でした。ですが、ここに何の疑問も抱かなかったのは何故か――酷く簡単です。既に知っていたからですよ、ねぇ、マイラ・グランヴィル様?」
「いいえ、それは……」
その通りだが、それを認めてしまうわけにはいかない。
(気付かなかった、という? だめ、それじゃこいつの今の話では『私が気付かなかったのが不自然』だという反論にならない。どうする、どうすれば……!)
とにかく頭を回転させている時、ふと冷たい感情が過る。
(ここで殺す?)
すぐにその選択肢を排除する。いつか殺さなければならない相手だが、ここで殺すのは人目があり過ぎる。今この場に自分とアズヴァルドの二人きりしかいないというのは部屋の外にいる研究員達が知るところである。つまり、ここでアズヴァルドを殺せば自然と自分が犯人ということになるのだ。
(それにこんな正面きって殺せるような相手じゃない……!)
「さて、話はここで終わってよろしいでしょうか」
「いいえ、まだよ。まだ話は終わっていません。そもそも王妃様の前のことを言わなかったのは、言う必要が無いと思ったからですもの」
「なぜそうと?」
「だって、エドアルド様と最後に会ったのは私だと言ったところで否定しなかった。私はその時こう思ったのです。少なくともあの日の内に殺されたのだと」
「だから、王妃との謁見時のことは疑問にも思わなかった、と?」
「そうなりますわ。きっと私の頭の中では、『アズヴァルド様が仰ったことを鵜呑みにして』その時の時系列的にエドアルド様が殺されたと思ってました」
「ふむ、なるほど。確かにそれは一理あるかもしれませんね。いいでしょう、ひとまずその線を否定する材料はありません。さりとて貴方が殺していないという材料もありません」
「変なことを仰いますのね。フィリップ――フィリップス様とエドアルド様は魔術で殺されたという話をされたのに、私が殺しただなんて。嫌みでしょうか?」
「なぜそう思われるのです?」
「だって私は――魔術を使えませんから。ここまできたら正直に申しますが、魔術が使えず劣等感を抱く人間に対してお前が魔術で殺した、だなんて冗談でも決して笑えるものではありません」
なるほど、という顔をしてアズヴァルドはにこにこと笑う。まったくもって自分が非礼を働いたという意識がそこにはない。あるとするならばこちらの反応を覗い観察する、そう、一種の研究者のような目だ。
(観察しているというわけね。いいわ、こちらも似たようなものだもの)
そして話していて気付いたことがある。この男は自分を犯人だと突きつけてはいるが、そこに何かしらのリアクションを取るつもりはない、ということだ。もし本気で犯人だと言及し捕らえるつもりなら、わざわざこうした場で話し合いをすることはないだろう。
(遊びとは言わないけれど、恐らく彼は楽しんでいる。こっちとしては冗談じゃないわね)
問題はアズヴァルドがこれをやる意味だ。
「……遊んでらっしゃる?」
つと出た言葉に、アズヴァルドは笑みを止める。
「まさか本当に遊んでらしたので?」
「――いやぁ、そうですねぇ。一種の思考実験と思って頂ければ助かります。この一連の事件について貴女に話し、貴女が犯人だと追求した時、果たして聡明な貴族の令嬢はどのような反応をするのか」
「そんなことのために私に対してえん罪をふっかけた、と解釈していいのですね?」
「それについては謝罪しましょう。ふっかけたのは本当ですから」
――改めて喰えない男だと、マイラはますます眉を寄せる。この男は全てを把握しながらこの遊びを提案したのではなかろうかという警戒心と、人の心をもてあそぶのに長けた、
(クズ野郎)
だということが分かったからだ。
「それでは今日はここでお開きにしましょうか。私の目的も果たせましたので」
「……こんなことのために時間を潰したのは、そうね、すっごく遺憾ですけれど……」
さっさとマイラは立ち上がってアズヴァルドに背を向けてドアの取っ手に手を掛ける。そこでぴたりと動きを止めて、ドアの向こう側を見据えながらマイラは質問を投げかける。
「アズヴァルド様、エドアルド様がお亡くなりになったことは本当でしょうか?」
「ああ、それですか。いえ、証拠はありませんよ」
「では王子の死をブラフに思考実験をした、ということでしょうか」
「侮辱罪に当たりますか? それでも構いません。もしお気に召さないようでしたら貴女のお父上でも王妃様でも、そこらの衛兵にでも伝えて構いません。私の好奇心はその程度で止まるものではありませんから」
「――そう、ですか」
マイラは取っ手を押し、ドアを開く。
「それでは失礼致します」




