マイラ・グランヴィルは匂わせる5
残された第三王子チャールズと、騎士長ゴドフロワは遺体を前に、数秒間ほど黙り込む。
「で、彼女たちの気配は無くなりましたが」
「はぁ、実に面倒だ。けど死体は雄弁に語る。何もしたくないのに……」
「検証は我が騎士団のほうで行う手もありますが」
「そうすることでボクが手に入れる情報は制限されてしまう。ボクほど死体と語れる人間がこの国にいるならば、是非ともその役を伸し付けて押し付けたいところだが、現実はそうそう甘くない。はぁ……」
「では、何かお判りに?」
「ああ、トドメを刺したのは五回目の攻撃だ。時間経過による魔術が発動し、彼の消えかかっていた命を完全に消した」
「……時限式。そういう魔術があるとは耳にしておりますが」
「ああ、高度な魔術だ。通常の魔術は魔力をイメージによって構築し、それを声に出すことで魔力を具現化、発動する。つまりその場で効果を発揮するというのがほぼ一般的な考え方だね。まぁ、この城を張っている警報魔術とかいう例外はあるが、それはさておき魔術の効果を時差で発動させるというのは……それだけの手練れが城の中に侵入しているとなるが?」
「はは、それは非常事態ですね」
「おい騎士長、なんだよその反応は」
「チャールズ様が落ち着いてらっしゃるので、それはないと思いまして。違いますか? いえ、当然命が下れば全力で犯人捜しを行いましょう」
「必要ないなぁ、それは」
「と、いうと?」
「……。んー、これを言うと全ての事件が繋がっちゃうから、面倒になるんだよなぁ」
「既に犯人がお判りに?」
「うん、まぁ、マイラ・グランヴィルだろうね。あの女がやったって考えるのが、うん、手っ取り早い」
「……。チャールズ様、いくらなんでもそれは無理かと。このセイロという男、彼の義賊であれば、どんな油断をしていようと貴族の令嬢に殺されるような男ではありません。はっきり言いましょう。真正面から戦えば私といえど負けるかと」
「へぇ、それは凄いな。騎士団最強の君でも負けるのか」
「ええ、彼の個としての力はそれほどに高い。この体格を見れば自ずと判ります。マイラ様は密かに武術を特訓しているという噂は耳にしておりますが、私の見立てではそれでもこの貴族殺しの足下にも及ばないでしょうね」
「それに彼女は魔術が使えない、という話かな」
「当然それもあります」
「うーん、ほんとかなぁ」
チャールズは頭のてっぺんをポリポリと指で掻く。
「王子王子、それはみっともないから止めましょう」
「癖なんだよなぁ。彼女はアズヴァルドの魔力波紋試験もパスしてるって話だったよなぁ。ああ、エドアルド兄様はそれに欺されたのかな。違うか? ああ、面倒だ。アリバイが揃ってるから彼女を疑う線は難しいんだよなぁ。となると別の犯人が――」
「考えすぎると行き詰まりますよ。後でメイドに甘い物でも持って来させましょうか。あ、運動はいいですよ運動! この者を埋葬した後に軽くランニングでもどうでしょう!」
「いいね、ジュースも頼む。あ、酒はやめてくれ。ボクはアルコールが嫌いなんだ。アレは著しく思考力を低下させるからね。そして全てに置いて運動は却下だ」
「いいねと言ってくださったのに!」
「とにかく」
チャールズは死体をじっくりと見つめてから、再び嘆息する。
「父上と母上は何をしてるんだろうねぇ」
その言葉にどういう意図が、そしてどこまでの意味があるのか、騎士長ゴドフロワは敢えて気付かない振りをしながら横たわっている死体を抱え上げた。
「王子、埋葬にいって参ります。念のため護衛を」
「お前に着いて行くから問題無いさ」
「しかし」
「城の中で起こった殺人事件だ。王子であるボクが関わらない訳にもいかないさ。――さて、これからはボクが参戦しよう。今まで観戦側だったからね、このゲームのルールは大体把握したよ」
「……。では、御身は私が全力でお守りしましょう」
「ああ、頼むよ。ボク一人ではあのマイラにもねじ伏せられるからねぇ……ふぁぁ」
大きく伸びをした王子は、騎士長と並んで歩き出したのだった。
部屋に戻ったマイラとフィデスは、部屋の中で待機していたメイにとても驚かれた。というのも着ているドレスが泥だらけで血だらけなのだから一大事である。
メイに言われるがまま着替えたマイラは、同じく着替えが終わったフィデスの横顔をそっと覗く。
(泣いている……)
涙こそ流していないが、目に力が入っているのはわかる。彼女は必死になって堪えているのだろう。思えばここに戻ってくるまでの間、フィデスは一言も話しかけてこなかった。マイラとしてもあまり話しかけられても困る心境だったので非常に助かったのだが。
(フィデスはセイロとそれなりに仲良くなっていたみたいだった。そう『仕向けた』のもあるけれど、やはりフィデス・サンクの人望がそうさせたのよね)
セイロにしても、かつて白髪の少女によってその凶行が止まったという事実がある以上、同じ白髪であり、恐らく歳も同じ頃だろうと察することが出来る彼女の存在を無視できず、むしろ強く意識してしまっていた。
(あの男からすれば、過去のことを思い出さないフィデスにやきもきしていたことでしょう。当たり前だけど)
そもそも、そもそもだ。
(フィデス・サンクはその歳の頃、一度も村から出ていない)
そして髪の毛の色は。
(幾らでも変えることができるもの)
将来的にセイロを困惑させるための布石だったとはいえ、当時まだ小さかった貴族の娘が単身危険を冒してまで義賊のセイロに会う必要があった、ということだ。
(そして私は告げた。白髪の少女の振りをしながら、白髪の――ゲームではフィデス・サンクの役目を、私が奪った。それ故にフィデスとセイロの関係はあれ以上進むことはなく、セイロは思考に雑音が入り、隙が出来た。それにあれ以上考える時間をセイロに与える訳にはいかなかった。なんとまぁ正直気持ち悪いぐらいうまくいったわね。喜んでいいのか憂うべきなのか。あの時第三王子と騎士長に見られていたのは失策だったかもしれないけれど、あの段階で私を犯人と決めつけることは出来ないはず)
未だマイラのアリバイは実証されたまま、ということだ。
(だけど)
着替え終わったフィデスはマイラの背中を一瞥する。
(全ての事件に『彼女』の匂いがする)
鼻腔の奥に残る、嫌な感じ。ムズムズが止まらない。
(セイロ様が殺されたのは何故。殺したのは何故。――ううん、セイロ様は沢山殺してきたから、きっとそれも因果応報というもの。ならば殺意によって守られてきた私にも報いは来る。必ず。それでも)
フィデスは拳を握る。強く強く、食い込んだ爪が皮膚を破りそうになるほどに。
その胸の内に熱い気持ちを秘めながら、深く静かに心を決めたのだった。




