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マイラ・グランヴィルは匂わせる1

 殺しを行ったのはいつ頃か、と問われれば、恐らくまだ子供の頃だっただろう。

 右も左も分からぬ中、親から捨てられた孤児が集まり必死に生き抜いていく様は、お世辞にも綺麗事など一切通じない泥臭いものだった。犯罪まがいではなく、実際に犯罪行為をしなければその日に食べるものさえままならないような日々を過ごしている中でさえも、不思議なことに集まった孤児達はどこかで仲間意識というのが芽生えていた。カラスが人間達のでゴミを漁るため集まるように、孤児達もまた都会へと集まってくる。盗むにしろ拾うにしろ、やはりある程度金を持つ街中のほうが都合が良い。あくまでもゴミという食料を捨てるのは裕福層の特権みたいなものだった。

 いくら犯罪行為に手を染めているからといって、狙う相手は決めている。そうしても問題の無い人間か、自分達より弱い存在だ。前者は後ろめたいことや通報することがないような相手であり、後者は殺すまでもない、そして無抵抗を貫くような者や動物だ。人間ならば物品を盗めばいい、動物ならばその日の食料にすればいい。不衛生、不清潔といったその子供達の集団はとかく街の人間からは煙たがられ、時には通報によってやってきた兵士達から逃げ、時には病気や怪我で仲間を失い、それでもしぶとく生き残ってきた。

 唐突にその集団が全滅したのは、国が打ち出した方針からだった。ある貴族が街に蔓延るそういった浮浪者を一掃するべきだとの方針を立て、国がその案を可決したのだ。

 その後はとにかく早かった。貴族達が雇った兵隊――という名のごろつき達が仲間を連れ去っていく。子供の力では大人には勝てない。病気や手遅れの怪我を負っている仲間はその場で殺され、五体満足な子供な次々と檻の付いた馬車に投げ込まれていく。奪うことや襲うことならまだしも基礎的な教育すら受けていない子供達は簡単な魔術はおろか、身を守る術など知るはずもない。大人に助けを呼ぶなんてこともありえない。何しろ大人というのは奪う対象であり、奪われる対象だ。ほら見ろ、大人達が全てを奪っていくではないか。身体であり命であり尊厳であり絆であり、その悉くを奪い尽くしていくではないか。

 だからその少年は必死になって逃げた。逃げていった。逃げた先に希望があると思ったから。その少年は強盗こそやってのけたが、まだこの時は誰も殺したことがなかった。殺しは怖いものだ、という理性の枷が底に眠っていたからだろうか。

 一瞬だけ仲間を守ろうという意識が芽生えたものの、圧倒的な大人の力を前にそんな意識は吹き飛んでいた。まずは生き延びなくてはならない。この場を逃げて逃げて、とにかく逃げて休めるところを探さなければならない。怖い、恐ろしい、嫌だ、捕まりたくない――

 死に物狂いで、本当に死ぬと何度も覚悟を決めながら、靴を捨て手に持っていた仲間の遺品も捨て、何もかもかなぐり捨てて――生き延びた。

 命を繋いだ先は、街のゴミ捨て場と呼ばれているところであり、その名の通り街中のあらゆる『ゴミ』と認定された物が投げ捨てられるところである。七日に一度、王宮魔術研究所から火炎を得意とする魔術師が集まりゴミを燃やし尽くすのだが、その際に発生する強烈な臭いはいつも周辺住民が猛抗議をするきっかけとなっている。底辺を生きてきた子供達といえど、さすがにこのゴミ捨て場にだけは近寄らなかった。

 燃えるゴミ、本来なら燃えないゴミ、その中にいくつも混じる生ゴミの臭いが精神をおかしくさせそうになる。だが確かにここなら追っ手に追われることはない。

 それから一体、何日間そこに身を潜めていただろうか。日中になれば容赦なく降り注ぐゴミに埋められながら、そして埋められることでより身を隠せる安堵感が身体を動かなくさせる。

 ゴミこそ自分を守る生命線。

 自分はゴミによって守られている。

「あたりまえだ……!」

 だって。

「だって、おれは」

 一緒に生きてきた仲間を全て棄ててこうして生き延びてきたのだから。

「おれは……おれは……!」

 それでも腹が空く。何もかも絶望に塗り潰された先のゴミ捨て場でゴミに埋もれながらも、身体は飢えを訴えてくる。

「……なんで」

 食えるかどうかはわからない。けれど、眼前の名がゴミを掴み、口に入れる。途端、吐きそうになるものの、耐えきって飲み込んだ。

 ゴミというゴミの汚れを吸いきった濁る水も飲み、乾きも誤魔化す。

 ――ああ、最低な気分だ。

 どうしてこんな最低な気分でいなければならない。

 ――誰が、どうして。

 無意味な問いは、しかし答えを求めて空虚を彷徨う。

「誰が、どうして、みんなを、おれを、みじめに!」

 叫んだつもりだったが、か細い声となってゴミの中へ吸い込まれていく。しかしそれが功を奏したのか、このゴミ捨て場にやってきた集団に気付かれずに済んだ。誰かがやってくる気配に少年は身を強張らせる。

「まったく、こんなところにゴミ捨て場を作れっていったのは誰だよ」

「あー、あの大臣だよ。何でも当初計画されていたゴミ処理場の立地を知った途端、目の色変えて反対して街のど真ん中に作ったって話だ」

「それはアレか。確かその土地って奥さんが見晴らしが良いとかって理由で却下された奴か」

「私利私欲だよな。そういえば浮浪者のガキ共を一掃するって決めたのもその大臣だったな」

「悪い噂が立ってるよな。身寄りの無い子供を一掃するんじゃなくて、奴隷や実験体にするって噂が」

「やめとけ。誰かに聞かれたら洒落にならんぞ。今は治安が不安定なんだからな」

 それもそうか、と連中は会話を止める。

 代わりに聞こえてきたのは、まるで歌うようなセリフだった。言葉までははっきりと聞き取ることはできなかったが、少年でもそれが何を意味するのかすぐに理解できる。

(……魔術! このゴミを燃やそうとしている!)

 これだけの量のゴミを燃やすのだから、当然その火力量は凄まじいものとなるだろう。少年の身体などものの数秒で皮膚が灼け骨が砕け、下手をすれば熱いと感じる間もなくあの世へと旅立つかもしれない。

(まずいまずいまずい!)

 聞こえてきた会話、誰がこの現状を作ったのか、そして殺されそうになってからようやく逃げ延びたこの場所で、またも焼き殺されそうになる恐怖。

「――ぁぁぁぁああああああ!」

 だから少年は飛び出す。相手が優秀な魔術師であろうと関係が無い。こうするしか生き延びる術がないのだから、飛び出して体当たりをし、怯んだ隙に逃げる以外どうしろというのだ。

「おい! 人がいるぞ!」

「魔術止め! 君! この時間は立ち入り禁止だぞ――いや待て、お前まさか浮浪者か!」

「駆逐対象か。かといってこのまま燃やす訳にもいかないよな。どうする?」

「第六兵団への魔術通信を。連中が来るまで我々で取り押さえておこう」

「了解」

 ――させるか!

 魔術師達はこちらを傷つけることはしたくないのか、魔術の詠唱を止めて力で押さえつけにきているが、少年にとってその動きは実に緩慢に思えた。

 捕まえようとする連中の掌をするりと抜けて、足を引っかけて転倒させる。さらに襲いかかってくる二人の大人、その隙間を縫って後ろへ回り、片方を蹴って前方に転げさせてとにかく逃げていく。

「はっ、はっ、はっ……!」

 折角休めると思っていたのに、またも逃げなければならない。自分は処分対象だ。見つかればすぐに仲間を殺し回った大人達がやってくるだろう。

 だが、生き延びねばならない。この時はそればかりを考えていたが――

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