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マイラ・グランヴィルが観測し5

 その次の日も彼女はセイロを探して城中を歩き回り、見つけては手に持っているバスケットを渡してくる。実際は彼女がセイロを見つけているのではなく、姿を隠しているセイロが見かねて姿を現すのだが、恐らくそのこと自体二人にとってどうでもいいことだった。

 こうして会うということは、それだけ身近で守ることが出来ると言うこともである。セイロにとって不都合ということもない。もし不都合があるとするなら、それは恐らく自分の心にあるのだろうと、セイロは俯瞰するように自分を見下ろしながら冷静に判断を下す。

 フィデスの作ってくれるパンはとても美味しかった。とてもとても美味しかった。染み渡るような味というものが存在するのなら、きっとこういうことをいうのだろう。

 そして次の日も。

 また、次の日も。

 セイロはフィデスを狙っていると思しき連中を始末した。武器の類は一切渡されていないので、素手で全てを抹殺した。一切の容赦なく、一切の呵責無く。事切れた死体を一瞥してから、セイロは再び城の影に身を潜める。あまり城の連中に姿を見せるのは良くないと判断している。実際、武器が一切無いのは、あのアズヴァルドという男の指示だからだ。

(至極当然だろうな)

 かつての貴族殺し――民衆からは義賊として恐れられたかつての殺人鬼に人殺しを安易に行えるだろう武器を渡すはずもない。

(その割には俺を自由にさせている。もっと監視が付くかと思ったが)

 それもまたアズヴァルドの判断なのかもしれない。下手に監視の目を増やしてしまえば、その中に聖女を付け狙う本物の殺意が混ざっていた場合セイロといえどその嗅覚は混乱するだろう。まったくもって悪手だ。

「奴は俺が逃げないと踏んでいる。自首しておとなしく死刑を待っていた人間が今更逃げる筈もない……か」

(けど俺は、あと何人殺せばいい?)

 それこそ今更だという話だった。

 だから翌日も、さらに翌日も人を殺す。

(何人、何人だ)

 陰に潜む者共は全てフィデスを狙っている。

 フィデスが持ってきた今日の食事には、スープがついていた。

 短刀一本が鋭く脇腹を目掛けて突き刺さろうとするのを最小限の動きで回避し、その男の首の骨を折る。

 豆のスープだった。味に慣れていない自分用に味を薄めて、だけれども味わえるようにじっくりと煮込んだものだという。

 頭を狙って振り下ろされる剣の腹を叩いて弾き、指二本をその目玉に刺して動きを止める。次いで斬りかかってきた者の足を払い、喉を潰して息を止める。

「今日はお野菜を増やしました。お肉ばかりだと健康に悪いですし」

 優しい声を思い返しながら、森の中でまたも人を潰す。

 ――一体、一体、いつまでこれは続くのだ。

 多すぎる。何が? 殺す相手が多すぎる。他には? とても量が多すぎる。何の? 殺す相手と、幸せな時間が。それが困る? 分からない。だが、限界だ。どうして? そう感じるのだ。理由が判明しないが、自分はもう一杯なのだ。これ以上は駄目だ。これ以上は無理だ。これ以上は。

「セイロさん?」

 少女の声によって、セイロは顔を上げた。迂闊だった。まさか一瞬といえど気を失っていたのだろうか。自分を呼んだ少女はいつものように目映くて白くて、どこか優しい臭いがする。くん、と自分を嗅ぐ。

 ――ああ、まるで違う。

「セイロさん、段々……」

「……なんだ?」

「いいえ、なんでもありません。さ、これをどうぞ。今日も沢山作ってきました!」

 誰もいない王宮の隅、森と広場の境目で彼女は遠足のお弁当のようにシーツを敷いて料理を披露する。

 眼前に広がる、少し以前の自分には考えられないような人間らしい食事。一度味わってしまえば元には戻らない魔性の食べ物。聖女が手ずから用意したとなれば、聖女を信仰していないと信じているセイロですら膝をつきたくなる。

(俺は、いいのか、俺は、こんなことをしてて)

「さ、食べましょう」

 殺して殺して、何人も殺した手で、こんな純白な清き少女から施しを受けて良いのか。そんな資格があるのか。

 ――そんなことを考えるような人間だったか、俺は?

 そもそも殺しを止めたのも、彼女があの時あの言葉を口にしてくれたからではないか。同じ白髪の少女。年齢的にもまさに目の前の聖女が該当するだろう。あの時殺しを止めたこの手は、殺しを止めた少女を守るために再び殺戮を繰り返している。

 問題は。

(そう、問題は、殺した相手に罪があるかどうか、俺は確認をしていないのだ。それなのにどうして俺はこの少女の料理を食べている。何故、何故?)

「フィデスさん、こんなところにいたのですね」

「あ、マイラ様」

 その声が聞こえて顔を上げる。その髪の少女は聖女とは違い、暗く紅く、しかし艶やかで目を奪われる。

(だが俺はこの少女のことを知らないはずだ)

「最近はよくセイロさんのところにお弁当を持って行っているみたいですね。まったく……狙われている自覚があるのですか?」

「あはは……」

 困ったような笑顔に、マイラは嘆息する。

「しょうがないですね。ところで飲み物はありませんの? いくらなんでも食べ物だけというのは大変なのでは?」

「あ、そうでした! えっと、どうしましょう」

「用意してあるのでは? もしなければ部屋に戻ってメイにお伝えなさい。何か用意してくれるでしょう」

「いいえ! そういうのは自分でやらないと! いけません!」

「え、そ、そう、なら任せるわ」

「はい、急いで持ってきます!」

「走るのは淑女ではありませんわ、フィデスさん」

「あっ……そ、そうですね。歩きながら、けどできるだけ急いで持ってきます。マイラ様、それまではくれぐれもそこでおとなしくしていてくださいね」

「それを言うのは私ではなくこっちの男の方では……?」

「いってきます」

 早足でこの場を去り城の中へと入っていく彼女を見送ってから、セイロは顔を下げる。あの聖女がいると顔を下げるのも悪い気がするのは何故だろうか。しかしここにいるのがこの赤髪の少女だけならば問題はない。何しろこの少女はあの聖女に危害を加える存在ではない。なら警戒する必要はまったくない。

 聖女は城内にいる。さすがにそこならば刺客に襲われることもないだろう。それにこの辺に刺客特有の気配もない。

【今この時点で聖女が狙われる理由は無い】


 さくりと。

 さく、さく、と。


 三度。

 まるでいつもの手癖のように、晴れた陽射しの下、気さくな様子でくるりくるりと傘を回すように、セイロは脇腹を刺されていた。

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