マイラ・グランヴィルが観測し4
侵入者は殺す。
一人だけ生かしておいて、他は殺す。
なぜか。当然その方が手っ取り早いからだ。情報を引き出すのなら複数名である必要は無い。ここに来る者達というのは末端が故に得られる情報も大したことはないだろうが、それでも知らないよりかは幾分かはマシとセイロは考えていた。
三人目の喉を指で貫いたところで、先ほど足を折って動けなくした隻眼の男に近寄り、その髪の毛を掴む。「お前はアズヴァルドのところへ行ってもらおう」
「へあっ……!」
その名を口にした瞬間、男の顔が蒼白に染まる。
殺すことは実に容易い。人は狙おうと思えば簡単に死ぬような生き物だ。また生きようと思えばしぶとく生き残るのも自身で体感済みだが、それはあくまでも殺意に狙われなかっただけの幸運に過ぎない。
(あの娘、俺が義賊だと知りながら普通に接していたな。俺を人殺しだと断言してみせたのに、だ)
動揺を見せなかったのは、そういう訓練をしていたからだ。感情を表に出すのは余計な情報を相手に与えかねないし、常日頃から感情をコントロールしておかないといざという時に判断が鈍る。故にマイラからの指摘は驚きこそあったが、その時点で何か思うことはなかった。優先事項は聖女フィデス・サンクを狙う者達の始末と対策だったので、マイラについては後回しにしたのだ。
(マイラ・グランヴィル……俺はどこかで……)
怯える男の声がセイロの思考を遮る。
「なんだ、お前は……なんなんだ……!」
「答える義理はない」
嘆息する代わりにそう返答する。
腹部を殴り、その痛みで動けなくしてから男を担ぐ。
内臓へのダメージを負いながらほとんど何も吐かなかったのは、任務前に余計な食事をしなかったからだろう。最小限のエネルギーを得る物だけを食べ、余計な満腹感で緊張感が薄れるのを防いでいたのかもしれない。今となっては最早意味のない行為だったが。
(恐らく国も特定できんだろうな)
緊張状態が続く隣国か、あるいは別の国か。この連中を雇った側も接触した証拠など残していないだろう。
――しかしそれを調べるのは自分の役目ではない。
遺体の処理も含めてアズヴァルドに一任するため、担いだ男は途中で縄を拾ってぐるぐる巻きにして、さらに魔術を使うのを防ぐために口の中へ布を突っ込んで紐で固定し、額に「対象が狙われた。犯人。森の中に三名」と記載した紙を貼り付け、王宮魔術研究所前へ転がしておく。後はアズヴァルドがなんとかするだろう。
まだ早朝ということもあり、誰の姿もないのは幸いだった。見回りの兵士ぐらいならば隠れて移動することぐらい訳はない。
マイラの軟禁部屋へと戻る途中、セイロはようやくそこで彼女の言葉について考えを回す余裕ができた。
(俺の正体がばれたところで仕事に支障はないが)
そもそも義賊としての正体は公表されていないはずだった。察したにしては情報が少なすぎる。
(まるであの時の少女のような)
自分がこの手を止めたきっかけとなった、あの朧気な少女を思い出す。今まで散々貴族を殺し、民には英雄だ犯罪者だと言われ続けてもそれに耳を背け、自分しか成し得ないと盲信しては悪事を働く為政者を手に掛け――さらには模倣犯らしき無差別殺人鬼も現れて――賞金首となり、国やハンターからも追われ、やがては何もかも擦り切れて事切れようとしていた時に現れた少女。
白く、白く、とても輝いて見えた。自分の目が色彩を失ったのかとさえ勘違いするほど、彼女は白く透き通っていた。
(そして俺は出頭した。もうこんなことから決別しようと。だが)
今もまたこうして人を殺している。守るという大義名分を得たからこそ人殺しをするのかと自問自答し、吐き気を覚える。
(もう一度、あの時の少女と出会えれば何かが変わるのかも知れない。あの路地裏にいた少女。名前は知らず、姿も記憶から儚く消えそうだが)
あの時は強力な追っ手を振り切ったものの体力と精神力が尽きかけていたのだ。その自分に差し出された手と、一切れのパン。それが無ければあのまま裏路地で死していただろう。さりとて命が惜しいわけではなく、ただ自分の行ってきた事へのせめてもの贖罪と、自分に犯行を着せようとしている本当の殺人鬼がいるのだと全ての民へ伝えるために出頭した。即座に死刑執行となるものやと思いきや、まさかこうして聖女を守る役目を負うことになるとは……
(人生とは分からないものだな)
それにしてもと、セイロはマイアではなく今度はフィデス・サンクを思い出す。
(白い聖女か……まさかな)
あの時裏路地にいた少女と、どこか似ている気がした。そんな偶然などあり得ないと理解しているのにも関わらず、セイロにとって『人生を左右した少女の可能性』というのは決して無視できない。
どちらにしろこれから見定めていけばいいことだ。
(見定める? 見定めてどうするつもりだ、俺は)
自問自答が終わらない。全てはとうに終わったことだというのに、死を待つだけの身だというのに、どうして先を考える必要があるのだ。
軽い混乱に襲われながらも、セイロは聖女を見守るべく重い足を動かす。――どうして重く感じる必要がある。何を『重く感じている』のか。
「ああ――」
もし、あの白髪の少女が、本当に自分の運命を変えた少女なのだとしたら。
(再び逢った今、俺はどうすればいい)
決まっている。姿を見せずに隠れて守ればいい。
(そんなことは分かっている)
単純なことほど、いざ決意を固めるには勇気が必要だ。
(俺には勇気が無い。無いのだ)
――あの領主がいなければ。
――あの貴族がいなければ。
――国王に声が届かないのは、全てあいつが俺たちの声を止めているからだ。
――誰か。
――誰でもいい、誰か。誰か。どうか。誰か。
あいつを殺してくれ
そう云われたから『俺は』
突如気配を感じたセイロは、振り向きざまに拳を振るう。
相手の姿を目にした瞬間、その拳を全力で止め、僅かな慣性で揺れたものの直撃だけはかろうじて避けた。だが風圧がその白い髪を揺らす。
「わっ」
彼女は顔の真横に迫った拳に驚いて声を出したものの、それ以上のリアクションは無かった。
「セイロさん、探しました。あ、おはようございます。朝ご飯はまだですよね」
白髪の少女、この国が保護している聖女。フィデスは両手で握ったバスケットを差し出してくる。
「朝ご飯……?」
「はい、パンに色々な具材を挟みました。これなら簡単に食べて頂けると思いまして」
「パン、か」
「? パンは初めてですか?」
「いや、初めてではない。お前はそれを」
知っているはずだ。
口に出そうとして、止める。
忘れているだけかもしれない。あるいはあの時出会った男と自分が頭の中で繋がっていないのかもしれない。それにわざわざ思い出させることではない。
「何か?」
「気にしないでくれ。それより、パン……だったか、それを俺に?」
「はい、昨晩の約束通り作ってきました。部屋にいないようでしたので探して回ってたんです」
「律儀だな……」
「ちゃんと食べてもらわないと約束破ったことになりますから!」
「そ、そうか」
彼女の持つバスケットから、ハムと野菜を挟んだパンをひとつまみし、恐る恐る口に運ぶ。
「……うまい」
「わぁ、よかったです」
「こんなにもうまい食事があったんだな」
「い、今まで何を食べてきたんですか……?」
「そこらの食える草とか、罠を仕掛けた獲物を焼いて食っていた」
「栄養バランスが! もしかして昨日も、ですか?」
「ああ、探せば野鼠や蛇、兎がいるからな」
「それでそんなに――」
「そんなに?」
「あ、ええ、なんでもないです。とにかくちゃんとした食事が必要そうなのはわかりました。やっぱり今後は私がちゃんと食事を作りますから」
護衛対象が俺みたいな人間とあまり関わらないほうがいい、と口をもごもごさせながら言うと、少女はくすりと微笑む。
「ふふ、ダメですよ。私ってすっごく頑固ですから。ちゃんとご飯を食べてくださいね」
「……っ」
息が詰まりそうになり、思わず口の中の食べ物を全て一気に飲み込んでしまった。
「あ、お水もあります! 果実水なのでおいしいと思います!」
「ん、ぐっ……」
受け取ったコップの水を一気に飲み干す。
「……水に味がする。甘い。うまいな」
「お酒とかも飲んだことなさそうですね」
「ああ、俺の人生には不要だからだ」
「ふふ、そうですか。私の父と母が昔よく飲んでたなぁって。私はまだ飲めませんけど、きっとおいしかったんだろうなって」
「……」
この聖女の身の上話など聞いたことはないが、今の口ぶりからしてなんとなく事情を察する。理由こそわからないが両親は既にこの世におらず、天涯孤独の身で生き抜いてきたのだろう。もし育ての親がいたのならば、きっともっと配慮した言い方になっていたのだとも。
「セイロさんがどういう人生を送ってきて、どういう人だったのか、私にはわかりません。だけどきっとあなたはその身を粉にしてでもやるべき事をやってきたんだなって、そう思いました」
「なんだ突然、俺が何をしたって?」
「なんだか、そんな気がしたんです」
「聖女の気紛れというやつか。だとしたら随分と俺を買ったものだ。そんな人間ではないし、そもそも俺は誰とも関わらないつもりだ。聖女といえど例外ではない。――が」
「?」
「聖女が民の平穏を脅かす者ならば、話は変わってくるだろう。その時は俺がこの手で」
一瞬、自分の指先に視線を向ける。
「殺す」
「……!」
ただの脅しならば、もしかしたら冗談と受け止められたかもしれない。しかしセイロは決して冗談など言わず、そして殺すと口にする時は常に殺意を抱いている。そうやって生きてきた者だからこそ、その言葉に込める感情は隠しきれなかった。
「……そう、ですね。もし私が聖女としての役目を全うできず、みんなを苦しめてしまうような人間だったなら……それでもいいです」
「……お前は」
「聖女失格な私には生きている意味がありませんから」
「……」
「あ、全部食べ終わりましたね。お昼もいります? 今夜もまた持ってきますね」
「いや、それは――」
「食べてください」
にっこりと微笑むその顔に、セイロはつい押し黙ってしまう。なぜか少女のこの顔に逆らうことができない。
だからまた逢うことを、つい約束してしまったのだろう。




