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マイラ・グランヴィルが観測し3

 早朝、空が明るくなりかけているところでマイラは目を覚ます。柔らかい布団の気持ちよさに包まれながら、微睡む意識が思考の回転を鈍くさせ、目を開いたというのに数秒間は何もせず一点を見つめているだけだった。

 しばらくすると徐々に意識が覚醒しだし、自分がメイが起こしに来るより早く目が覚めたのだという事実に驚いて身体を起こした。ついでに周囲を見て、同部屋で就寝していたはずの少女を見つけようとするも、もう一つ用意されたベッドは既にもぬけの殻だった。

(うそ、私ったら何も警戒せずに)

 メイならいざ知らず、まだ出会って一日も経っていない少女がすぐ傍で寝ていたというのに、まるで警戒心もなくぐっすりしていた事実にぞっとする。

(――昨日の件であの子は危険だって分かっていたのに、私は)

 そう、血の臭いだけで危うく全てが終わるところだった。そんな能力など元々プレイしていたゲーム設定にはあっただろうか――いや、無い、と心の中で断言する。何よりもこの世界をゲームにした舞台については詳しいという自負がある。伊達に前世で一つのゲームを十数年間プレイしていない。そうでなくばあの第一王子のフィリップスと第二王子のエドアルドを出し抜くことなどできなかっただろう。

 しかし、徐々にか、あるいは元々こうだったのか、それとも唐突にか、自分の記憶とこの世界の人物がとる行動に剥離が見当たるようになってきた。今のところ致命的とまでは言わないが、それでもあまり無視しておける事でもない。そもそも聖女であるフィデスを呼ぶのがあまりにも『早すぎる』のが問題だ。そしてその時間の差はそのままフィデスというキャラクターにも当てはまるように、彼女はある種の鋭さを隠し持っていた。

(あるいは……いや、それは、でも……)

 考えたくないことが思考として過り、マイラは頭を振る。

「……メイはまだ来ないわね」

 仕方無い、とマイラはベッドから降りて着替えを探す。何もメイに手伝って貰わなければ着替えられない、というものでもない。貴族の令嬢としてそうしているわけで、彼女の本心からすれば着替え程度自分でやってしまいたいぐらいだった。

 今日の行動は――着替えながらスケジュールを振り返る。軟禁状態なので大したことは出来ないだろう。この部屋にフィデスがいないとなれば、後は別室で休んでいるメイが来るまで自分も何も出来やしない。けれどまだ朝は早い。

「フィデスさんもどこへ行ったのやら」

 聖女はマイラと違って王城内での行動制限が無いのだろう。だからこそ彼女だけなら部屋を自由に移動できる。

(心配はしてないけど、身の安全は保証されているわね)

 あのセイロという義賊が影から護衛しているのなら、まず聖女の身に何かが起こることはないだろう。

(やはり問題はセイロは何から彼女を護っているのか、よね。私から? いやだったら真っ先に始末されているでしょうし、それはない。なら聖女の身を脅かす脅威が他にあるということ?)

 聖女がやがて沈めるだろう大災害とはまた別に、聖女というだけで他国から狙われる理由はいくつがある。

 そもそも聖女というのは将来起こりうる歴史上に記録されるだろう最悪の災害を沈める力を持つ者とされている。その力の正体こそ未だ判明に至っていないが、それだけの大規模災害ともなれば国力に甚大な被害、あるいは一国の消滅すらもあり得るだろう。特に問題となるのはその災害が『一体いつどこに現れるのか不明』だということだ。聖女がいるならばその国は大災害から守られるだろう。しかし聖女の居ない国で大災害が起こった場合、途方もない被害によって国が衰退することを意味する。

 ならば各国がいち早く聖女を手に入れようとするのは至極当然の動きであり、それに成功したのがこの国というわけだ。しかもただ手に入れただけでは各国のスパイによって聖女を拉致されてしまう危険性がある。彼女を国で一番安全な場所――王城に招き入れるのはごく当然の流れだろう。

 つまり順当に考えるならば、セイロという男はその各国が送り込んだ人間から聖女フィデスを守る役目を担っているということになる。

(普通は自国の兵士を使うと思うけど、常に兵士をつきまとわせるのは彼女のストレスになるから? あるいは『一般兵ではどうしようもない相手』が来る可能性を考慮して?)

 そういうキャラクターがいただろうか、と頭を悩ませる。少なくとも記憶の中ではフィデスを狙っている人物は……

(あ、マイラ・グランヴィルぐらいだったわ)

 そう、マイラは間違いなくフィデスを狙い、なんとか追い出そうと画策していたが。

(今の私は何もしてないもの。それはないか)

 兎にも角にも情報が少なすぎる。

「そういえば呼べば来るんだっけ。いやでも今はフィデスの警護してるから来ないかな。ま、ものは試しってことで呼んでみるか」

 しっかり着替えて寝間着もきちんと畳んでしまっておいて。寝癖無し、顔もむくんでいない。用意されていた水を一口飲んで喉と唇を潤し、脳をはっきりと覚醒させる。

 窓を開いて、空に向かって大声を出す。

「セイロー! ちょっと用があるんだけどー!」

(まぁ、これで来たらちょっと怖いし、なんか犬っぽい気もするし)

 そもそも今は危険でも何でもないので一割も期待していない――

「呼んだか?」

 ひょこりと外側の窓の上から顔を出す男に、マイラは目を見開いて後ろへ倒れかかる。

(おっ……っどろいたぁー!)

「ほ、ほんとに来るとは思いませんでした」

「そうか」

 窓の縁に手を掛けて、くるりと回転して部屋の中に飛び込んでくる。それだけの動きをしておきながら着時まで一切の音をさせないのは凄まじい。魔術を使っているのかと思ったが、それらしき魔力の波紋は一切見当たらなかった。

「てっきりフィデスさんの警護してるものかと」

「ああ、今は食堂にいるようだ。警護をしていたのだが追い出されてな。なんでだ」

「さぁ」

(食堂? ああ、つまりセイロ向けの料理を作っている最中だから見られたくないってことね。そうなるとメイもそっちにいるのかしら)

 主人を放っておいてそっちに行くのもどうかと思うが、そもそも普段のマイラはまだ眠っている時間だ。そうなると空いた時間でフィデスの手伝いをするのは決して咎めることではない。

「で、何用だ」

「あー、そうね。セイロさんがフィデスさんを守るという話でしたが、もう少し詳細を聞かせてください」

「詳細だと? 別にそんなものはないがな。守れというから守っているだけだ」

「聞き方を変えましょう。何から守っているんです?」

「ふむ」

 と、セイロは腕を組む。

「それをお前に言う必要は?」

 ――やはり単刀直入では無理だったか。

 マイラは話を逸らさなければと別の話題を口に出そうとして、セイロはちらりと外を見る。

「何か?」

「いや、何でもない。あの距離ならば何もできんか」

「距離?」

「で、何から守っているかという話だったな。結構色々とあるが、例えば――」

 外で拾ってきたのか、手で小石を転がしている。それを親指で弾くと、目で追うのも不可能な――警戒心を高めていてやっとマイラが追い着く程の速度で木々の中へと消えていく。僅か一秒か二秒か、遠くから悲鳴が聞こえてきた。軽く驚く。身体能力が高いとは思っていたが、声からして数十メートルはあるだろうか、事もなげに石を飛ばして当てるとは。しかも木々が鬱蒼としている中を、である。

「分かるか、今のが」

「木々に登ってこの部屋を監視していた、ということですね。他国の者でしょうか」

 恐らくは、とマイラは頭の中で付け加える。聖女の情報は隠し通せておらず、フィデスがこの城に匿われているというのは知られてしまっているのだろう。フィリップスという王子とアズヴァルド副所長が直に動いてフィデス・サンクを迎えに行ったのは、恐らく部隊としての命令系統の混乱を抑え速度性を高めるためだ。王子が直に指揮を執ったとなれば、その命令を疑う王国軍人はまずいない。さらに彼の有名なアズヴァルドも一緒となれば、その士気は高かったことだろう。たまたまフィデスのいた村がこのエイゲレス王国の領土になっていたというのもあり、無事彼女を保護できた、という流れがしっくりくる。しかしそこまで急がなければならなかったのは、当然他国も動いているという情報を得ていたからだろう。

 そして他国はここへ連れて来られるまで、いや連れて来られた後もずっと他国から監視を受けている。

「察しが良い。恐らくはそうだろう。侵入経路を作り、数名程度ならここまで近寄ってくることが可能になっている。この国や貴族共の行く末などどうでもいいが、それによって無辜の民が犠牲になることは許さん」

「貴方にとって民とは守るべき者でしょうか?」

「そうだが、それがどうした?」

「その身のこなし、守るべき者、そして王族や貴族自体はどうなってもいいと続いて、貴方は恐らく捕らえられていた罪人であり、人を殺している」

 義賊と呼ばれる者は過去にも後にも一人だけだ。目の前のセイロはその義賊としてかつて国中をあらゆる意味で震撼させたことのある男であり、ある時、一人の少女と出会ったことで犯罪行為を止めたということだったが。

(その時出会ったのが聖女であり、そこでフィデス・サンクとセイロの運命が巡った)

「……。そんなことよりさっきの連中を片してくる。下手に情報を伝えられても厄介なんでな」

「……」

 窓を飛び降りて地面に着地し、あっという間に木々の中へと姿を消していく。

(わざわざ少し時間を置いてから追い掛けていったということは、つまり『そういうこと』よね)

 無駄な殺戮劇を見せる必要は無いという判断からだろう。相手が何者であれ、セイロが本気を出して殺せない人間などまずほとんどいないが、それをマイラに見せたくはなかったか。

(それに彼は義賊セイロ。かつて貴族を暗殺して回った男よ。大小あらゆる位の貴族の屋敷に侵入し暗殺せしめた腕があれば、この城内を危なげなく移動できるのも納得ね)

 先ほどは鎌をかけてみたものの、あまり動じた様子は無かった。すっと耳を澄ませて遠くの音が聞こえてこないか意識を集中するが、荒事らしい音は全くしてこない。この城は全体が森に覆われているからか、昼でもやたらと静かなのが取り柄でもあり、また軟禁状態の自分からすればやや時間を持て余すことにもなる。街は少し離れているので雑踏や喧噪が届かないのだ。

 セイロは恐らく音もなく侵入者を始末したことだろう――

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