マイラ・グランヴィルが観測し2
メイと一緒に部屋へと戻ると、フィデスが少し涙目でマイラのところに駆け寄ってきた。
「マイラ様ぁ~!」
「え、なに? どうしたの?」
部屋に入るなり抱きついてきたフィデスに、マイラは困惑しながらも部屋を一瞥する。
――いる。
なんか大男が部屋に隅で膝を立てて座っている。
セイロと名乗った元義賊だ。先ほどは女性の部屋にいることは云々と語っていたが、何故かもう部屋にいる。フィデスが泣きついてきたのは奴の仕業かと嘆息しつつマイラは改めて男を睨む。
「女性の部屋ですよ?」
「今までお前達がいなかった。だからこそ俺が部屋に留まり、こいつを守っていた。何か問題が?」
「いや、問題だらけですけど……」
セイロの理屈からすれば何も間違っていないのかもしれないが、マイラ達からすれば困りものである。
「というか、なんで私達が風呂に行っていたことを知ってるのですか! スケジュールなんて教えてませんよね!」
「そうです。マイラ様のスケジュールはこの私メイがしっかりと管理しています!」
(プロデューサーか何かかな)
敢えてツッコミは入れなかったが、メイもメイでマイラ絡みになるとなかなかに厄介な性格をしている。
「そんなもの音で分かるだろう。ドアを開く音、足音、気配でおおよその用事は把握可能だ。その間聖女が一人だけという方が問題だったからな」
「そういうのはマイラ様へ事前に言っておいてください! そもそもドア前の衛兵は何をしていたんですか!」
メイの声が聞こえたのか、扉の前に立っていた兵士がおずおずと顔を覗かせる。
「いやー、アズヴァルド副所長から極力その男に協力するように言われてまして……」
「副所長が?」
と、一同が納得しようとしたところで、マイラは「いやいやいや」と首を振る。
「なんで王宮魔術研究所の所員の言葉に従ってるんですか……王国の兵士が……」
「……まぁ、それを言われるとそうなんですが。あの人のことだから命令系統で手を抜くとは思えなくて」
(あー、間違いない。そこだけは間違いない。そんなところで手を抜くような人物じゃない)
「わ、わかりました。ではフィデスをいじめて泣かせた理由は何ですか?」
「泣かせた?」
「泣かされたんですか、私?」
きょとんと聖女と元義賊から返されて、逆に言葉を失うマイラだった。
「えっと、別にいじめられたとかではなくてですね、まともな食事生活を送ってきてなさそうだったので私が料理を作りますと言ったら――」
「護衛対象に刃物を握らせるわけにはいかないだろう? 俺の料理なんて気にしなくていい。そこらにネズミや草が生えてるからどうにでもなる」
(こ、この男! 思った以上にワイルドだったー!)
野性味が溢れるどころではない。そもそもまともに料理を食べたことがあるのかすら疑わしい野生児っぷりはマイラとメイをもドン引きさせる。
「って、料理を作らせてもらえないんです! さすがにそんな食生活はあんまりだから、せめて手作りで……と思ったのに、どうやっても首を縦に振らないんですー!」
といって泣きついてくるフィデスの頭を撫でながら、マイラは心の底からこう思うのだった。
(どぉ~でもいい~……)
心の底からどうでもいい。のだが、泣きついてくるフィデスを振り解くのは人としてどうかと思うのでマイラは抱き着いてくるフィデスに我慢しつつも頭を回す。ここ数日はトラブルばかりで色々なところでフル回転を強いられているので、さすがにそろそろ慣れてきた。
「あのですね、セイロさん。そこらのネズミとか野草とか食べられても困るんです」
「? 何故だ?」
「感染症というのはご存じで?」
「ああ、病気だろ」
「感染症はそういった動物を媒介にして人間に罹ってしまうものなんです。セイロさん自身が大丈夫だろうと、セイロさんがくっつけてきた病気の元、つまり病原菌がこの子に罹らないというわけじゃありません」
病原菌という認識自体がまだあまり一般的ではないので伝わるかどうかは微妙だったが、この手の相手にはそれっぽい事を言って説得するのが一番だと学んでいるマイラは容赦なく捲し立てた。
「……。なるほど?」
(わかってないな、こいつ)
「つまり野生の動物を食うなってことか。ならば俺は何を食べればいい。霞か?」
「仙人か!」
「せんにん?」
「……何でもありません。それこそフィデスさんの手料理を食べればいいじゃないですか」
セイロは「ふむ」と頷いてから、何かを考えるかのように少しだけ俯く。
「ならば明日から少しだけ頂こう」
「まぁ! 少しと言わず沢山でも」
嬉しそうに声を出すフィデスに向けて右手を挙げて制しつつ、セイロは口を開く。
「いや、あまり食べると集中力が下がる。少量で良い」
一体どういう理屈だと口を出しそうになったが、マイラはふと心当たりにぶつかった。
(沢山食べると眠くなるアレのこと? 武士みたいな理屈を言い始めたな……)
満足に食事を摂らない場合でも身体能力のパフォーマンスに影響を及ぼしそうなものだが、セイロは恐らく自身の経験で語っているのだろう。
(ということは長期的に彼女を守るつもりはない?)
集中力というのは、そもそも長く続かないものだ。そこそこの短時間を連続して集中することで持続性を得るのだが、それでも限界はある――とマイラは考えている。当然護衛ともなれば常に周囲を警戒しなければならないだろうし、その分体力も必要になってくる。長期的な目で見た場合、食事というのは基本的な部分であり護衛任務をつつがなく遂行するなら大事なことだろう。
(あるいは見た目によらず小食なのかも。動きを最小限にすることでスタミナの消費をも最小限にする、なんか、そう、なんかアレみたいな)
何にしろフィデスを護衛するにしても期限はあるはずだ。
(そう、そこが問題になる。つまりいつまでここに居て、その間にチャンスが到来するのか否か)
護衛というのがそもそも何から聖女を守るつもりなのか、というのも気になるところだが、深く追求して変な疑いを持たれるのはあまりよろしくない。目下気になるところはセイロが彼女の傍に居るだろう期間だ。そこを逃してしまえばセイロという男の性格上、二度とここには戻ってこないだろう。
(おびき寄せる手段がないわけではないけど、あまり使いたくないわね)
ひとまず自分が十五歳の女の子だという意識を高めて、マイラは言葉を選ぶ。
「その、私達は女性です。男性を部屋の中にいさせるのは問題があります。一体いつまでいるつもりなんですか?」
「ああ、未定だ」
「え、未定? 分からないということですか?」
「特に期間は聞いていないからな。まぁ、この部屋にいるのが問題だというのなら出て行こう」
「え、ええ……そうしていただけると助かりますが……その、あなたは」
「なんだ?」
「フィデスさんが呼んだらすぐに来て下さるのですか?」
「当然だ。護衛対象だからだ」
「なら『私は』?」
「そうだな、お前も助けよう。ただし優先順位は付けさせてもらうが」
「もちろん構いません」
断言するマイラに。フィデスが「そんなのダメです」と割って入ってくる。
「私を助けるならマイラ様も同様に助けてください!」
「フィデスさん……」
彼女なら、聖女なら、主人公ならではの思いがそこにある。恐らくフィデス自身は自分より他人を守って欲しいと願っているのだろうが、彼女自身もまたそれは通じないことを理解しているのだ。だからこそ妥協点として『自分と同じ扱いを』と提案しているのだろう。マイラはそう読んだものの、それがセイロに通じているかどうかは別だが――
「……。そうだな、罪の無い人間に害が及ぶのは俺も好まないところだ」
――罪の無い。
ちくりと胸に刺さるが、一切顔には出さなかった。そもそも最重要事項は罪を感じるのではなく、この『キャラクター』が不幸にならず幸せな人生を送ることなのだから。
「それでは、そういうことでよろしくお願いしますわ」
フィデスの提案は実に良い方向に進んでくれたようだ。少なくともこれでセイロという男はもうしばらくこの付近に留まり、いざとなれば好きなときに呼び出す事も可能となったからだ。
「いいだろう。じゃあ俺は外にいる。何かあれば勝手に入ってくるが、それはいいな?」
「いや何もよくありませんが?」
何かあればとは一体何だという問いも含めたのだが、セイロにはどうやら一切通じなかった。
「ではな」
「この人窓から出ようとしてる!」
片手で静かに窓を開いたセイロにツッコミを入れるマイラの横でフィデスが手を伸ばす。
「せ、セイロ様! あの、ご飯は!」
「そこらに置いといてくれ。勝手に食べる」
「野良猫か何か?」
「ああ、野良猫程度に思ってくれるのがちょうどいい」
「マイラ様、野良猫扱いは酷いです」
「ちょっと待ってフィデスさんまで向こう側につくの?」
「お嬢様、ここは一つ野良猫にも寛大な心を」
「メイまで参加するのはやめてくださるっ?」
収拾が付かなくなってきたので、思い切り手を叩いき「パンッ」と小気味の良い音でその場の主導権を握る。
「分かりました。ではセイロさんのご飯は窓際に置きますので、二回手を叩いたら温かい内においでください。冷めても暖めませんし、少なくとも私は魔術が使えませんし、フィデスさんやメイにも温め直すことはさせません。それでいいですね?」
「まるで飼い犬みたいな……」
「フィデスさん、細かいところに気付くのは美点だと思いますが、この場ではぶり返すだけなので一旦口を閉じてください?」
フィデスが慌てて両手で口を塞ぐ。
「もういいか?」
「ええ、もういいですわ。……いいわよね?」
念のため一同を見回すが、全員が縦に頷くので問題無いと判断したのか、セイロは「そうか」と呟いた後に窓から外に向かって飛んでいった。既に夜だということもあり、その姿は簡単に闇の中へと飲み込まれていくように消えていく。
「ここ、結構高さがありますよね? あの人大丈夫なのでしょうか」
窓を閉めるメイに、はっとしてフィデスが顔を青ざめるが。
「このぐらいの高さなら大丈夫でしょう」
「そう、なんでしょうか?」
この程度で死んでくれるのなら酷く気楽な相手だが、さすがにそこまで間抜けではない。
(通じたかは分からないけど、伝えることは伝えたし、今夜はこれでヨシとしよう)
メイがカーテンを閉めると、ようやくフィデスも落ち着いたのか長い溜息が聞こえてきた。
「なんだか長い一日でしたね」
「いやほんとまったくそう……」
今日一日だけで状況が目まぐるしく変わってしまった。
「そういえばフィデスさん、あの人の料理を作るといってましたけど」
「はい。栄養は生きる上で大切なので」
相変わらずそのスタンスなのか、と思いながら、疑問点を挙げる。
「どこで作るつもりなの? さすがに王城の台所は使わせてもらえないと思うんだけど」
「え?」
「え?」
ふたりして互いに目を合わせて頭の上に「?」を浮かべる。
「はいはい、もう夜も遅いですし、それに関しては明日私から関係者にお尋ねしますから、お嬢様おふたりはさっさとお布団に入ってくださいませ」
ほらほらと手際よくマイラとフィデスを着替えさせて布団に入れ、メイはさっさと灯りの魔術を消したのだった。
当然ながら着替えを人に任せるのを反対しようとしたフィデスだったが、メイドが本職であるメイの手練手管の前には太刀打ちできずあっさりと着替えが終了したことに、マイラはちょっと恐れ戦いたのだった。




