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マイラ・グランヴィルは動揺する3

 ――というわけで。

(私の部屋には聖女様がいるのである。いやであるじゃなくて!)

 一緒に部屋へと戻ったのはいいが、出て行って戻ってきたら見知らぬ少女が一緒に居たというのを見て部屋の前の警備兵から色々と質問をされたり、それを乗り越えて部屋に戻ると今度はメイからあれこれ質問を受けたりと、やっとの思いで椅子に座ったら部屋の中をキョロキョロとして落ち着かないフィデス・サンクにめまいがしそうになっていた。

(そもそも報連相がなってない! 何で私が説明しなきゃならないの!)

 一番腹が立つ警備兵は部屋の外にいるので視界に入らないことだけが唯一の救いだったが、めまいを起こす人物は現在進行形で落ち着きが無く未だに視線を彷徨わせている。

「あの、フィデス・サンクさん?」

「あ、はい」

 名前を呼ばれたフィデスは背中をピシっと伸ばす。目の前にいるのが彼の大貴族グランヴィル家の令嬢だという情報ぐらいは知っているのだろう。

「楽にして良いわよ。普段からそんなに気を張っていたら先に倒れてしまいそうだもの」

「あ、ありがとうございます。私、まだいろんなことが分からなくて」

「当然でしょうね。でも慌てて知ろうと思っても混乱するだけよ。状況はゆっくりと飲み込んでいけばいいわ」

「……。なるほど、その通りです……! ま、マイラ様はとても聡明であらせられるのですね!」

「いえ、別にそういうわけでは」

 かつての世界では主人公として扱われていたあのフィデス・サンクから賛辞の言葉を受け取ると、さすがに心の中が落ち着かなくなる。

「いいえ、慌てなくても良いという言葉を分かりやすく言葉にしてくださったのはマイラ様が初めてです。きっとお優しい心から言葉が生まれているのですね」

「……」

 調子が狂う、どころではない。

(恥ッず……!)

 そういえばそうだった。ゲームをプレイしたのも既に十五年前なので、この少女のことをやや忘れていたのかもしれない。確かキャラクター説明では素直で優しく、心から思ったことを口に出す、裏表のない少女というものだっただろうか。

 その通りなら彼女は本当に自分を賞賛したということになる。マイラにとって非常にむず痒く正直耐えきれないのだが、この国の王妃を前にして一緒の部屋で暮らすと決めたからには追い出すこともできやしない。

(私の推しのマイラ・グランヴィルなら、何の躊躇も無く追い出したんでしょうけど……)

 それを積み重ねた結果が自身の暗殺となれば、そう迂闊な行動をするわけにはいかない。

(私は推しを幸せにしたいだけなんだから!)

「そ、そうね、そういうつもりはなかったけど。ところで荷物とかは? この部屋に運ばれたわけじゃなかったのね?」

「え、ええ、後で取りに行こうかと」

「どれだけあるの? 一人で運べます?」

「はい、がんばります!」

「いえ、頑張るって……」

 一体何を頑張るというの? という言葉を飲み込んで、早速部屋を出て行こうとする彼女の手を取った。

「待ちなさい、フィデス・サンクさん」

「は、はい、マイラ様」

「頑張ります、じゃなくて、誰かに手伝わせなさい。聖女なんだからそのぐらい協力してくれる人はいくらでもいます」

「でも、それは無意味に働かせることになります。労働するからには賃金が必要です。でも私の手持ちでは人を雇えないから……」

「……ああ、そういう」

 何が言いたいのか、すぐに理解する。

(この子の境遇が知れるわね。でもある意味正しいわ。この城の中でなければ、ね)

 マイラのいる世界は身分こそ全てだ。身分の上の者が身分の下の者を使う。至極当たり前のことであり、これを疑っては【ならない】のである。

 しかしどこぞの村の娘であるフィデスが貴族の常識を身につけているはずも無い。労働には対価がある、というのが彼女の住んでいた世界の常識だ。労働に対価があるという認識自体は当然貴族にもあるのだが、前提として上下関係というものがある。

 マイラはこの世に転生する前の記憶が主人格となっているのもあり、やはり貴族の一般的な常識を理解しつつもどこか他人事でもあり、感覚としてはフィデスのほうに近いものがある。当然労働者の中でも上下関係はあるが、貴族ほど徹底したものではない。

「では私が手伝いましょう。マイ、手伝ってくれるわよね」

「もちろんです。ですがマイラ様はお部屋を出られますでしょうか」

「そうねぇ、そこが問題よね」

「え、そんな、悪いですよ! 大丈夫です、私一人でなんとかなりますので!」

 思ったよりも頑固なフィデスに、マイラは少しだけ苛々して思わず扉を叩いていた。

「な、なんですかマイラ様!」

 扉の向こうから慌てたような声が聞こえてくる。

「今すぐに私の一時移動許可を取って下さい! 聖女様の為です!」

「あ、いや、しかしさすがに」

「聖女様の荷物を運んでいないのです! 女性の荷物なので同じ女性の私とメイドが運ぶべきでしょう!」

「それはそうですが……ああ、分かりました! 次の交代時までお待ちください!」

 ほっと、マイラはため息を吐く。

「分かりました。わがままを言ってごめんなさい」

「い、いえ、そんなことは。私の妻のものを勝手に触ろうとすると怒られるので……」

「あら、奥さんと仲が良いのですね」

「はは、仲が良いのか悪いのか」

「では交代時に連絡をお願いします」

「承知致しました。それまではしばしお待ちいただきますようお願い致します」

「ありがとう。助かります」

 扉から離れ椅子に座り直した彼女に、フィデルは唖然として口を開いたままだった。しかしすぐさま何かに気付いて駆け寄ってくる。

「どうしましたか?」

「手……手! 思いっきり扉叩いてましたよね、大丈夫ですか!」

「え、ええ、まぁ、怪我しない程度の力で叩きましたし……」

「念のため看させてください」

 右手をあっさりと握られて、フィデルがじっと手の甲を見つめてくる。

(ああ)

 それを見つめながら、マイラは思うことがある。

(それをする相手は私ではないの、フィデル)

 ――もっと別の相手がいるはずなのだ、彼女には。

 例えその未来が訪れることがないとしても。

(彼女に罪はない。だから殺さない。けど、この城で、貴女が通う学園の先にあるハッピーエンドには決して辿り着けない。だって)

 主人公(彼女)のハッピーエンドとは、即ちマイラ・グランヴィルのバッドエンドなのだから。

 それは、それだけは決して認めてはならない。

(改めて誓うわ。貴女が掴む筈だった幸せな時間を、私が掴むんだって)

 そうして幾百、幾千と繰り返されたマイラ・グランヴィルの悲劇を回避する。それこそが最大の望みであり、この世界に持てる唯一の希望だ。

「大丈夫みたいですね、よかった」

「もちろんです。そのぐらいは計算して叩いてますから」

「でも、とても演技には見えなくって、つい」

「……ま、まぁ、そうたいしたことではありません」

 メイが主人の顔をひょこりと覗き込んでくる。

「もしかしてマイラ様、照れてます?」

「照れてません!」

「照れ隠しですねー」

「ははぁ、照れ隠しなんですね」

「照れてませんと言ってるでしょう!」

 実際、照れるというよりも、彼女に対してどういう感情で接するべきかは悩んでいる。

 あの場で一緒の部屋で暮らせと言われた以上、それを断ることはできない。どうしたって今後は聖女とコミュニケーションを取る必要があるだろう。

(この女とのコミュニケーションってどうやればいいのよ。教えてもらいたいものだわ。……あぁ、そういえば参考になりそうな人は私が殺したんだっけ)

 その顔を少し思い出す。

「マイラ様? お顔が暗く……どうされました?」

 目敏い。

 瞬間、警戒心を抱いたもののマイラは努めて普段の顔を作り、首を振る。

「何でもありませんわ」

 距離感というのは追々掴んでいけばいい。生前の経験とマイラ・グランヴィルとして生きてきた経験がそう語っている。慌てることはないし、慌てる必要も無い。何より今は大きく動く時でもないからだ。

(さすがに三人目の殺害はもう少し時間を置きたいわね。幸い二人目は確定している様子じゃないけれど)

 とはいえ、『二人目』は失踪扱いになっているのには違いない。当然その中には死亡しているか、身動きできない何かしらの事情・事件が絡んでいると想定されていることだろう。

(どこまで話し合ったのか盗聴できなかったのは厳しいわね。三人も魔術の使い手に注目されている中で研究所と同じことをするのは無理だったから)

 もし僅かでも魔術を発動した場合、恐らく誰かしらが気付いたことだろう。――あの大人三人のみならず、その場には聖女もいたのだ。前も後ろも見張られている状態で密かに魔術を使用するなど自殺行為に他ならない。

(何しろ私は魔術が使えない人間で通ってるのだから)

 仮に魔術が使えると証明してしまえば、初手からのアリバイが全て無意味になってしまうだろう。何としても隠し通さなければならないことだった。

「マイラ様、外出の許可が降りました。聖女様のお手伝いぐらいなら大丈夫です。もちろん兵士一名を付けさせてもらいますが」

 扉の向こうからそんな声が聞こえてくる。先ほどの兵士が交代時に事情を伝えてくれたのだろう。

(一人監視をつけるってことね。誰の指示かしら)

 抜け目ない、とは言わない。当たり前とすら感じたからだ。

「まぁ、手伝ってくれるのですね。ありがとうございます!」

「もちろんですとも!」

 違う声の男がドンと胸の辺りを叩く音がする。ドア越しに聞こえてきたので相当強く叩いたのではなかろうか。

「さ、フィデスさん。行きましょう」

「あ、はい」

 マイラが部屋を出ると、続いフィデスとメイがついてくる。さらにその後ろを簡易な鎧を着た大男がのしのしと足音を立てて歩いていた。

(あのひげ面に私より頭三つ分ぐらい高い背、太ももぐらいありそうな腕に人の良さそうな目。うーん、見た目だけなら簡単に騙せそうな大男だけど)

 ああいう魔術に頼りそうにもない格闘に優れた兵士というのは、場合によっては魔術が使える剣士よりも厄介だ。というのも自分の持つ武器一つ、肉体能力だけで対魔術への戦術を経験で覚えているからである。魔術が使えないとされているマイラは別として、ある程度魔術を行使可能なメイや特殊な魔術を発動可能なフィデスの護衛としては、ある意味うってつけかもしれない。元々王宮内で狙われることなどあり得ないだろうが――

「あ、つきました。ここに荷物が置いてあります」

「ええ」

 ここ、と指を指したところは。

「……馬屋?」

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