第8話
リシェルの体を支えながら、出口へと向かって歩き始める。彼女は少し足取りが不安定だったが、それでも必
死についてきていた。
「シュウさんは、あの洞窟で、なにをされていたんですか?」
「じつは、この洞窟から逃げ出すところだったのです……。酷い労働環境で、強制労働させられていて……」
「ひどい……。帝国で噂を聞いたことがありますが、人を奴隷のように扱う、ブラック労働ですか?」
意外な言葉が返ってきた。リシェルは世間知らずに見えたが、けっこう的確な表現を使う。
俺はどこまで話すべきか迷った。だが彼女に見つめられると、嘘をついてはいけないと思ってしまった
「まさに。ゾンビの俺たちを、こき使い倒して──」
言いながら、自分でも苦笑してしまう。なんて言い方をしているんだろう。
その時、リシェルが立ち止まった。
「……ゾンビ、だったんですか?」
「ええ。でも今はグールに、その、進化というか……」
言葉を濁す。どう説明すればいいのか分からない。アンデッドでありながら、人の形に近づいていく存在なんて。
しかしリシェルは、意外な反応を見せた。
「よかった。きっと、それが運命だったんですね」
「運命……ですか?」
「はい。シュウさんが進化して、私を助けてくれた。そして私も追放されて、シュウさんと出会えた。これって、偶然じゃないと思うんです!」
彼女の瞳が、淡く光を帯びる。その純粋な眼差しに、胸が締め付けられる。
「でも俺は……アンデッドです。しかも今は、血の──」
「血の渇望」という言葉を飲み込む。こんな恐ろしい衝動を抱えた存在だと、どうして打ち明けられよう。
だがリシェルは、すでに気付いていたようだった。
「シュウさんの中に、暗い衝動があるのは分かります。聖女として、そういうものを感じ取れるんです」
彼女はそう言って、不思議そうに首を傾げた。
「でも、それを必死に抑えているのも分かります。私の血を求める衝動と戦いながら、それでも助けてくれた」
「っ!」
図星を突かれて、言葉に詰まる。確かにリシェルの血の匂いは、今でも鼻をくすぐっている。
だが彼女は、さらに意外な言葉を続けた。
「私には、闇を封印する力があります。だから……」
リシェルが、おずおずと俺の腕に触れる。
「シュウさんの力を、暴走しないように。それくらいなら、追放された聖女の私にも、まだできるはずです」
「リシェルさん……」
俺は複雑な思いに包まれた。アンデッドの自分に手を差し伸べ、こんな優しい言葉をかけてくれる。
転生前から、ずっと働かされた。転生後もゾンビにされて、まさに人としての尊厳を奪われていた。
それが急に、暖かな光に包まれたような感覚──。
「……ありがとうございます」
精一杯の言葉を絞り出す。リシェルは柔らかな笑顔を返してくれた。
その時、遠くで足音が響く。
「まずいかもしれません。ここは早く──」
リシェルの手を取り、足を速める。彼女も頷いて、懸命についてきた。
二人で暗い洞窟を駆け抜けていく。どこかで響く足音を背に、出口を目指して──。
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