ハワイ沖海戦—接敵
◾️2023/12/07/07:00 米国、ハワイ州、ホノルル 州庁舎
モダンでありながら、自然との調和を保つ。美しく威厳のある民主主義のハワイにおいての象徴であるハワイ州庁舎は、蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。
「海軍より通達!ハワイ島沖西方380kmの沖合にて、駆逐艦ハルシーが所属不明の潜航艇と接触、雷撃を受けたため反撃し撃沈したとのことです!」
その爆弾発言に、一同は驚愕を隠せない。いよいよ本当に戦争が始まったんじゃないか、本国は既に壊滅状態なのではないか。
そのような恐怖感が心を蝕む。
庁舎内の気温が急激に低下する。
しかし彼らには、恐怖で竦んでいる時間などはないのである。
栄あるアメリカ合衆国ハワイ州の職員として、民主主義を、そしてすべての国民を守り抜く必要があるのだから。
各々が葛藤を抱えながらも、自らの職務を全うするべく進んでいく。
しかし。
その幾ばくか後、その部屋には更なる爆弾が投げ込まれてしまった。
「空軍より再度通達!空軍戦闘機F-22が、ハワイ島沖北1000kmにて所属不明の艦隊と接触!うち空母多数、しかし…」
言葉を詰まらせる連絡員に一同は訝しむ。
人間の知的好奇心というものは恐ろしいもので、こうも気になる情報が伏せられると、指数関数的に興味が倍増していく。
その連絡員は汗を垂らしながら、まるで信じられないというような焦りの滲み出た顔で声を振り絞る。
その発言に、職員は自らの知的好奇心の愚かさを身に染みて感じるのであった。
さっきの所属不明艦はこれであったのか。
「か、艦隊は、真珠湾攻撃時の日本海軍の艦隊と酷似しているとのこと!
そして、既に艦載機は発艦済みであります!」
そうだ。今日は12月7日だ。
◾️2023/12/07/06:30 ハワイ近海
日本海軍第一航空艦隊旗艦 HIJMS 赤城
少しばかり時間は遡る。
冬の太平洋に、鉄の群れが浮かぶ。
誉ある帝国海軍として、皇国のために。
空母6隻を基幹とし、その威容を誇る艦隊上で、男たちが喊声を響かせている。
そしてそれを掻き消すエンジン音。
理知の翼の群れは、次々と艦隊を離れてゆく。
空母赤城の艦橋で、それを見守る者が1人。
戦に向かう武士達を勇壮な面持ちで見送っているが、その裏側には重責に押しつぶされたのかと言うほどに疲れ切った顔が隠れている。どうしてこんな仕事を引き受けてしまったのだろう、失敗したら国家の裏切り者となってしまう…という不安。
そして何よりも、心の片隅にこびりついて取れない謎の予感。
互いに噛み合ってしまったこれらは、静かに、だが着実に、彼の心を蝕んでゆく。
「南雲中将。第一波攻撃隊、全機発艦完了です。」
それは穴の空いた南雲の心を埋め合わせてくれるかのような成功の報告であったが、ご苦労、とだけ返事を返す。
しかしやはり、この報告は南雲を相当に安心させるものであったらしく、少しばかり気を取り直して味方艦隊に目を向ける。
海戦の主力となりつつある、巨大な空母。
その彼らを、潜水艦という海中の脅威から守る駆逐艦や軽巡洋艦。
本作戦を確実に支援してくれるであろう、重巡洋艦。
そして誇り高き帝国海軍の象徴とも言える、海の王者-戦艦。
ーそうだ、この作戦は私だけのものではない、ここにいる下士官から将に至るまで、皆で成功に導くものなのだ。
司令官としては至極当たり前の事ではあるが、すっかり忘れていたそれを南雲は思い出した。
「各隊の士気はどうかね?」
気分転換も兼ねていたその質問には、南雲が
期待していた通りの答えが返ってきた。
「各隊、士気は最高であります。憎き米帝をこの手で直接破壊できると、特に航空隊諸君は張り切っておるようです。」
ありがとう、と返した南雲は、こうしちゃいられないと命令を下す。
運命の時は近い。
南雲には、皇国のため全身全霊を尽くす覚悟で職責を果たす「覚悟」があった。
「第二波攻撃隊、発艦準備!気張れよ!」
不安を完全には拭い切ることはできなかった。
◾️2023/12/07/07:15 ハワイ近海上空
4匹の猛禽が空を貫く。
その体は、次第に青みがかってきた空とは対照的なほどの灰色。
世界最強の戦闘機と呼ばれー「航空支配戦闘機」との異名をも持つその機体。
アメリカ空軍第19戦闘飛行隊所属の「F-22」戦闘機4機は、「海から80年前の日本人が襲ってくる」という頭がおかしくなったのではないかと言われるような状況を打開すべく出撃した。
出撃前のブリーフィングで説明は受けたが、未だ完璧に理解したわけではない。
もっともそれは、受けたのが「俺たちはパールハーバー当日にタイムスリップした」だの「ゼロ戦を撃墜しろ」だの、その意味をすぐには理解し難いものであったからであるが。
勿論のこと、彼らは動揺していた。それはそれはものすごく。まず状況の意味が分からないし、さらに俺たちがハワイを守らなきゃ、民間人にも被害が及ぶんだ、と。
しかしそれと同時にー動揺を軽く上回るほどの高揚感が生まれていた。
何しろ、ラプターで本格的な空戦は初めてであるのだ。
シリアでは空爆をしたがあくまでも空戦ではないし、少し前の気球撃墜も空戦と言えるものではない。
空を支配するための戦闘機のやることが空爆と風船落としか?という嘆きも、パイロットや関係者の間では少なからずあった。
そういう意味では、初めての実戦ということにもなるのだろう。
…もっとも、相手はジェット推進ですらない大昔のプロペラ骨董品なのだが。
その時であった。
「ッ!レーダーに感あり!数は1,2,3,…いや、数えきれない程だ!推定150機!」
「史実通りであれば第一波は189機だ。まだ後続の奴らがいるぜ」
いくら世界最強の戦闘機と大昔の艦載機との戦いであっても、189vs4は流石に厳しいところがある。
まず第一にミサイルが足りない。
日本海軍相手にステルス性はいらないだろう、ということでステルス性を犠牲にし、最大限の兵装を積んでいるのだが、それでもアムラーム数発しか積むことができなかったのだ。
ーいや、21世紀の空戦であれば確かに十分すぎる量であるかもしれないが、いかんせん今回は特例中の特例なのだ。
「足りない」としか言う他ない。
さらに機関砲弾も足りない。もっと言えばそんなものはまず使いたくない。
元々F-22の設計思想は「先制発見・先制攻撃・先制撃破」である。ドッグファイトに持ち込むことはあまり想像されていないのだ。
ただ、この機体は素晴らしい運動性能を持つ。それは救いであろう。
閑話休題。
遂に戦闘の火蓋が切って落とされる。
まさに「時空を超えた戦い」とでも言うべきであろうか。
先制攻撃は、先述の設計思想に対し極めて忠実に、F-22の側から行われた。
「FOX-3!ミサイル撃ち尽くしたら突撃しろ!一機でも多くの敵機を堕とせ!」
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朝ぼらけの空を、異形の鳥が飛ぶ。
その数は100とも200とも言えるほどに大規模な「群れ」をなしていた。
鋼鉄の翼には赤い円が描かれており、昇りつつある太陽に照らされ輝いていた。
日本海軍-第一波空中攻撃隊の先頭を飛ぶは、日本の知恵と技術の結晶たる「三菱 A6M2b 零式艦上戦闘機」である。
現代においては、日本で最も有名な戦闘機と言っても過言では無いだろう。
軍事や歴史に疎い者にさえも、「零戦」という名で知られている。
戦争初期では、その格闘戦能力とパイロットの練度を以て米英航空隊を撃滅。
後期においては特別攻撃の機体としても用いられることもあった。
度々改良が重ねられ、終戦までにおよそ10000機以上が生産された名機だ。
そんな零戦のパイロット、「生見 純平」は、勇気と情熱に燃えていた。
彼は生粋の愛国者である。
幼少期からの将来の夢は誉ある帝国軍人であり、特に戦闘機パイロットを夢見ていた。
この日のため、彼は幾多もの困難を乗り越えてきた。
乗り越えられないのではと思ってしまう壁にぶつかる事もあった。しかし彼は、それら全てを「試練」と捉え突き進んできた。
それが功を奏したのか、彼の練度は海軍でもトップクラス。
こうして真珠湾攻撃の攻撃隊第一波の、しかも1番槍を任されたのであった。
その時であった。彼ははるか遠方の空に、何か光るものを見た。
「何だ…?敵機か⁉︎」
彼は無線機で隊の他機へ呼びかける。
返答はすぐに返ってくる。
「お、俺も見た!ただ敵機には見えんぞ」
「俺だけじゃ無かったか…警戒しろ!」
編隊長の指示を受け、隊は厳戒態勢を敷く。
編隊は美しい形を維持しながら、攻撃目標に向かって前進していく。
…しかし。その編隊と厳戒はすぐに崩れることとなった。
「ッ!?」
刹那、生見機の後方で爆発音。それも単発ではなく、幾度も。
彼は瞬時にそれを敵襲と判断したが、いかんせん何処からの攻撃なのかが分からない。
状況把握をしようと期待の後方を確認すると、自らの編隊はもちろん、他の艦戦部隊や艦攻/艦爆部隊までも攻撃に遭っているようだった。
「こちら生見機!生きてる奴は応答願うッ!このままじゃ全滅するぞ…何処からの攻撃か分かる者はいるか!どうぞ!!」
『こちら原田機!恐らく前方からだ!驚くほど速い槍みたいな奴が飛んできた!それ以上は分からねぇ!どうぞ!!』
『こちら田中機!一回の爆発で堕ちたのは一機じゃあない!近くを飛んでる何機かが一気に堕…ザザッ』
そうこうしているうちにも、次々と損害が出ている。謎の槍だと、なんだそれは。前、前と言ったな。前に敵がいるんだな?
編隊長は既に堕ちている。自分が隊の指揮を取るしかない。
「一番隊残存機!付いて来いッッ!!敵機は前だ、突撃するぞッ!!」
その瞬間、前方に何かが見えた。灰色をしたその物体はだんだんと大きく見えるようになり、少しずつ近づいてきているようだった。
生見は察した。
あれは敵機だ。仲間を次々と葬った、気味の悪い奴だ。落とすべき「敵」だ。
しかし、それは彼の最後の思考となった。
F-22戦闘機から放たれた20mm機関砲弾により、彼と彼の機体は火だるまとなり、異国の海へと堕ちていった。
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ハワイ沖合の空に、幾つもの花火が咲く。
それが咲くたび、火に包まれた鉄の塊が海へと堕ちていく。
ハワイの空を護るべく、F-22ーたったの4機であるがーが奮戦していた。
サイドワインダーもアムラームも残弾は少ない。20mm機関砲も撃ち尽くしてしまうのは時間の問題だろう。
「クソが、いくら堕としても次が出て来やがる!!援軍はまだかよ!」
4vs189の戦いはあまりにも厳しい。
ヒッカム基地には他の機体もいるはずだが、第一波は凌げたとしても第二波まで来られると分からない。
戦闘開始から何分経っただろうか。
『こちらドラゴン-3、AAMも機関砲も撃ち尽くした!どうすりゃ良い!?』
「こちらドラゴン-1、燃料はまだあるだろうな!敵機の注目を引いていてくれ、どうぞ!」
『ドラゴン-3了解!』
サイドワインダーを撃つ。敵機は堕ちる。
アムラームを発射する。敵機は爆散する。
機関砲弾を放つ。敵機は火だるまとなる。
負けることは絶対にあり得ない。
が、勝てるかどうかは絶対ではない。
零戦3機が巧みな連携により、F-22の背後を取ろうとする。
しかしその試みは失敗し、逆に背後を取られてしまい、3機仲良く機関砲に穴を開けられる。
元々戦闘用の機体ではない九七式艦上攻撃機は、それが抱える魚雷を解放する事なく なすすべなく堕とされる。
史実では高い急降下爆撃成功率を示した九九式艦上爆撃機も、その高い能力を発揮することなく海の藻屑となる。
『ドラゴン-2、残弾なし!』
「奇遇だな2、こちらドラゴン-1だが残弾なしだ!」
『こちらドラゴン-3、機関砲弾も50発しかねぇ!あと一回撃てば残弾切れだぜ!』
いよいよ限界だ。
敵はまだ10機程度残っているのに加え、早いうちに第二波がやってくるだろう。
ここで引きたくはないが、弾が無い以上戦えない。
一度帰投しようかと考えたその時。
「レーダーに応答、ハワイ諸島方向に8機です!速度約800kt、IFF応答は…味方機!」
遂に援軍がやって来た。
遅いぞ、何をやってたんだとは思いつつも、内心これで勝てるという安心感も湧く。
『こちらグリペン-1。長いこと待たせてしまってすまない。ここからは我々に任せてほしい。ハワイの空を守ってくれたこと、感謝するッ!』
「ドラゴン了解。任せたッ!RTB!」
灰色の猛禽は、朝日の輝く海の上で交錯した。
拙作お読みいただきありがとうございます。