64話 開眼
※戦いによる少し過激な表現があります。ご注意下さい※
「嘘……」
目の前に猛獣のようにふぅふぅと息を荒くしたアドルフさんがいる。悪魔の角に赤黒く光った目。
ビジョンで1万人を虐殺した彼そのままの姿だった。
「あっはははは! すごいわこれが巫女の力! 行きなさい下僕。皆殺しにして」
彼は、真っ直ぐにこちらに向かってくる。
「俺が受け止めます!」
ブラッドが皆の前に出て、突進してくるアドルフさんの槍を弾く。
そしてその後すぐにオーウェン団長とお父さんが追撃。
それぞれの攻撃が彼にヒットしよろめくが、すぐに態勢を立て直す。
そこへ後衛の私とラスさんにテオが更に追撃を食らわせると、アドルフさんは膝をついた。
しかし、アイーダが黒い魔力を送り込むとアドルフさんの傷が一瞬で回復し、再び向かってきた。
それをまた前衛の3人で受け止めるが、アイーダを先になんとかしないとアドルフさんは恐らくゾンビのように永遠に倒せない。
ラスさんとテオとアイコンタクトを取ると、彼らはそれぞれ左右へと散り、アドルフさんの後ろに隠れているアイーダへと詰め寄る。
そして時間差でアイーダへと攻撃を仕掛けるが、魔道回避で避けられてしまう。
⸺⸺その瞬間。
アイーダはテオの足元から黒い手を出現させ、テオをその場に拘束する。
「くっ、これは……!」
すると、アドルフさんが標的をテオに変え、目にも止まらぬ速さで間合いを詰め、彼を貫こうとした。
「テオ!」
彼が危ないと思い、アドルフさんの足を目掛けて斬撃を放つ。
しかし間に合わず、止まらないアドルフさんが貫いたのは、テオの前へ立ち塞がったブラッドだった。
「ごほっ!」
腹部を貫かれたブラッドは、槍を引き抜かれるとその場に崩れ落ち、血溜まりを広げて動かなくなった。
「嘘、ブラッド……?」
彼の血溜まりがどんどん広がっていく。嘘、だよね……? ブラッド……。
そしてアドルフさんは休む間もなくテオを貫いた。
「ブラッ……ド……ごめ……なさ……」
彼もその場にドサッと崩れ落ちる。
同時にラスさんが矢でアイーダの肩を撃ち抜いたが、黒い手の拘束解除には間に合わなかった。
ブラッドとテオの身体が黒い霧となってサラサラと消えていく。
「いやだ、いやだよ……ブラッド……テオ……!」
頭が真っ白になる。
ただでさえ強かったであろうアドルフさんは皆の魔力を吸い取って更に強力になっている。しかも体力が衰えることもなく、休む間もなく攻撃を仕掛けてくる。
私は真っ白になった頭を必死に回して目の前のことに集中した。
オーウェン団長とお父さんはなんとか攻撃を捌いているが、私やセシル皇帝陛下、そして巫女様を庇っているため防戦一方だ。
私も2人の合間からなんとか攻撃を撃ち込むが、まるで効いている気がしない。
すると、アドルフさんは不意に方向を変えアイーダと対峙していたラスさんを貫いた。
「……ご、め……ん」
彼の身体が崩れ落ち、黒い霧となって消える。
「いやぁ……ラスさんまで……! こんなの、どうしようもない……」
自然と声が震える。そんな私へオーウェン団長が声をかける。
「俺とヴェイン団長が時間を稼いでいる間にお前は皇帝陛下と巫女様を連れて逃げるんだ」
「そんなの……」
私がたじろぐと、お父さんもすごい剣幕で「行け!」と叫ぶ。
私は泣きながら皇帝陛下と巫女様の手を引き集落の外へと駆け出す。
⸺⸺しかし、後ろにいたはずのアドルフさんは気付いたら私たちの目の前にいた。
「っ……!」
皇帝陛下が腰を抜かし、私は彼を庇って彼に覆い被さる。
オーウェン団長が私たちの目の前に立ちはだかったかと思うと、お父さんが更にその前に行き、アドルフさんとお父さんは互いに身体を貫いた。
「お父、さ……」
「あぁ、アヴァリス……」
「ル、カ……セシ、ル……愛して、いるぞ……」
お父さんが、黒い霧になっていく。やっと、出会えたのに。やっと、分かり合えたのに。
どうして? どうしてこんなことに?
その一方でアイーダは肩を押さえながら黒い魔力を巫女様にまとわりつかせる。
「うぐっ! 魔力が……吸われて……」
オーウェン団長は泣き叫びながら片膝をついているアドルフさんの心臓を貫く。アドルフさんも、泣いていた。彼は再びこの地に現れてからずっと泣いている。
もうやめて。こんなのあんまりだよ。クレアお母さん、シータお母さん。もう嫌だよ……助けて……。
⸺⸺そう願った瞬間、お父さんからもらったペンダントが強く光り出す。
「それは……! 聖女の輝き……!」
巫女様が黒い魔力に囚われながらもそう叫ぶ。
「聖女……!?」
もしかして、お母さんが私の願いに答えてくれたの?
「ルカさん! 祈って!」
皇帝陛下が声を絞り出す。
「やめろっ……! その光はイヤ……!」
アイーダは恐怖に引きつった顔で巫女様からの魔力吸収を解除しようとするが、今度は巫女様が黒い魔力を捕えて離さなかった。
「逃しませんよ。あなたはこのままわたくしを吸い続けなさい」
「巫女!? 余計な事を……!」
「お母さん、お願い! 私聖女になる! なりたいの! 助けて、お母さん!」
涙で震える声でそう叫び、ペンダントへ強く願うと、その輝きはより一層増して、集落中を白い光で包み込んだ。