年末の朝
三題噺もどき―さんびゃくきゅうじゅうきゅう。
ヒヤリとした空気が満ちている。
もう一年も終わろうかという時期だ。
このぐらいの寒さは当たり前のはずなのに、どうしてだかいつもより寒いなんて思ってしまう。数日前の温いあの日々の方がおかしいはずなのに。
「……」
洗面台の前に立っている。
とりあえず起きたのはいいものの、あまり思考がはっきりとしなかったものだから。
顔でも洗って、少しすっきりしてから動こうと思って。
ぼうっとしたまんまで、洗面台までやってきた。
「……」
ぼさぼさの長い髪。
くっきりとできた目の下のクマ。
心なしか頬がこけてしまっているように見える。
乾燥が酷いせいもあって、肌もあれている。
……まるで漫画なんかで見るような、堕ちた人間みたいだ。
「……」
鏡に映るそんな姿をぼんやりとみている。
年末というのは、それなりに祝うべき時期のはずなんだけど。
そんな気分になれないのは、それどころじゃない仕事だからだろうか。
仕事納めなんてあってないようなものだし、仕事始めだってあってないようなものだ。
名目上そういっているだけで、いつもと何も変わらない。
「……」
一年最後の日まで仕事をして、一年最初の日も普通に仕事。
同じような毎日の繰り返し。
それがひたすらに続くだけ。
年末なんて、余計に忙しくなるだけで、祝う気分になんてなれない。
「……はぁ」
思わず漏れた溜息が。
なぜだか滑稽に思えて、少し笑えてしまう。
なんでだろうなぁ。
もう、疲れすぎて思考が上手く回っていない。
「……」
いつまでも、こうやってぼんやりとしていてもいいならそうするのだが。
そういうわけにもいかない。
今日も普通に仕事だ。
だから、この洗面台まで何とか頑張って歩いてきたんだから。
「……ふぅ」
気持ちを切り替える。
きゅ―と、蛇口をひねると、水があふれてくる。
安アパートなので、水しか出てこない。
これが今はありがたかったりするんだから。
「……」
水の跳ねる音を聞きながら、適当に置いてあったヘアバンドをつける。
髪が長いので、水に濡れないようにするためだ。
少し前までは気にしていなかったのだが、濡れた方が後が面倒だと気づいたので、ヘアバンドをするようになった。
案外これが色々と使えるので、重宝している。
「……っ」
指先で軽く水に触れる。
冷えているはずの指先で触れても、冷たいと思った。
眠気覚ましには丁度いい。
「……」
両手で受け皿を作り、水を溜めていく。
早々に溜まり、こぼれるそれを見ながら、顔を近づけていく。
それだけで、更に冷たい水の空気が頬を冷ます。
「……っふぅ」
ぱしゃり―と水を浴びた顔は、少しだけ痛む。
ジワリと広がる冷たさと、少しずつ冴えていく感覚。
それが、不快だと思ってしまうのは、なぜなのだろう。
「……」
壁にかけていたタオルを手に取り、水をふき取る。
使い古されたタオルは、荒れ放題の肌を、更に荒らしていく。
このタオルもいいモノを使いたいんだけどなぁ。
そんなものを買いに行く時間もお金もない。
「……」
タオルを洗濯機に放り込み、ヘアバンドを外す。
近くに置いてあった櫛を手に取り、そのまま髪を梳く。
触っても分かるこの髪の痛みよう……。
ときおり引っかかるせいで、頭皮まで痛みが走る。
「……」
だいぶ思考がはっきりとし始めたので、洗面台から離れる。
髪を梳きながら、冷たい廊下を歩きリビングへと戻っていく。
狭い部屋なので、そこにベッドと小さめの箪笥と机がまとめらている。
「……」
カーテンの隙間から、日差しが入り込んでいた。
それだけでも、眩しいと思った。
さて、仕事に行く準備をしなくては、
お題:髪を梳く・日差し・堕ちる