婚約破棄された魔塔主、自国を見限った宰相をスカウトする
※Lemonadeから改名しました!
「もう我慢ならん!!!シャルドネア・フィンネス、俺は貴様との婚約を破棄するッ!!」
「「「陛下っ、どうか、お考え直しを!!!」」」
そう叫ぶのは、婚約を破棄された私ではなくサベール・クロイサン・ペル・タルチア国王の重鎮たち。中でも蒼白を通り越し最早土気色の顔をしたイヴェル・マフス・パルッテン宰相は国王の前で土下座した。先ほど見えた目の下の隈は、彼の苦労を物語っている。
「魔塔主様との婚約を破棄するというのは、魔塔への宣戦布告に他なりません!大体この婚約だって魔塔との関係改善のためにこちらから必死に頼んで漸く叶ったのですよ!?お願いです陛下、後生ですから!!」
その魔塔主の目の前で説得するのもどうかと思うけど、確かになりふり構っていられない状況だろう。
───魔法による絶対的戦力を有する小規模な魔塔と、魔法を禁忌とする軟弱な大国。
規模だけで見れば相手側の大国のほうが勝るが、いざ戦争となれば勝つのは魔塔だ。
とはいえ、こちらも無駄な争いは好まないから友好の印に婚姻を結んでやるつもりだった。しかし歓迎パーティを欠席するわ、婚約式後の夜会でもエスコートせず単独で回るわ、『黒髪が不吉だから隠せ』だの『顔も見たくない』だの『おぞましい魔法なんぞを使えないように魔封じの部屋へ閉じ込めろ』だの『お前のような穢れた女を娶ってやること感謝しろ』だのとふざけたことばかり言うから反論したらあのざまだ。こちらに来てまだ一ヶ月、私が今すぐテレポートで魔塔に帰ったらどんな騒ぎになるだろうか。
私は花が綻ぶような美しい笑みを浮かべ、茶番劇を終わらせる一言を言い放った。
「タルチア国王の婚約破棄を受け入れるわ。後ほどこちらから書状を送るから、確認しておいて頂戴」
「魔塔主様っ、どうか、どうかお待ち下さい。この愚王を説得しますのでどうか今暫しお待ちを、お願いですから……!」
「生憎だけど、そちらが婚約破棄を取り消しても魔塔から再度婚約破棄の書類を送るわ。諦めて」
この一ヶ月間あの愚王の暴言を諌め続け、同時に膨大な量の公務をこなしていた宰相には申し訳ないが、この国には愛想が尽きた。元々愛想などないが。とにかく、戦争になっても再度婚約だけは回避する。
でもまぁこの国を滅ぼすことになっても、禁書庫にある魔法書をこっそり持ってきてくれたり、大量に押しつけられた国王の公務を手伝ってくれたりと世話になったし宰相は見逃しても構わない。むしろ、今の間に逃走資金を渡しておくか?
そんな事を考えていると、ゆらりと宰相が立ち上がる気配がした。
「まだ、何か用?」
「魔塔主様、どうしても出ていかれるなら、私を連れて行って下さい」
「は?」
宰相の一言に、その場にいる全員が唖然とした。
私はこめかみを押さえ、努めて冷静に言う。
「……貴方、今宰相の任についているじゃない。しかも公爵でもあるでしょう?まさか、この国を見限るとでも言うの?」
「えぇ、こんな愚王に仕えるくらいなら貴女様に仕えたいと思っております。反逆者とでも非国民とでもお好きなようにおっしゃって下さい、私とて命は惜しいので」
随分あけすけな物言いだ。
私は思わず声を上げて笑ってしまった。
「ふ、ふふふ、あはははは!」
「ま、魔塔主様……?」
重鎮たちが戸惑いながら声をかける。
私は機嫌よく言った。
「宰相、魔法に興味はあるかしら?」
「もちろんでございます。こちらでは禁忌の為、学ぶ良い機会かと思いまして」
「ふふ、なるほどね……なら、魔塔にいらっしゃい。これはあなたの提案を受けるわけではなく、れっきとしたスカウトよ」
『提案を受け入れてやる』ではなく『魔塔に来てくれ』と願っているのだと、あえて強調する。
目を見開く周囲の人々。愚王は未だ状況が理解できていないのか、きょろきょろと辺りを見回している。この馬鹿と結婚なんて、魔塔主じゃなきゃ死んでもごめんだった。魔塔主でも今となってはそうだが。
「わ……私たちも連れて行ってください!!」
「私も!」
宰相に続いて他の重鎮や使用人も名乗りを上げる。しかし、愚王が暴言をはいても見て見ぬふりをしていた彼らに興味はない。でも可哀想だから逃亡用の資金を全員のポケットに無詠唱魔法で入れておいた。あとは自分でどうにかしろ。
「掴まりなさい」
宰相……否、元宰相が手を掴むのを確認したあと、私は短く詠唱する。
「【転移】」
止める間もなく、私たちは魔塔へ転移した。
***
「ま、魔塔主様!?タルチア王国に嫁ぎに行かれたのでは………」
「婚約破棄されたの。手ぶらじゃつまらないし、気に入った向こうの宰相攫ってきたわ」
「これからお世話になります。元宰相イヴェル・マフス・パルッテンです。魔法に興味がありまして、祖国を売って魔塔側につくことにしました」
「………味方、ですよね?」
「じゃなきゃ連れてこないわ。有能だし、魔法好きみたいだし、魔法師としての才能もある。………こんな人材を逃すなんて損以外の何物でもないわよ?」
「左様でございますか………」
魔塔幹部の一人ことわたくし、チェルダはそれを聞いて驚きを隠せませんでした。弟子も取らず副魔塔主を決めることすら渋る魔塔主様が、優秀だからと敵国の宰相を連れてきたのです。余程の天才か、それともまさか恋仲……とにかく、これぞまさに青天の霹靂。明日は飛竜の群れに襲撃されるのではないでしょうか。
そんな内心は当然表には出さず、彼に研究室と個人部屋を案内します。魔塔の設備が珍しいのか、少年のように目を輝かせていらっしゃいました。いつか自分もこんなものを作ってみたいと言うその顔は、まさに研究馬鹿な魔法師のもの。ですがあのレベルの魔導具を作れるのは現魔塔主様くらいのものですし、当時わたくしはそれを微笑ましく思うだけでした。
けれど、まさかその数ヶ月後、完全とは言えずとも模倣品を作り出してしまうなんて………
「魔塔主様、こちらを」
「あら、これは………ルームクーラーかしら?」
「左様です」
「いい出来だわ。ただ、この部分の魔力回路が惜しいわね。本来これは短縮回路ではなく連結回路の方が魔力消費も少なくて燃費がいいのよ」
「なるほど………下手に短縮するのも良くないのですね」
「そうなのよ。しかもこの連結回路、ちょっとでも魔力がぶれると全部狂っちゃうの。慣れるまで二日もかかっちゃったわ」
「だから魔塔主様以外作れないのですか………というか、二日で慣れるのは尋常じゃないと思いますよ」
「貴方でもできるわよ。あと、これは余談だけど……」
しかも、魔塔主様の話についていけるのです。大抵の者は理解するより早く魔塔主様が話を進めてしまうのですが、彼の場合即座に理解してしまいます。流石、魔塔主様が連れてこられた方……
色々ありましたが、あれから一年。イヴェル様は副魔塔主となられました。魔塔史上最短での昇格です。
そして………タルチア王国からの宣戦布告も、魔塔に届いたのでした。
***
「じゃあ、行ってくるわ」
「行ってくる」
私は宰相……ではなく、イヴェルが開発した『魔導馬』に乗っていた。口調も上司である私以外にはタメ口だ。ちなみに、彼は攻撃魔法も秀でているが、最も得意としているのは付与魔法。魔導具を作るのが楽しくて仕方ないらしく、連日部屋にこもって出てこないときもしばしば。二人で共同開発をしたときは三日間部屋から出なかったから、チェルダから雷を喰らった。……反省はしている。
そして、完成したのは『魔導銃』。魔力を弾として攻撃するそれは、手を加えて軍隊に持たせれば一国どころか大陸すらもを脅かす代物である。調整のときに研究室が吹っ飛んだため封印となったが、今回は試し撃ちも兼ねて解禁された。戦争なのは分かっているが、完成した状態でこれを試せるのには感動しかない。
「前方一キロ先、敵の大規模軍隊がいる模様ですっ」
「イヴェル」
「分かっております」
斥候の報告を聞き、魔導銃の準備を促す。攻撃力は最弱、範囲だけを最大にするよう命じた。距離を置いて放てば、どれだけ当たりどころが悪くとも腕や足が動かない程度の怪我で済むはずだ。
「撃て」
───バァァァン!!
命じた刹那、圧縮された魔力波が前方に飛んでいく。敵軍の者たちはあからさまに驚いて、魔力波が掠った四肢を押さえる。『痛い!意識が飛びそうだー』だとか『大人しく捕まるしかないなー』だとか言って、こちらに向かって叫んだ。
「「「「「捕虜にして下さい!!」」」」」
「安心なさい。衣食住すべて揃えてあげるわ」
「今なら魔法入門用の魔導書までつけよう」
わああぁ!!と広がる歓声。私とイヴェルは余裕たっぷりに笑いかけた。民衆の支持を得る政治をしないからこうなるのだと、私は内心愚王をせせら笑った。
***
捕虜騒ぎから一ヶ月。愚王は不利と悟るや否や国外へ逃亡を試みたが、それより先に国民のクーデターによって命を落とした。躊躇いつつもイヴェルにその話をすると、意外にも彼は晴れ晴れとした顔をした。
「個人的な恨みもありましたので、お亡くなりになられて良かったです」
「……意外だわ、悲しむと思っていたのに。それほどあの国王は貴方をこき使っていたの?」
「まぁ、はい。馬車馬よりもこき使われていたと思います。それに……」
彼は私を見つめてくすりと笑う。それを見て私は紺のローブが似合うようになったなぁとぼんやり考えた。全く、一年前は赤茶のダボダボローブを纏った新人魔法師だったというのに。
「貴女をあれだけ貶していたのです。正直自業自得だろうと思いますね」
「あら、貴方でもそんな事思うのね。聖人君子に見えてもやっぱり人間だわ」
「『男』でもありますけどね」
予想外のことを言われてポカンとする。全く、私をこんなに驚かせるのはイヴェルくらいだ。
ほんの少し仕返ししたくなって柄にもないことを口走る。
「それを言うなら私だって一応『女』よ?まぁ、こんな年増女と結婚してくれる人なんていないだろうけど」
「さぁ、人生分からないものですよ?目の前に貴女へ恋慕を抱く男がいるやもしれません」
「………お上手ね」
「光栄です」
勘違いでなく、これは告白なのだろうか。その考えで一杯で暫し言葉に詰まってしまった。
しかし、ここで会話を終える訳にはいかない。今日イヴェルを呼び出したのはこの案件も兼ねてなのだ。
「そうね、人生分からないものだわ。敵国の宰相を務め、現副魔塔主の人間が再び国の要となりうるのよ?」
「………魔塔主様、私をタルチア王国の王にするおつもりですか」
蒼白になるイヴェル。地方に左遷される文官のような反応だ。大方、恋慕を伝えたから距離を置かれるとでも考えているのだろう。
「違うわ。『新しくできる王国の王配』になってもらおうかと思うんだけど、流石に本人の意思を聞きたいからこうして言いに来たのよ」
「おう、はい?」
「えぇ、王配。当たり前だけど、私が次の王。元タルチアの民が『王になって下さい!!』って昨日押しかけてきたの、知らなかった?」
「初耳です……要するに、これは求婚ですか?」
「今更気づいたの?鈍いわね」
「貴女に言われたくありません」
不覚にもドキリとした。心臓に悪い言葉を放つのは控えてくれないものか。
しかし……結婚もあくまで選択肢の一つとして提示するつもりだったが、両想いなら話は早い。
───私は跪き、彼に手を差し伸べた。『この手を取ってほしい』と。
「─────!」
断られたら一生独身を貫くし、どちらでも国に損はない。ただ、私がちょっと落ち込むというだけ。だから気負わずに答えてほしい。沈黙の中、私は返答を待った。
「………納得いきません」
「え」
突如、手を上に引かれて立ち上がらせられる。腰には彼の手が添えられていて、咄嗟に差し伸べていた手を引っ込めようとしてしまう。しかし、彼がそれを掴んで口元に持っていき、手の甲に口づけられた。
「!?」
「シャルドネア様も驚かれるんですね」
「!?!?!?」
いきなりの名前呼びにピキリと固まる。状況を理解できず、ただただ顔を赤くすることしかできない。
そんな私を、真摯な視線が射抜く。
「───『これは貴女の提案を受け入れるのではなく、一人の男としての懇願だ』」
「───!」
一年前に言った、私の言葉に似ている。
口調が変わったことや、私のように跪かなかったのは、『対等な立場で結婚したい』という意味なのだろうか。
今まで至近距離で見つめたことのない、群青の瞳を間近に感じる。
「───私、イヴェル・マフス・パルッテンと結婚していただけませんか?」
「っふふ」
声を出して笑い、彼の手を思い切りこちらに引く。
「──勿論。喜んで」
───突飛で私を驚かせてくれる貴方と、これからも歩んでいきたいわ。魔法師としても、一人の女としても。
ちなみに
宰相…銀髪青眼
魔塔主…黒髪赤眼
魔導銃の攻撃力最弱は逃亡したい人を助けるためだけに作りました。提案者はイヴェル(宰相)。