第三話
「そっちの兄さんも何か歌ったらどうだい」「楽しいよー、カラオケは」
カウンターからゴブリン兄さん達が気さくに話し掛けて来る。
「奴等を黙らせろ。お前がやらないなら俺が斬る」
「やめて下さい! こんな所で暴れたら魔王軍の幹部が来るって」
私が小声でそう呟いた瞬間だった。
―― カランカラン。
「すみれ」の玄関扉が開いた。そして……黒光りするムキムキの筋肉に金箔のような刺青を施した、身長3m近い怪人……バルロッグ様が。頭に生えた金色の角の片方に「すみれ」の玄関ベルを引っ掛けながら入って来た……
「いらっしゃいませ、どうぞ空いているお席へ」
私は即座に業務用スマイルで応じる。
バルロッグさんは魔王軍の若手幹部の一人だ。とても強いのだが若手だけあって席次が低い為、外回りのキツい仕事に当てられる事が多いと聞く。
そんなバルロッグさんがこんな昼日中に「すみれ」に現れるのはおかしい。そして。バルロッグさんはとても機嫌が悪そうだった。
「ワインを! 樽ごと持って来い!」
ヒエッ!? これ一番だめなやつですよ!! どどど、どうしよう……私はともかく畏まりましたと返事をして、カウンターに戻る。
樽でワインって……まあ、ちょうどいいのがあったっけ。私は1ガロン入りの小さな樽に、大樽から赤ワインを注ぎ替えて、バルロッグさんが座った席に持って行く。
「なんだこのケチ臭い樽は……まあいい、くそっ。やってられるか全く!」
バルロッグさんは片手で樽を掴むと、まるで寝起きにコップ一杯の水でも飲むかのように……二秒で飲み干してしまった……
「おかわりだ、早く!」「はい、はい」
私は樽を持ってカウンターに戻る途中、ちらりと勇者おじさんの姿を見る……おじさんは小さく首を振った。おじさんはこの魔物は自分より強いと見て取ったようだ。
「お前ら、歌を歌ってたんじゃないのか?」
ヒッ!? き……来ました! アルハラ、いやカラハラですよ! 上の人が下の人に強制的に歌わせるやつですよ! どどど、どうしよう、店長何してるの、早く来てよう……
ゴブリン兄さんの一人がそれに答えた。
「あっ、歌ってもいいでヤンスかね、すんません、ありがとうございます……えーと皆、何にしようかなー」
ゴブリンさん達も当然、この場の空気に気付き、忖度を始めていた。そしてカラオケのリモコンを取り、曲番号を送信する……
御願いしますよ……私はそんな思いを込めた視線をゴブリン兄さんに送る……それに気づいたゴブリン兄さんは、大丈夫、任せとけと……視線で応えてくれた。
御願いしますよ……
ブラウン管に現れたのはイメージ映像は、公園ではしゃぐ四人組の女子高生……だけどこのファッションは私の親世代ですかね。
曲名は……セーラー服を脱がさないで……だめ! おニャン子クラブは今はだめだと思う! バルロッグさん、笑ってくれる空気じゃないよ、今はだめだって!
ああああ……四人で振りまでつけて……
セーター服じゃないし! ていうか当時の日本国内ですら物議を醸したと思われるこの歌詞、解ってて歌ってんの!? そうとは思えない、ゴブリンさん達は何か明るくて楽しそうだと思って選んでいるのだ、だけど、ああああ……生真面目なバルロッグさんの顔が、憤怒に歪んで行く……
「やめぬかああああ!!」
ぎゃぎゃああああ! 出たよカラハラその2だよ! 歌えと言っておきながら下手だと扱き下ろしたよ! ああっ!? バルロッグさんが勝手にリモコンで演奏を止めてしまった! ゴブリンさん達は楽しそうに歌っていたのに……
「そんなものを聞かされる方の身にもなってみろおおおお! 何だこの調子に乗った女共は! 人間共の、人間共の浅ましさを詰め込んだような、ええい、奴等がどんな不道徳であろうと悪魔の俺は構わんが、それを目の前で見せつけられるのは我慢がならぬ!」
「も、申し訳ありません、バルロッグ様!」
「俺は……俺はだ……くそっ!? ワインが無いぞ! さっさと代わりを持って来い!!」
ぎゃああああああ! ハラスメントのフルコース、フルコースですよ! 震え上がりペコペコと頭を下げるゴブリンの兄弟たち、何という事だ。彼等は疲れをとり、楽しむ為にこの店に来てくれたというのに。
私はとにかくワインを取りに行く。あの樽では追いつかないよ、一斗缶に入れて出そうかしら。
「そこの、お前。見た事のない奴だな」
その時。カウンターに戻ろうとする私の横に居た勇者をピタリと指差し、バルロッグさんは言った……私の足も止まる。
「あの、さまよう青白い鎧っていう、田舎から出て来たばかりの魔物だそうです」
「貴様らには聞いておらぬ!」
「ヒッ、す、すみませんっ!」
間に入ろうとしてくれたゴブリン兄さんが震えあがる。
まずいですよ……どうするの勇者様?