冬至・一年で最も長い夜
今日は朝から寒かった。重苦しい灰色の雲に覆われた空は暗く、昼過ぎには冷たい滴が零れだし、仕事を終えて帰宅途中の奈々が最寄駅に着いた頃には小さな白い結晶に変わっていた。
水分を含んだ重たい雪が載った常緑の街路樹は寒そうに葉先を凍らせており、街灯の明かりの元でキラキラと光を反射させる半透明の白と葉の緑のコントラストはどこか幻想的で綺麗だ。けれど寒さに震える身としてはその景色を堪能している暇はない。
一分でも早く家に帰りたい。家ではきっと同居人の潤がご飯を用意して待っている。
玄関から入ってすぐの洗面台で手洗いとうがいをすませる。それから短い廊下を抜けてリビングの戸を開けると暖房で暖められた空気が流れてくる。
「ただいまー」
「おかえりー」
寒かったでしょうと言う潤に奈々は笑う。
「やっばいよー外!」
めっちゃ寒いから!と力説しながら潤に近づく。えいっ!とばかりに手を伸ばし、潤の頬を両手で挟む様にして触れた。
「冷たっ!」
「でしょー!」
驚いて首を竦める潤。手を洗ってきたからも勿論あるだろうけれど、冷えきった奈々の指先は血色をなくしてわずかに青白い。
「手袋していきなよー」
潤は苦笑しながらも奈々の手をとって両手で包む様にすると優しく擦った。
「潤の手はあったかいねぇ」
嬉しそうに口元を緩める奈々に潤も笑う。
「着替えてきなよ。温かいご飯、並べとくね」
「いただきまーす!」
ダイニングテーブルに並ぶのはチキンとカボチャのシチューとガーリックトースト、舌平目のムニエルに付け合わせはベビーリーフとミニトマトだ。
手を合わせて奈々はスプーンを手に取った。
まずは湯気を立てるシチューを一掬い口にと運ぶ。カボチャとチキンの旨味が溶け出したクリームは濃厚で口の中に幸せを運んでくる。チキンは口の中でホロホロと繊維が崩れだすほどに柔らかく、カボチャはホクホクとして甘い。温かなシチューが冷えた身体をお腹の中からじんわりと優しく温めてくれる。
ガーリックトーストはカリカリのバケットに香ばしいにんにくの香りがよく合っていて食欲をそそる。
舌平目のムニエルは柚子バターソースがかかっていて、ふっくらとジューシーなムニエルに柚子の爽やかな香りと酸味がバターのコクと風味を包み込み、さっぱりとした味わいだ。付け合わせのベビーリーフもソースの風味がうつっていて、一緒に食べるとさらに美味しい。
「はぁあったまるー」
スプーンを手に、奈々が幸せそうな息をつく。ほんのりと上気した頬と下がる目尻や緩む口元、止まることない手の動き。全身で美味しいと表現しているかの様で潤は見ていて楽しくなる。
「寒いと温かいシチューが美味しいよね」
潤も幸せな気持ちになりながらシチューを口にと運ぶ。
「ところでさ、シチューに入ってるこのお豆なに?」
いつも入ってないよね?と訊ねる奈々。スプーンには赤茶の小さな豆がのっている。
「小豆だよー。今日は冬至だからね。いとこ煮にしようと思ってたの。でも寒かったから煮物よりシチューが食べたいなぁって」
シチューも広義の意味では煮物だよねと潤が笑う。
確かにと奈々も頷く。まぁ正直、美味しければそれでいい。
「でもなんで冬至にカボチャなんだろうね」
これも無病息災?と訊ねる奈々に潤が頷く。
「そうだね。カボチャは夏が旬だけど保存が効くから冬に栄養をとって風邪をひかないようにってことみたいよ。あとは冬至は一年で最も日が短いでしょ?つまり、太陽の力が一番弱まる日、ここから太陽が生まれ変わって力が甦るって考えから運気の上昇、「ん」のつく物を食べて「運」を呼び込むっていう縁起かつぎらしいよ。カボチャは別名南瓜だしね」
「なるほど……」
頷きながらシチューを口に運ぶ。美味しい。色々意味があるのはわかった。けど奈々にとって一番大事なのは潤と食べるご飯が美味しいことだ。それがきっと、奈々にとっては一番の無病息災だと思う。
「美味しいね」
「ね」
奈々が笑うと潤も一緒に笑ってくれる。
この温かな食卓が変わらないから、奈々は明日も明後日もその先も、この冬だって元気に過ごしていけるだろう。
「あ!あとで柚子湯もしようね。柚子の皮残してあるから。お風呂に入れたらあったまるよー」
「するー!!」
夕飯後。柚子の香りが広がる湯舟のたっぷりのお湯に浸かりながら、しみじみ思う。
美味しい食事は勿論だけど、潤との暮らし全部が無病息災に繋がっている。潤が一緒にいてくれるなら奈々はきっと明日も元気だ。
すっかり寒くなり、地元は明日からクリスマス寒波だそうです。
いや、大雪とかいらんからマジで。
ちなみに本日は我が家もシチューの予定。カボチャとニンジンとレンコン入れて運盛りします!
運気呼び込んで上昇させるぞー!!(*´∀`*)