お宝捜索
ようやく僕ひとりで動ける時間がやってきて肩の荷が一気に下りた気分だ。
口笛を吹きながら人の家を我が物顔で歩き、僕はリビングからキッチンへと戻ってきた。
そこに男爵の姿は無い。冷めた料理も手つかずで、男爵のための赤ワインも蓋すら開いていなかった。
その足で半地下のワイナリーへと向かう。
階段を降りると、すぐ手前の棚から一本減っていることが分かった。
今夜の男爵は良い仕事をして帰って来たらしい。僕の想定通り、今日飲むに相応しい一品を選び取って行ったようだ。
そして男爵は自分の部屋に籠もっている。閉ざされた扉の隙間から中の明かりが漏れ出ていた。
「こんな時に晩酌か。悠長だな」
よっぽど自信のある罠でも仕掛けてあるに違いない。
このままだと男爵が眠りたがらないだろうから、僕は予定を変更してさっそく宝の捜査に移ろうと思う。
とりあえず一番匂う部屋は後回しにしよう。
僕はくるっと身を翻して、まずは基本の応接室を目指した。
夜闇に紛れる必要もないので、廊下や部屋の電気は煌々と付けさせていただく。
さてと。
一見きらびやかに見える応接間。金細工の飾り棚やレザーソファーが高級感を晒しているけど……。
僕は上座にすわっている。そこからじっくり眺めるように周囲を見回した。
ここでは名探偵になって頭を巡らせ、僕の期待が大きく外れた理由を探していた。
別の部屋に行ってもそうだ。
客人用の部屋に入ってみるけれど、捜索後はベッドに寝転がってシーリングランプをただ眺めていた。
とにもかくにも僕が探している、黄金を示す『アルゴ船の羅針盤』は見当たらない。
それどころか、この家の家具や装飾品は全て大したことのない代物ばかり。
僕はガッカリを通り越して唖然としているんだ。
どんな物も本物に似せて作った偽物だった。僕は家具や骨董品の修理業をかじっているから分かる。
「入る家を間違えたかな」
一応他の部屋も見てみるはするけど……。
まあ僕の狙いは金目のものじゃないから偽物でまとめてあっても別に良い。
良いんだけど納得いかないものがある。
富豪というのは一番の宝を一番見える場所に飾り、自分や家の身分を知らしめたがる生き物だ。
応接室や来客用の部屋は主人の顔だとも言えるのに、手を抜いて良いはずが無い。
「成金貴族なのか?」
僕はそう洗濯機に問い掛けた。答えてくれるわけがなく開けた蓋を閉じている。
まさかこんなところに羅針盤なんて入れてあるとは思わないけど、思ってもないような場所に宝を隠すのが低民のすることなんだ。
さすがに優秀な僕であっても隠された宝を探し出すようなことは出来ない。
僕はエスパーなんかじゃないからね。盗みと宝探しは違う。
明るい廊下の真ん中をふらふら歩き、僕は最後の砦を目指した。
神の導きなのか、男爵の部屋の扉が少し開いている。
中は電気が付けられたままで男爵は不在だ。お好きにどうぞと僕は受け取った。
浅はかな僕はラッキーだと思い、光に誘われる蛾のように部屋の中へ入った。
寝室を兼ねた書斎部屋には、大きなタンスもキャビネットもある。それも他の部屋の偽物と違ってこっちは本物だ。
さっきまで萎れていたヤル気が急に立ち上がる。
これは可能性があるぞと僕の胸がドラムを鳴らして踊っていた。
すると、ガチャリ。
ひとりでに扉は閉まり、さらには外から鍵をかけられたみたいだった。
扉に耳を当てて外の様子を聞いてみると、近くに人がいるのが分かった。
「すぐに特別部隊をよこしてくれ。我が家に盗みが入った。例の怪盗だ」
男爵の声だ。警察に電話をしている。僕の正体も感づいているらしい。
この部屋の扉はここひとつだけ。窓も無いということは、僕は袋のネズミだということだ。
「ふふっ」
なかなか面白くなってきたじゃないか。
「警察が来るまでは好きにして良いんだよね」
僕は軽い足取りで部屋を走り回り、どこから手を付けようかと迷っている。
まずは高級そうなキャビネットからいこうか。やはり有名職人が手掛けた彫刻は本物で美しい。
大きな木箱を開ければ、飾りきれていない骨董品の数々が収められていた。
ライティングビューローもあるのか。なかなか趣味の良い色艶だ。
個人用ワイナリーも興味本位で少し覗いておく。渋味の強い銘柄に偏っていた。
僕は宝の山に囲まれて、無意識に陽気な鼻歌を歌っていた。
途中で鏡に映るメイド姿の自分を見ても、結構イケているじゃないかと得意にもなった。
……しかしどうだろう。
羅針盤らしきものはひとつも出てこない。
これ以上根を詰めて捜索しだすと、本当に宝探しになってしまう。
とうとう屋敷の外では車のエンジン音が聞こえだした。
きっと警察車両が到着したんだ。まもなく男爵が警察官を連れて来るだろう。
「そろそろ潮時か」
名残惜しいが僕はこの部屋を出ていくことに決めた。
真珠の一粒さえも持ち帰ることはせず、外側から施錠された扉の鍵を開ける。
こんな古い形式の鍵ならピッキングは三十秒足らずでガチャンと音を鳴らした。
らくらく扉から脱出したら、丁寧に外から再度鍵をかけておく。これで逃げ出す数分は稼げるだろう。
じゃあ一旦どこかに隠れてからお暇しようか……。
そう思って引き返そうとした時、暗がりの廊下の方から手招きが見えた。
幽霊のようにやけに白みを帯びた細い腕だ。その上にスピカの顔が見えて少し安心した。
スピカは僕に向かって「こっちに来て」と言っている。
玄関の方ではすでに男爵と警察官の声が聞こえていた。
迷っている時間はそんなに無いけど、別に彼女の力を借りたいほど切羽詰まってもいない。
けどスピカは一生懸命に僕を呼んでいた。寝ていたはずなのに起きたのか。
仕方がないから僕はスピカの方へ行き、扉の中に身を隠した。またスピカの部屋だった。
「ベッドの奥に隠れてて」
とりあえず言われた通りにするけど、こっちの方が逃げられなくなりそうだと後から後悔しだす。
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