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男爵と対峙


 カードやお絵描きなどで遊んだり、勉強を見たり昼寝をしたりと、僕はアンジェをこなしている。

 子供と過ごすのは想定外の出来事ばかりで時間が経つのが早かった。

 メイドに扮していれば掃除と言って、この家の宝『アルゴ船の羅針盤』を探せるかと思っていたのに。

 気付くともう太陽が夕日に変わろうとしているじゃないか。

 計画はすでに丸潰れだ。

 そろそろスピカの父親である男爵が帰宅する。

 出張帰りは酒を欠かさない男爵だ。彼が寝入ってから部屋を捜索するのが手っ取り早い。

 僕は男爵の分の食事を作り、食事中の酒を用意しながら今夜のイメージを膨らませていた。

 ……あとは男爵がこの姿を目の当たりにした時、どんな反応をするかで対応していくしか無いか。

 そうこうしていると扉が開く音が聞こえる。

「お父様だわ!」

 リビングにいたスピカが嬉しそうに出迎えに行った。

 僕は逃げも隠れもしないで、アンジェとして堂々と男爵の前に出てやろうと思っている。

 まさか上手く騙せてやり過ごせるなんて思ってもいないけど。

 ちょっとした好奇心がそうさせている。

「お父様、アンジェが帰ってきたの!」

 さっそくスピカが僕の話をしているのが聞こえてきた。

「そんなわけがないだろう。アンジェはもう二年も前に屋敷を出た……」

 スピカに腕を引かれながらリビングにやってきた男爵は、僕のことを見るなり石となる。

 その足元ではスピカが得意気になってドヤ顔を見せていた。

「ほらね。言った通りでしょ!」

 スピカは僕との今日一日の出来事を語っている。

 朝にさかのぼって現在に至るまでを順番に丁寧にちくいち男爵に告げていた。

 しかしその男爵にはまるでスピカの声は届いていないかのようだ。

 言葉を失っていて男爵の顔はみるみる青白くなっていた。

「生きていたのか……」

 失った声でそう言ったのを僕だけは聞き逃さない。

 まさか意外に成りすませたのかと思い、僕は調子に乗った。

「おかえりなさいませ、カノープス男爵。夕食と料理に合うワインを用意しました」

 僕は立ち位置をずれてキッチンへの道を譲った。

 キッチンテーブルの上には熱々のビーフシチューと、それに合う赤ワインを用意してある。

 男爵はそれを一瞥しても喜びはしない。

「そんな馬鹿なことがあるか」

 僕のことを睨んで離さずに正体を突き止めようとした。

「貴様は誰だ」

「それをここで聞くのは野暮なのでは?」

 男爵はハッとし、足元のスピカに目線を落とした。

 スピカは話の途中で眠たくなってしまい目をこすっていた。

 さすがの男爵でも、アンジェを慕う娘の前では口をつぐめるようだ。

 気を許すと倒れて寝てしまいそうなスピカに男爵が問いかける。

「夕食は食べたのか?」

「うん。歯磨きもした」

「そうか……」

 男爵がスピカの頭を撫でると、スピカは心地よさそうに頬を緩ませて男爵の足に頬ずりをした。

「この子をベッドに運びなさい。話はその後でしよう」

 僕に言いつけた男爵は歩き出す。もたれ掛かっていたスピカは危うく転びそうになった。

 男爵は一度も振り返ること無くこの部屋を一人で出て行った。


「ねえ、アンジェ。明日もお人形遊びする?」

 あんなに眠そうだったスピカは、ベッドに入った途端に眠気が飛んで元気になる。

「うーん。明日のことは明日に決めようか」

「嫌! 明日のことも明後日のことも今決めるの!」

 スピカのワガママは今日一日ずっと聞かされてきた。

 一緒に寝て。手を繋いで。と、今にも可能な限り聞いてきたけど、さすがに明日の約束までは取り付けられない。

 そんな僕が困っているのに気を使ってくれたのか、スピカはワガママを変えてきた。

「じゃあ、お話して?」

「お話?」

「何でも良いの。例えばお空を飛ぶ羊のお話」

 スピカは何でも良いと言いながら、なかなかマニアックなおとぎ話を要求する。

 僕もそのおとぎ話は聞いたことはあるけど、そんなに詳しくは知らない。

 というか、具体的な内容が思い出せなくて冒頭から躓いているくらいだ。

「別のお話じゃダメかな?」

「……」

 返事が無いのは、代わりのお話は受け付けないという事だと思った。

 僕が懸命に冒頭を思い出そうとしていると、隣から寝息が聞こえてくる。

「スピカ?」

「……」

 帰ってくるのは静かな寝息だけだ。それに僕を繋いで離さなかった手も力が抜けていた。

 僕は起こさないようにそっとベッドから抜け出して、シーツをスピカの肩までかけてあげる。

 スピカは大きく寝返りをしたけど、そのまま深い眠りに落ちていった。

 子供というのは難しい……。

 部屋を出て行こうとすると、ふと机の上に手紙が置いてあるのに気付く。

『アンジェへ』

 不器用な文字でそう書かれている。昨夜僕がリビングで見つけたものだった。

 僕は寝息を聞きながら少しの間その文字を眺めた。

 どうしようか考えた末、その手紙は僕が拾い上げてポケットの中に仕舞っておくことにした。


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