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少女との穏やかな午後?


 翌日の朝。

「アンジェ! どこなの!? アンジェってば!」

 その人物を呼ぶ幼い声は、屋敷の外まで聞こえていた。

「はいはい。アンジェじゃないけど僕はここだよ」

 僕とスピカは玄関のところで出会うと、スピカは底抜けに明るい笑顔を向けてきた。

 目を覚ましたら僕が居なかったので慌てて探しに来たみたいだった。

 僕は彼女ほど明るくはなれないけど、大人として並の笑顔を取り繕って接している。

「お庭で何をしていたの?」

「うん? 朝の体操だよ」

 実は昨夜の窓を直していた。

「ふーん。ケンコーシコーなのね」

 スピカは慣れない大人の言葉を滑舌良く言っていた。

 それから僕の手を取って屋敷の中へ強引に引っ張っていく。


 化粧台の前に座らされた僕は自由を奪われた。少しでも動くとスピカに頭をチョップされる。

「さあ、出来たわよ。アンジェ」

 鏡にはへの字口で固まる僕の顔が映っていた。

 伸ばしっぱなしだった髪を一つに結われた上に、衣装とセットの髪飾りまで付けられてしまうとは……。

「ちょっと立ってみなさいよ」

「う、うん……」

 姿見の前に連れられる。

 そこでは異様な人物と対面した。女装に屈する情けない男の姿だった。

 黒いワンピースに白エプロンなんて、どこからどう見てもメイドだよ。

「やっぱりアンジェはこれじゃないとね」

 スピカは上機嫌だった。

「あの……僕、脱ぎたいんだけど。ダメかな?」

 肩のフリルが動くたび視界に入ってくるし。

 股のところがスースーして落ち着かないし。

 頭の飾りはむず痒いし。

「ダメ! 絶対に脱いじゃダメ!」

 やっぱりそうだろうなと僕は項垂れている。するとスピカは戸棚からアルバムを取ってきた。

 開いて僕に渡すと、ぴったり隣に座って一緒に眺めることになった。

「ほら。これがアンジェ」

 スピカは一人のメイドを指さした。どこにでも居そうな普通のメイドだった。

 僕のような男と見間違うくらいだから、どんなに厳つい女性なんだと思ったけど全くだ。

 当然僕とは全然似ていない。彼女は正真正銘の女性で、僕はどう見たって男。

「自分のこと思い出した?」

 僕はアンジェだった頃の記憶を失くしているという事にしておいた。

 だからスピカは心配そうに僕にそう言ってきた。

「うーん。どうだろう……」

 アルバムをペラペラめくりながら、僕はどっちつかずの返事をする。

 どこかでスピカが諦めてくれると僕は助かるんだけど、彼女はそう簡単に諦めたくないらしい。


 キッチンにやってきた。さっき直したばかりの窓とこんな姿で再会するなんて辛い。

 スピカは僕に「色々教えてあげる」というスタンスに変えたのだった。

 僕にとっては全然ありがたい事じゃない。これだとたぶんスピカは僕に付きっきりになってしまう。

 僕は宝を探すことも逃げることも難しくなってしまった……。

「アンジェはいつも私の朝食を作るのよ」

 スピカはカウンター席に座って、床に届かない足を振っている。

 僕は台所の方へ回るよう指示された。慣れないスカートで気を使いながら行く。

 そうして僕とスピカは作業台を挟んで向かう形になった。

 こんな立派なキッチンに立つと、なんだかテンションが上がるな。

 こうなったら、とことん腕をふるってやろうじゃないかという気が起こる。料理は得意だ。

「何を作れば良いんだい?」

 スピカは「えーっとね、えーっとね」と空中に絵を浮かべるみたいに考えた。

「オムライスとナポリタンとビーフシチュー!」

 いきなり大胆な注文だった。

「それを朝に?」

「もちろん! アンジェの料理はカクベツなの」

 うーん……と、僕は天井を仰いで考えている。

 頭の中で構想が決まると、材料が足りているか冷蔵庫を拝見するとしよう。

 これまで数々の金庫を覗いてきたけど、他所の冷蔵庫を開けるのは初めてだ。

 卵と牛乳、ベーコンを取り出し、ジャガイモの場所はスピカに教えてもらった。

「うん。問題なさそうだ」

 食パンを分厚くスライス。卵と牛乳を溶いた液に漬けておく。

 ジャガイモとベーコンは同じサイズにカットし、フライパンでこんがりと焼こう。

 食パンが十分に浸ったら、フライパンでバターを溶かし砂糖を少々。

 その上にひたひたのパンを乗せると、ジュッと音が鳴った。

 ひっくり返せばカラメリゼの表面が現れる。

「さあ、出来上がりだ」

 外はカリッと、中はとろとろのフレンチトースト。

 ジャガイモとベーコンも良い感じに仕上がった。

 熱々の湯気を立てる皿をスピカの目の前に置いた。

 スピカは期待に膨らんだ胸を上下させて飛び跳ねている。

「食べていいの!?」

「召し上がれ」

 スピカは夢中でがっつき、注文と違うものが出されたことには文句を言ってこなかった。


 朝食を全部食べた後は着替えだ。スピカと部屋へ行って彼女のワンピースを選んだ。

 着替えを手伝ったら次は髪の毛を結ってと言われる。

 正直、人の髪を結んだことは無い。紐を結ぶのとは違い力加減が分からなかった。

 上手く結べたと思っても必ずゴムが緩んでしまい、スピカの銀色の髪がはらはらと垂れてきてしまう。

「ねえ、まだー?」

 なんとか試行錯誤を積み、とんでもなく時間をかけて出来上がった。

 スピカは鏡ではちょっと確認しただけで、すぐに僕の方を向いて色んな角度で見せつけてくる。

「お姫様みたい?」

「うんうん。可愛いよ……」

 僕は無気力に答えている。

「わーい!」

 スピカは喜んでくれたけど、僕はもうそれだけでヘトヘトだった。

「じゃあ次はお人形遊びね」

 無邪気なお嬢さんは休む間もくれず、さっそく次のミッションを用意してくる。


「ねえ、スピカ。聞きたいことがあるんだけど」

「スピカじゃなくってリリィ」

 手元の人形を動かしながらスピカは頬を膨らませている。

 仕方がないから調子を合わせた状態で話をした。

「……リリィお姉さま。聞きたいことがあるの」

「あらメアー。いったい何かしら? なんでも言ってみて?」

 人形遊びの設定は結構複雑で、僕の動かすメアー姫は、リリィ姫の腹違いの姉妹なのだそうだ。

 そして今は二人でピクニック中ということになっている。腹違いでも仲良しなんだな。

「わたし、とある羅針盤を見てみたくて探しているの。お家のどこかにあると思うのだけど、リリィお姉さまはご存知ないかしら?」

「らしんばん?」

 リリィではなく、スピカの方が首をかしげた。

 それは家の宝について知らないという行動なのか。

 それとも逆に感づいて疑っている反応なのか。一体どっちの意味なんだ……。

 大人の僕は人形遊びから逸脱しそうになっている。

 少しの間スピカは考える素振りを見せていて「そうだわ!」と何かひらめいた。

「ちょっと待って。今、執事に電話してみるわ」

 そう言ってスピカは人形を動かし、荷物置き場と決めていた場所に移動させた。

 リリィ姫は荷物置き場から電話を拾い上げたらしい。

 ちゃんと電線が繋がっているのかは不明だけど、執事には繋がったみたいだ。

「もしもし……うんうん……メアーがね……そうなのよ」

 すでに相手の執事が話を分かっているみたいな会話がされている。

 僕はちゃんと最後まで黙って待った。

 やがてスピカの「ガチャッ」という音で電話が切れた。

「羅針盤はね、少し前にお父様が持って行ってしまったらしいわ。それまではお部屋の棚に飾ってあったけど、少し前に無くなったの」

 作り話なのか本当の話なのか判断しにくい。

「持っていってしまったということは、お父様の部屋にあるのかしら?」

「わからない。リベラが勝手に遊んでしまうから取り上げちゃったのよ」

 ……リベラ?

 困っている僕の方にスピカが身を寄せて囁いてきた。

「リリィの実の妹よ」

「え? ええ!?」

 思いがけない第三者の登場に僕は驚いている。

 この三姉妹は今後どうなってしまうのかと急に興味すら湧いたぐらいに。

 けれどもこの人形遊びはその後、何の展開も見せずにスピカが飽きたら終わりを迎えたのだった。


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